ドンヒョクはドアのそばの床に座りこんでいた。
部屋の暗さはそのまま彼の心理状態を表していた。
・・・さっき君が危うく落ちそうになった時のことを思うと、今でも心配でぞっとす
る。
君は自分の足が回復したと思いこんでいて、あちこちつかまりながら動き回ったり、
あるいは半分壁によりかかりながらも、何とかぴょんぴょん飛んで歩けると思ってい
たようだ。
君はとても楽しそうに、家の中をぐるぐると歩き回ろうとしていた。
自分がトイレに行きたい時、誰の助けも借りずに済むことに、
すっかりほっとしている様子だった。
「ギプスをはめたままでも歩き回れるって、ものすごく素敵なことよ」
と、幾分興奮気味に話してくれていた。
夜の間、家の中では歩き回る足音が止まず、君が歩くたびにゴトゴトと音が響き渡っ
た。
僕の心はジニョンへの愛でいっぱいだった。
君が家にいると、空気まで愛で弾けているようで、
目は手に持った書類をながめてはいたが、心は君にある、
君のところにだけ・・・。
待った!君の足音のペースが突然変わったみたいだ・・・
それ以外の音も幾分変化している・・・
僕がはっと目を上げて見ると、心臓が止まりそうになった!
君は2階に通じる階段の一番下の段に立っていて、
今にも階段の縁から倒れそうだ。
君の両手が空中でばたばたと回り、体がぐらりと後ろに傾きだした。
君が叫び声をあげ、その声で僕は震え上がった。
持っていた書類を放り出し、僕の短距離個人記録を更新するスピードで走った。
狂ったようにダッシュして、やっと君が倒れる寸前、体を支えるのに間に合った。
ああ、神様!間に合わせて下さってありがとうございます!
心より感謝します!・・・
君が大丈夫だったかどうか、僕があちこち確かめていると君が言い訳を始めた。
「わたし・・・2階へ行こうとしたの。あの・・・わたし、あなたに面倒をかけたく
なかったのよ」
僕が今まで感じていた恐怖はたちまち怒りに代わった・・・
ドンヒョクはジニョンをかなり乱暴に床からすくいあげたので、
ジニョンにも彼が怒っているのがわかった。
ほんのすぐそばにある顔の表情からも、
彼が情け無くて、がっかりした気持ちでいるらしいのが読み取れる。
今この瞬間、自分は彼の胸にぴったり寄り添っているのに、
二人の心はずいぶん離れてしまったようだった。
ドンヒョクはジニョンの部屋まで彼女を運ぶと、くるりと背を向けて出て行った。
自分の部屋に戻ると、背中からべったりと壁によりかかり、
何だかくずれそうな気分にひたるにまかせた。
そのまま背中でずるずると壁を下がって来ると、床の上に座り込んでしまう。
自分の部屋でたった一人、頭をがっくりと両方の手の下に埋めると、
世界全体が濃い霧に包まれたように感じてくる。
・・・君ときたら!
一体なんだって、僕に面倒をかけたくなかったなんて言えるんだ?
僕に面倒をかける?・・・
――――――――
わたしの足はずいぶん良くなったわ。
あちこちつかまったり、壁に寄りかかったりしながらだけれど、
歩き回れるようになった。
良かった!やっと自分ひとりでトイレに行けるようになったわ!
自分では前は気づかなかったけど、わたしってずいぶん沢山お水を飲むのね。
ケガをしてからと言うもの、自分がどんなに何度もトイレに行くのか、
思い知らされる。
昼の間は、家政婦のステラが手伝ってくれる。
でも、あまりたびたびのせいか、この頃ではただステラを呼んだだけで、
ステラが合図を受けたみたいに「トイレ!」とすぐに答える。
これが恥ずかしいの!
夕方以降は、フランクが手伝ってくれるわ。
彼はステラよりずっと敏感なので、わたしがトイレに行きたいのかどうか、
ただ顔を見るだけでわかるみたい。
わたしのそばにやって来て
「バスルームに行かなくていいの?」
と、聞くだけ。
いつもぴったりのタイミングで聞いてくれる。
でも、フランクの気遣いも敏感さもどちらにしたって、
「ああ、早く治りたい」という気持ちがますます強くなるばかりなの。
恋人同士が愛を語り合っていて、甘い時間を一緒に過ごす。
でも、「バスルーム→トイレ」という言葉が出た途端、
どんなロマンティックな気分でも霧のように消えてしまう!
ああ、ため息がでるわ・・・
健康な身体とちゃんと動く手足がこんなにも貴重なものだと言う事を
ほとほと、今回思い知らされた!
わたしの足は良くなったとは言っても、階段を上るにはまだかなり障害があるみた
い。
さっきは少し歩いてみただけだったけど、また倒れるところだった。
でもフランクの反射神経が抜群なおかげで、
今度はわたしが倒れる寸前、間一髪で間に合った。
彼ってまるでわたしの防護ネットみたい・・・
だけど彼のそのあとの行動がちょっと怖かったわ。
すごく怒ってるみたいで、顔色まで真っ青になってた。
わたしと口を利くのもイヤみたいで、部屋を出て行く前に切りつけるような言葉を投
げて行った。
「なぜ、僕を呼ばなかった?
面倒をかけたくなかったって?
床に倒れるのがそんなに楽しいの?」
フランクはいつでもわたしに気を配り、優しく気づかってくれていたから、
わたしも今ではフランクのそうした接し方に慣れてしまっていた。
でもさっきは・・・あのフランクの冷たい態度を思うととっても怖くなったわ。
自室に戻って、すっかりわたしのことを無視している。
自分の部屋に入ってから結構長い時間が経っているのに、あまりにも静かね。
何の物音も聞こえてこない・・・
ふと、ジニョンはもうこれ以上我慢できなくなった。
泣き出す寸前にまで追いつめられていた。
・・・あなたは今まで、わたしのことをこんな風に扱ったことなんてなかったの
に・・・
彼女はフランクの部屋の前までぴょんぴょんと跳んでいった。
たった一回ノックをしただけなのに、ドアがすぐ開いた。
・・・ドアのそばに座っていたのかしら?
そうでなきゃ、どうしてこんなに早くドアが開けられるの?
部屋の中は真っ暗だわ。この人、明かりをつけなかったの?・・・
フランクは黙っていた。
ただそこに立って、ジニョンを見つめていた。
ジニョンは彼の顔を見ないように、彼のシャツの端っこに手を伸ばして、引っぱると、
涙声のまま、そっとつぶやいた。
「そんなにわたしに怒らないでくれる?今、ちょっと手伝ってもらってもいい?」
ジニョンはフランクのため息を聞いた。長いため息だった。
彼女が口を開いてまた何か言う前に、もう腕の中にしっかりと抱きしめられていた。
いつもの、愛情のこもった優しいフランクに戻って、彼女の耳元でそっとささやいてくる。
「言ってごらん、何がしたいの?」
「階下に下りて、フルーツジュースが欲しいの」
フランクは喉の奥で笑うと、すぐに彼女を抱き上げて階下のキッチンまで運んで行った。
結局のところ、フルーツジュースだけではおさまらなかった。
甘いペストリーも幾つかもらったのだ。
・・・ああ、わたし彼と長くここに住んでいたら、きっとおデブになっちゃうわ
ね・・・
と、彼女は思った。
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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria
2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)