AnnaMaria

 

This Very Night 第34章 -嘘-

 

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昨晩、ジニョンはフランクの書斎にある本を見ても良いか、たずねてみた。


「この家で君が欲しいものは何でも好きに使ってくれていい」


と、フランクは答えた。


彼女が朝起きてみると、フランクは既に仕事にでかけた後だった。
ジニョンは家政婦のステラに、書斎のある2階まで自分を連れていってくれるように頼み、
2階に着いてからは車椅子を使い、自分で書斎まで車椅子を押して行った。


部屋はちょっと薄暗く、陰気な感じがした。
分厚いグリーンのカーテンの襞が、外から日の光が差し込むのを防いで、
カーテンのすき間から細く光の筋がもれているのみだった。
カーテンを全開にして外の光を入れようと、ジニョンは車椅子を前に進めた。


     ・・・わあ、ここは窓じゃなかったのね!・・・


カーテンを開けると、そこはバルコニーに面しており、ドアがあった。
彼女はドアを押して開けてみると床面に段差があるため、そのままバルコニーには出られなかったが、部屋の中から外の素晴らしい眺めを見渡すことができた。



彼女は見始めていた本棚の前に戻った。


     ・・・すごい!この人ってすごく沢山本を持っているのね、
     でも財務関係の本がほとんどね・・・


もしあったとしても、文学の本はごくわずかのようだった。
この部屋にはまた、沢山の酒類がそろえてあり、多くは強いタイプの酒だった。


     ・・・ああ、お願い、フランクがアルコール依存症なんてことがありませんよう
     に!・・・


ジニョンが考えていたように、フランクの人柄や性格をはかるには、書斎はかなり有効な場所のようだ。

個人的な小物やファイルの類いがたくさんあり、そういったものは、
彼がここでかなりの時間を過ごしていることを示していた。

彼は生活の楽しみ方を知っている男性のようだ・・・
暖炉の形をしたヒーターがあり、ヒーターの前には素晴らしいひじ掛け椅子が置かれていた。
書斎の真ん中のあたりにラグが敷かれ、まさしくそれは居間にあるものと同じだった。
彼女がここへ着いた最初の日にくつろいでいた、分厚くて、すばらしく温かいラグ。

書斎の一方の角には素晴らしいステレオセットがあった。
ここにもディスクやレコ-ドのコレクションが充実していて、居間のものより多いくらいだった。


     ・・・全く彼には驚かされるわ・・・


ステレオセットの傍に、深い栗色のベルベットの布に覆われた何かがあった。
この物のシルエットはあまりにも馴染みのある形・・・


     ・・・もしかして・・・?


彼女は分厚い布を取りのけて見てみた。
やっぱり、バイオリンだ。
彼女はケースを開け、楽器を取り出してみた。
そのあまりの素晴らしさに息を呑まずにいられない。


     ・・・これはまさにバイオリンの銘品だわ・・・
     ボディは完璧で、弦の部分も・・・


弾いてみずにはいられない。
彼女は試しに弾いてみた。


     ・・・ああ、最高だわ!このバイオリンは魔法のような響きを持っている!・・・


ジニョンは自分の手の中の素晴らしい楽器を、もう一度よく近くで眺めてみた。


     ・・・これは稀少な銘品ね!

     本当に、これは名匠の手で創り出されたもの!
     見たところ、ライプツィッヒ時代より以前に製作されていて、
     ほぼ190年くらいの歴史がきざまれているものかしら・・・


そう彼女は値踏みした。


     ・・・これは誰かプロのバイオリニストによって選ばれた楽器ね。
     もちろん、これを求めるには大変な額のお金が必要だったに違いないわ・・・

     でも、どうしてそんな巨匠の銘品がフランクの家にあるの?
     フランクは確か実業家だと思ってたけど?
     もしかして・・・このバイオリンは彼の前のガールフレンドのものじゃないかし
     ら?・・・


もしそれが本当なら、ジニョンとその彼女にはずいぶん沢山の共通点があることになる。


     ・・・彼女とわたし、好みが似ているし、
     特技としてふたりともバイオリンが弾けるわ!・・・


洋服のサイズもぴったり同じなばかりじゃなく、先日、ジニョンは試してみたくなって
靴もはいてみたのだが、どの靴もジニョンの足にぴったりだった!

人は同じタイプの相手を求める傾向がある、とはよく言われているから、
ある人のガールフレンドにいくらか共通点や似た所があるのはそう不思議ではない。


     ・・・でも・・・でもこの場合、あまりに似すぎていて気味が悪いくらいよ!
     フランクがわたしのことをこんなにも追いかけるのは、単に代わりが欲しかったから
     なの?
     その女性・・・いったいどんな人だったんだろう?
     もしわたしがその女性と会えたら、わたしたち、すごく良いお友だちになれたんじゃ
     ないかしら?

     わたしも彼女も同じ男性を愛しているみたい・・・


     待って!・・・


ジニョンは自問してみた


     ・・・わたしフランクを愛してる?
     彼が仕事に出かけてしまって、なんだか、自分の中に空っぽのような、
     寂しいような気持ちを感じているのはわかっているけど。

     フランクに恋をし始めているのかしら。

     ・・・ちょっとだけ・・・


     韓国へ帰ってから、フランクを忘れることなんてできるのかしら?

     それにしても、わたしたち二人の関係はあまりにも早く進み過ぎているわ!
     二人がお互いに出会ったのは、ついこの間と言ってもいいくらいよ。
     なのに、もうわたしが彼と恋に落ちたなんて、あり得ないわ!
     それに、この女性の問題がわたしたち二人の間に立ちはだかっている・・・



「お嬢様、バイオリンをお弾きになりたいのですか?
 あなたの弾く音楽はいつも私を感動させてくれました。旦那さまも同じでしょう。
 あの方があなたの弾くバイオリンを聞いて涙を流すのを、一度見たことがあるんです」


家政婦のステラが言った。


「何の・・・何の話をしているの?」


ジニョンは問い返した。

ステラはまずいことを言ってしまったと自覚したようで


「あ、何でもないです、何でも!わたし、何にも言ってませんから」

「でも、あなたがわたしのバイオリンを聞いたって言ったのよ。ええ、確かに言ったわ」

「いえ、お嬢様。あれは前いたお嬢様でした。おふたりは良く似てらっしゃいますから」


     ・・・え、本当?彼女はわたしに似ているの?・・・


そしてジニョンはさっきの自分の考えが合っているに違いないと思った。


     ・・・フランクは誰かその女の人の代わりになる人を探していただけなのよ。
     どうして彼はそんなことを?
     わたしは彼に怒るべきなのかしら?

     たぶん、そんな必要はないわ。
     だって、それって彼の個人的なことですもの、
     わたしは彼のプライバシーまで侵害したくないわ。
     どっちにせよ、わたしが韓国に戻ってしまえば、わたしたちは自然と別れてしまう。
     そんなこと尋ねる必要なんかない。

     だって、ここは彼の家なんですもの。
     自分の家に誰を連れて来たがろうと、それは全く彼の自由だわ・・・



昨晩、ジニョンは彼の私室を見ても良いか、とフランクに尋ねてみた。
彼女は彼の部屋に興味があったのだ。
だが、彼は即座にだめだと言った。
彼女に対して「No」を言ったのは、これが初めてだった。


     ・・・ああ、どうしよう、いったいわたしはどんな状況に陥りつつあるのかしら?
     誰かの恋敵になったってこと?・・・


そんな事を考えているうちに、彼女の頭がまた痛み出した・・・


     ・・・わたしの薬!・・・


このところ、鎮痛剤をのむ回数がだんだん増えてきている。
この薬も前ほど彼女に安静をもたらすことができなくなってきているようだ。

彼女は恐ろしくなってきた。

実際、心の中にどうしても消すことのできない不安がある。
いつか、その日が来るのではないか・・・
この世にある全部の薬をもってしてもこの痛みを抑えることができなくなる日。
いつか、この恐ろしい痛みに耐えられず、自分は死んでしまうのだろうか・・・


     ・・・これはわたしだけの秘密よ!
     両親を心配させたくない。
     もちろん、フランクにこんな秘密を打ち明ける理由はない。
     だって、フランクは単に旅先の恋の相手に過ぎないのだから・・・





昼食も終わり、午後の時間になっていた。

ああ!ステラの作ってくれた食事の量と来たら、男の一連隊も十分養えるくらいの分量だった。
でも、ちょっと脂っぽ過ぎて口に合わず、ジニョンはほとんど昼食を食べなかった。

午後も遅くなってから、ジニョンはもう一度書斎に戻ってみた。
書斎のヒーターから出たこもった熱を逃がそうと、バルコニーに通じるドアを開けるためだ。


ジニョンは軽い眠気を覚えた。


     ・・・ああ、なんだかわたし、プーさんに出てくる子ブタになったみたいな気がす
     る・・・


だんだんと視界がぼやけていき、彼女は眠り込んでしまった。




夢とうつつの狭間を彷徨いながら、
自分がバルコニーに向かって歩いていく姿が見えた。
その家は、丘の上の土地に建っており、バルコニーからの眺めは絶景だった。
芳しい緑の大地が川のようにうねうねとした曲線を描いて連なり、陽光にきらめいていた。

ジニョンは自分が綺麗なドレスを着て、バルコニーでバイオリンを弾く姿を見た。
演奏しているのは、チャイコフスキーの弦楽セレナーデ。

夢の中で、彼女が芝生に目をやると、フランクが椅子に座っているのが見えた。
彼はまっすぐ顔を上げて彼女の演奏する姿を見つめており、目には涙が浮かんでいた。





「彼女は今日、どんな具合だった?」


帰宅したドンヒョクは家政婦のステラに尋ねた。


「お嬢様は、お昼ご飯の時、頭が痛いとおっしゃって、結局召し上がりませんでした。
 ずいぶん沢山のお薬をおのみになっているのを見ました」


ドンヒョクは何故、ジニョンが嘘をついたのか、考えていた。
彼が正午に電話を入れた時、ジニョンはもう昼食はすませたと答えたのだ。


     ・・それに何だって?薬を沢山のんでいた?・・・


ドンヒョクは、ジニョンは頭痛がしてくるとたいてい薬を2錠のんでいたのを覚えていた。


     ・・・何故、どうして僕に嘘をつくんだ?・・・


彼は心配でたまらなかった。



ドンヒョクがジニョンのそばに来てみると、彼女は自分の読んでいる本に没頭していた。


「面白い?」と声をかける。

「ああ!帰ってきたのね!」

「今日は、僕がいなくて寂しかった?」


     ・・・彼ったらまたずいぶんはっきりと!・・・


「ええ・・・まあ・・・」

「何?『まあ』ってどういう意味?」

「あの・・・そう、寂しかった・・・」


彼は大きな声で笑うと、ジニョンを抱きしめた。
彼女のうれしい言葉と、腕の中の彼女の感触とで心が柔らかくほどけていく。


     ・・・僕が一日中、求めていたのはこれだった!・・・


ドンヒョクは自分の中にある不安を吹き飛ばしてしまいたくて、
ジニョンをもっと強く抱きしめた。



――――――



     ・・・あなたはこんなにも強くわたしを抱きしめてくれる!
     あなたのシャツのあたりから、あなたの肌の匂いと、つけているコロンの香りが漂っ
     てくる。
     んん・・何て男らしい香り!

     あなたの胸、広くて力強い、
     あなたに抱きしめられると、何だかあなたの翼の中にすっぽり覆われているみたい。
     守られていて、安心なんだって気がするの。
     ああ・・・このままずっと永遠にあなたに抱きしめていてもらえたら・・・

     あなたは他の女の人もこんな風に抱きしめたのかしら?・・・


ジニョンは自分が午後見た夢を突然思い出した。
だが目の前にいるフランクは愛と優しさにあふれていて、
夢の中にでてきた彼の姿を今想像するのは難しかった。

夢の中のフランクは、泣いていた。
夢の中のフランクの瞳は、まるで全てに絶望したかのようだった。




「今夜は、僕が夕食を作るよ」

「朝食だけじゃなくて、夕食も作れるの?」

「なら、賭けてみる?」



ジニョンはキッチンのテーブルにひじをついたまま、彼の背中を見ていた。
彼はゆっくりと、だが着実なやり方で夕食の準備をしていた。
彼の調理スタイルは、家政婦のステラとはまるで違っていて、実に絶妙な料理を作り出した。
ほどなく、心をそそられるような食べ物の香りに、ジニョンの胃がうなり声を上げた。
彼はそれを聞くと


「もうすぐだよ!」と言った。

「もう少し待って・・・」

「飢え死にしそうなの!」


     ・・・そりゃそうだろう、君は昼食を食べていないんだから・・・


ドンヒョクはもう一度探りを入れた。


「君はお昼食べなかったの?」

「え・・・ああ・・・その・・」

「今日はどんな具合だった?頭痛はしなかった?」


ドンヒョクはジニョンが自分の視線を避けるのが見えた。
心の中でどうか真実を話してほしい、と願いつづけていた。


     ・・・君が嘘をついていると、僕は本当に心配なんだ。わかってる?・・・


ジニョンは自分のスカートのはじっこを握りしめ、視線を落として、
彼の探るような視線と合わせるのを避けた。


     ・・・なんだか、彼に何もかも見透かされているような気がする・・・


「ううん、今日は大丈夫だったわ。頭痛もしなかったの」



ジニョンはため息をついて、最近自分がついた嘘の多さにうんざりした。


     ・・・まだまだ嘘のつき方のテクニックを学ばないといけないみたい。
     嘘をついたとき、他の人の目をまともに見ることがどうしてもできないわ。

     でも、どうして・・・
     どうして、あなたは何度も何度も同じ質問をするの?・・・


ドンヒョクはジニョンのそばに行くと、彼女を腕の中に抱き寄せた。
彼女の髪をゆっくりとなで、華奢な体全部をぴったりと自分の体に引き寄せた。


「おばかさんだな・・・。もし、頭が痛くならなかったんだったら、もっと楽しそうにしてるは
 ずだろう?どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?」


彼は優しく言った。

だが、そう言いながらも彼の心は不安でちくちくと痛んだ。



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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