AnnaMaria

 

This Very Night 第38章 -運命の夜-

 

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冬はもう去ろうとしていた。
春の暖かな空気が、ニューヨークの空を冬から引き継ごうと待っている。

そのせいか、午後のそよ風はジニョンに少し眠気を誘い、
彼女もそのまま眠りの世界に落ちて行った。




夢の中で、死がジニョンを捕まえようとしていた。


     ・・・でも、いや・・・まだ死にたくない!・・・


「いやよ!こんな風に死ぬなんて!」




彼女は悪夢から目覚めた。
自分の体を触ると、全身にびっしょり冷や汗をかいているのがわかる。
このところ、あの悪夢はあまり現れなかったのに。

悪夢の中で、彼女は暗い小路で死んで行くところだった・・・





ある雪の夜、ジニョンは人気のない舗道をたったひとりで歩いていた。
通りの電灯はぼんやりしていて、前方にあるものが何なのかはっきりとは見えなかった。
彼女は近道をしようとしたばかりに、こんな細い小路をとったのを今になって後悔し始めていた。


おお!
突然、覆面をした二人の男が現れ、彼女を捕まえると、
通りから離れた暗い路地の方へと引きずっていった。

恐怖が全身にひろがった。
額に冷たい銃口をつきつけられると、考える力もなくなり、
ただ、自分の心臓が狂ったように打ち続けるのが聞こえるだけだった。
心臓の鼓動があまりに速くて、息をするのも忘れてしまった。

彼女は震える手で財布を差し出した。
色々な人から聞かされた警告、忠告が頭をよぎった。


「強盗に出会ったら、逆らってはいけない」


彼女が何もしないうちに、
二人のうちの一人が財布をひったくった。
荒っぽい、なげやりなやり方で中身をあらため、小銭やIDカードを地面にぶちまけた。


彼女は抵抗する気など、まるでなく、
ただ、地面に落ちた持ち物を拾いたかった。
足ががくがくして立っていられなかったので、ただ、地面にしゃがみこみたかった。
こんなこと全てが早く終わるようにと、強く神に祈っていた。

夢の中でも、自分の全身がおののいて震えるのを感じる。
この瞬間、彼女は自分がまるで世界中から見捨てられたような気分だった。


奴らが発砲した時、彼女には自分に向かって来る銃弾が見えたような気がした。
銃弾が恐怖と共にめり込み、その瞬間吐き気を感じた。
向こうはたぶん彼女を少々脅かすだけのつもりだったかもしれないが、
実際に発砲されてしまった。
死が自分の方へ、野生の獣のように襲いかかってくるのが見えた。



彼女は頭部を銃撃された。

鋭い痛みではなかったが、頭部から発散された熱がまたたく間に全身に広がっていく。
自分がこんな風にこの世を去るなどと想像もしていなかった。
頬のあたりまで血が流れ落ちて来て、立っていられなくなり、
そのまま地面に倒れ、雪面に血が飛び散った。
肺から空気が出て行った。


この死に行く瞬間、なおも彼女の肺は助けを求めて叫んでいたが、
奴らは逃げてしまった。


彼女は自分の肉体から魂が離脱したように感じ、
魂は肉体のそばに立って、自分自身を見下ろしていた。
肉体の方は雪の上に横たわって、空気を求めてあえいでいる。
彼女は自分の血まみれの指が、雪の中で曲がったり伸びたりするのが見えた。

呼吸が無に向かって次第に弱まっていき、
あたりの情景から色が抜け落ちていく・・・
そしてモノクロで描かれた情景とイメージに代わり、
やがて、全てが消え失せた。


彼女の最後の息が吐き出されるほんの少し前、
黒い人影が彼女のそばにやってきて、抱き起こしてくれた。

彼の顔はもう見えなかった。
ただ、彼の目だけは覚えている。

その目はまるで全てを見てしまったようで、
この世を理解しようとするのを、あきらめてしまったような目。
魂の中までまっすぐ見通してしまうような目。
ジニョンは彼の目に映った自分が助けを求めているのを見、そして意識を失った。


彼女が思い出せたのは、これが全てだった。





ずっと後になって、ジニョンが目覚めた時、
自分が病院の明るい部屋にいるのがわかった。
銃撃そのものは本来もっと深刻な事態を招いたかもしれなかったが、
幸い、そうはならなかったようだ。
だが・・・あの恐ろしい夜からすでに8ヶ月が経っていた。
彼女はその8ヶ月間のことをただの一つも思い出せなかった。



     ・・・全くの空白。

     その8ヶ月の間に何か恐ろしい、考えられないようなことが起こったのだろうか?
     ずい分と長い期間だ。
     一体わたしはその間、どこにいたのだろう?・・・



数日前にソンジェから電話をもらった。
ジニョンが結局フランクの家に滞在している事がわかると、
ソンジェはあれこれと細かい質問を山のように浴びせて来た。
だが、ソンジェは自分がヨーロッパに発った後に何が起こったかを正確に理解すると、
しばし沈黙した。

ジニョンはこの親友が何を考えているのかいぶかっていた。
そして、もう一度自分の運を試してみる事にして、
あの8ヶ月間のことについて、またもソンジェに尋ねてみたのだ。

しかしソンジェは良く知らないとだけ答え、
自分が知っているのは、あの8ヶ月が過ぎて彼女が意識を取り戻してからの事だけだと言った。


     ・・・うそ!そんなはずはないのに!・・・


それよりもっと何か知っているはずだと、ジニョンには確信があった。


     ・・・どうして誰も彼も真実を隠そうとするのかしら?

     みんながわたしの質問をはぐらかそうとすればするほど、却って困惑は深まるばかり
     なのに。
     たぶん、わたしの周りの人たちは、わたしが真実を受け入れられないのではないかと
     心配して、皆で口裏を合わせてわたしから真実を隠そうとしているのね。

     こういう無視のされ方って感謝すべきなのだろうか?
     だんだんとわたしの方もそんな風に考え始めてはいた。
     だが、一人になってみると、またもあの8ヶ月間のことを考えてしまう・・・
     いったい何があったんだろう?


     もしわたしがあの人、
     わたしを路地から拾い上げて病院に送ってくれたあの男性を見つけられたら、
     たぶん、物事がもっとはっきりするんだろう。
     あの男性がたぶん鍵を握っているはずだわ。
     彼・・・彼はどこにいるのかしら?・・・



ジニョンは自分の父親に以前、その男性についてたずねたことがあった。
その男性を見つけたい、と父親に話したのだ。
だが、父親はその男性の話が出た途端に不機嫌になってしまった。


「ジニョン、その事についてはこれ以上聞くな。
 あの男性にはお前を救ってくれた礼として、既に小切手を送ってある」

と言った。さらに、
 

「彼がお前を救ったのは、気まぐれに行った偶発的な善行とでもいうものだろう。
 あの男性は単なる通行人に過ぎなかったのだから・・・」


と片づけた。



     ・・・それでも、わたしはやはり彼が誰だか知りたい・・・
     あの瞳の奥に秘められた魂がどんなものだかを、知りたい・・・
     わたしを救ってくれたことに対して、お礼が言いたい・・・
     あのような雪の夜、わたしを救うために狭い路地にまで足を踏み入れてくれた人に
     直接会って、感謝の気持ちを述べたいわ。

     それに、彼なら、わたしの失われた記憶を取り戻す助けになってくれるのではないか
     しら・・・


     わたしの過去・・・わたしは自分の過去についてフランクには何も話していない。
     フランク・・・自分は今、この男性に強く魅かれている。
     どうしてだか、彼は今まで誰も触れることのできなかった、
     わたしの心の奥の部分に触れてくることができるの・・・



ジニョンは彼を愛してしまいそうな自分を懸命に抑えていた。
だがもはや、自分の心もだんだん抑えられなくなってきている。
彼女の心の中に、自分の本当の気持ちがうごめいていて、
それが絶えず彼の方へ、彼の方へと向かおうとするのだ。



     ・・・わたしとしては、わたしたち二人がこの短い関係の中で、
     少しでも楽しい時間を共有できたら一番良いと思っていたの。

     彼と恋に落ちるわけにはいかない。
     だって、ひとたびわたしが韓国へ帰ってしまえば、
     二人がお互いに持っていた感情など流砂のように消えてなくなってしまうだろうか
     ら・・・


     それでもわたしはフランクを見るたびに目にするもの、
     あの情熱的な瞳、優しいささやき、わたしに対する強い愛の意志表示・・・・
     こういったもの全てから、ある希望を抱いてしまう。

     わたしはフランクと一緒の未来を時折夢見ることがある。
     どうしてだか、彼のすること全てがわたしをとらえ、わたしの心をかき乱すの。


     だけど・・・韓国を出発する前に医者が言ったこと、
     そして、だんだん頻繁になる頭痛・・・
     こういう現実が、わたしに慎重にした方が良い事を思い出させるのよ。
     わたしの頭の中の地雷は一体いつ現実に爆発するのか、
     もはやわたしの人生はすっかり方向転換をしてしまったのかどうか、
     考えずにはいられない。



     そう、すべてはあの夜から始まった、まさにあの夜から・・・
     わたしには選ぶことなどできなかった。

     とにかく、あの夜わたしの人生が転回し、
     苦さとはどんなものなのかを、味わい始めたのだった。



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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