AnnaMaria

 

This Very Night 第42章 -もう戻れない-

 

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ドンヒョクがホテルのタクシー運転手からジニョンの行き先を聞き出し、楽器店にたどり着く直前に、ジニョンは店から出て来て、目の前で別のタクシーに乗り込んでしまった。

ドンヒョクは自分の前の車に阻まれて、思うように前に進めなくなっていた。
このままでは、ジニョンの乗り込んだタクシーを停める手だてがない。
やっとのことで、タクシ-のテールランプだけが見えている状態だ。

いきなり、ハンドルを大きく切ってターンし、アクセルを踏み込み、
気の違った男のように、タクシーの後を追跡し始めた。
車で混み合ったニューヨークの通りで、タクシーを追いかけ、
彼の家の方へと向かうハイウェイに向かって、さらに追い続けた。

シン・ドンヒョクは怒りのあまり、体中がかっと燃え上がるように感じていた。
頭の中の回路まで焼き切れて、火を噴きそうだ。


     ・・・どうしてこんな風に家を出て行けるんだ。
     僕に電話もくれなかった!
     君は、一体何を考えている。
     逃げ出そうとでもしているのか?

     君の・・・君の心の中では、きっと僕など取るに足らない存在なんだな・・・
     いつか、こんな風に僕を置いていってしまうつもりなのか。
     僕に何も言わないまま? どうしてそんなことができる・・・?

     それに、君の足・・・足はまだ完全には回復していないんだ!
     君の姿が見えなくなっただけで、僕がこんなに狂おしいほど心配していることなん
     て、君は考えてもみないんだろう・・・


1分、1分を刻む毎にだんだんと体の中のあらゆる感覚が無くなっていき、
ついには全身の感覚が麻痺していく!


ドンヒョクはこのまま頭がおかしくなってしまいそうな気がしてきた・・・
しかし、何とか正気を保って、ひたすら車を走らせる。
先行するタクシーを止めようと、狂ったように警笛を鳴らし続けた。
車がやっとタクシーに並んだ時、窓越しに彼女の驚いている顔が見えた。

彼はどうにか気を静めてそれを確かめると、大きくタクシーを追い越し、
タクシーを、乗っている彼女を止めるために、
自分の車の鼻先をタクシーの進路に突っ込み、行く手をさえぎった。

ついにタクシーは停まった・・・




タクシーの運転手は、シルバーのジャガーがずっとこちらを追ってくるのを、とうに気づいていた。
街の中心部からハイウェイに至るまでずっと、こんなにぴったりと後ろにつけてくるなんて、
車に乗っているのは、頭のいかれたヤツのようだ。

ジャガーが近づくにつれ、こっちの車に乗っている乗客の顔が灰みたいに白くなったのがわかった。
こいつあ、色恋のからんだ揉め事だな、と運転手は当てずっぽうに考えた。

シルバーのジャガーはタクシーの行く手に垂直に急停車した。
路面とタイヤのこすれる、耳をつんざくような急ブレーキの音があたりに響き渡る。
タクシーの運転手は口汚く罵ると、こちらもまた停まらざるを得なかった。

フロントグラス越しに、身なりのいい男が高級車から降りてくるのが見えた。


     ・・・ずいぶんと、きれいな車じゃないか!・・・


だが運転手の目にも、この男が全身に怒りをみなぎらせているのが見て取れた。


     ・・・まったく、あの目つきときたら、蛇みたいにどう猛そうだな・・・


その男はこちらに近づくなり、いきなりタクシーのボンネットをガツン!と叩いた。

タクシーの運転手はあえて抗議の声をあげる気はなかった。
この身に直接こぶしを見舞うより、ボンネットの方がまだましだと考えたのだ・・・

その男がタクシーの車の窓から高額紙幣を投げ込むと、それがゆっくりと運転手のひざに落ちた。
タクシー運転手はこの大盤振る舞いをつくづくと見て、そのまま何とか口を閉じることにした。




―――――――



     ・・・僕は自分の車を降りた.
     ずっとジニョンから目を離さなかった。

     タクシーの方にやってくると、拳でボンネットをガツン!と叩いた。
     だがその程度で、自分の中にたぎる怒りや苛立ちをなだめることなど到底できない。
     財布を取り出し、紙幣をむしり取ると、
     運転手の窓から投げ入れる。
     そしてタクシーの後ろのドアを開け、中を見た。

     僕の視線が君の目と合った。
     君の目がおびえている。
     君は僕を見ると、車のシートの上で奥へと後ずさった。
     千本もの針が体中に突き刺さったような気がする・・・

     僕が怖いのか!
     差し出した僕の腕を避けようとさえするのか・・・!

     この時、僕の怒りは頂点に達した。
     僕は君をつかまえると、強引に車の外へ引っ張り出した。
     君と君の荷物を車に積み込んだ後は、
     僕は、一度も君の方を見ようとはしなかった・・・




------------------




飛ぶように走る車の中で、ジニョンは出来る限り体を丸めて小さくなっていた。
不安が血管の中でうずまいて、全身に回って行く。
彼女は乱れた頭で必死に考えた。


     ・・・どうしてあなたはこんなに怒っているの?
     何があったというのかしら・・・


座席の横のガラスに映るフランクの顔をちらりと盗み見た。

フランクの憤怒にかられた顔つきは、悪魔の生まれ変わりみたいに見えた。
彼から噴き出す怒りのオーラがあまりにも激しく、
それが車内の雰囲気を重苦しいものにしていた。
なんだか車内の気温まで、2、3度上がったように感じられる。

車がスピードを上げるにつれ、窓の外では埃や砂が後ろへと飛んでいく。
埃や砂が空中に舞い飛ぶのをみながら、
逃げ出しそうなわたしの心みたいだと、ジニョンは思った。


     ・・・あなたがわからない。
     何を・・・何をそんなに怒っているんだろう。
     足ががくがく震えてきて、力が入らない。

     何を言ったらいい? どう言ったらいいの?・・・


だが結局、彼女の口からはどんな言葉も押し出されずに終わった。
彼の冷たい眼差しはナイフのように鋭い。
優しさなどどこにもない・・・
かけらすら見当たらない。



家への帰り道の間中、結局フランクは一言も発せず、彼女の方をちらりとも見なかった。
まるで徐々に死に近づいているかのように、ひたすら前へ前へと進んで行く。
ジニョンの不安と恐怖はますます広がり、巨大な網のように彼女をすっぽり包んでしまった。
この世の生にすがりつくように、座席の傍のドアハンドルを固く握りしめていた。


     ・・・こんなこと、目覚めれば消えてしまう悪い夢だったらいいのに・・・。


彼女の願いも空しく、何度目を開いても同じ夢の中に捕らえられている。


     ・・・不毛だわ・・・


車はかなりのスピードで飛ばしていたので、窓の外に見える全てがぼやけて形を失っていた。


     ・・・わたしの神経は・・・まるで・・・まるで、バイオリンの糸だわ。
     キリキリに張りつめて、もう今にも切れる寸前になってる・・・




突如、スピードと移動の感覚がぴたっと止んだ。
まるでローラーコースターから降りたばかりのように、ジニョンの頭の中では、
まだ、まわりの世界が何もかも回っている。
緑に囲まれた美しいあの家に戻って来たのだとわかるまで、しばらく時間がかかった。

世界の回るのが止まると、足下にまた固い地面の感覚が戻って来た。
そしてまた抱き上げられ、彼の暖かい腕の中へと戻ってきたのだ。
だが彼女を腕に抱いていても、まだ彼の怒りは消えていないようだ。

ジニョンはフランクの胸にぴったりと引き寄せられると、
彼の心臓の鼓動が感じられた。
速く、大きく、はっきりとした鼓動で、彼の胸を通して鼓動の一つ一つが彼女の耳に軽くあたるようだ。
フランクの全身は固くこわばったままで、
実際は、彼をとらえている憤怒からまだ抜けきれていないように見える。

車から続く通路を上がって行くと、家の2階部分に通じている。
ジニョンは目でステラを探した。
だが、彼女を迎えたのはしんとした静寂・・・
ステラの姿は消えていた。



フランクはジニョンの寝室に彼女を下ろすと、
初めて彼女をまともに見つめた。

彼のまなざしは冷たく射抜くようで、彼の指の関節がぽきぽき鳴るのが聞こえる。
また彼女の不安が急に戻って来て、おびえが足元から少しずつ這い上ってくる。
彼女は・・・少し震えてきた・・・そう、こわくて。


     ・・・この人・・・・この人は何をしようとしているの?
     ぼ・・・暴力的な性向があ・・・あるとか・・・?
     わたしのことぶつのかしら?・・・


ついに彼女はありったけの勇気をかき集めて、震える声できいた


「あ・・・あなた・・・どうしてそんなに怒ってるの?
 わ・・・わたしホテルから荷物をちょっと取ってきただけよ。わたし・・・」


だが、彼女がまだ全部言い終わらないうちに、彼の激しい怒号にさえぎられた。
彼の言い立てる大声が、部屋の中に響き渡った。


「君はほんの少しでも、僕のことを考えてくれたことがあるのか。
 僕が死ねばいいとでも思っているの?
 何だってこんな危ないことを考えついたんだ!
 ちょっと荷物をだって?
 どうして僕に言えなかった?
 君はタクシー会社に電話するやり方は知っていても、
 僕に電話する方法はわからないって訳なのか?!」


彼女は怒鳴り声にすっかりおびえて、これ以上涙を抑えておけなくなった。
彼女はしくしくと泣き始め、そのままむせび泣いた。


「どうしてそんなに怖くするの?
 なんで、わたしに怒鳴るの? う・・・ううう・・・」


彼はジニョンが泣くのを見ると、あっけなく全身から怒りが引いていった。
かわりに、何千という後悔の念がわき上がってきた。
頑になっていた心がほぐれて、今は、狼狽していた。

彼女を抱きしめようと一歩前に出た・・・・
が、彼女は、泣きながら後ずさりすると、彼の前でひらひらと手を振って追いやった。


「あっち行って!あっちに行って!あなたなんか嫌いよ!」


ジニョンの言葉が、ぐさりと突き刺さった。
ドンヒョクは彼女に背を向けるとそのまま部屋を出て行った。
まるで、戦いに敗れて絶望し、うなだれた野獣のようだった。





ジニョンは自分のベッドに這い上がると、お気に入りになったキルトの上掛けをつかんで、
慰めを見いだそうとした。
彼のことを考えれば、考えるほど、恐怖がつのってくる。


     ・・・あんなひどい癇癪って信じられないくらい、馬鹿げてるわ!
     それにわたしのこと、怒鳴りつけた!
     それもあんなに激しくよ。
     もうこれっきりあの人のことなんか、愛せないわ!
     どうしてあんなに酷くわたしに当たるの・・・

     今まで、誰もわたしにあんなにひどい態度をとった人はいなかった。
     誰も・・・誰もよ!
     おっかなかった!彼が怖い!
     とにかくこの足が治ったら、すぐにでも韓国に帰りたい!
     フランクのこと、もう愛せないわ!
     あの人のこと、全部忘れてしまいたい・・・
     全部、あの人に関すること全部よ!・・・



彼女の部屋は彼の部屋の隣だった。
ふと壁越しに、ズシンとお腹の底に響くような音が聞こえてきた。
彼が何かを打っている音、たぶん壁かなんか・・・
ズシン、ズシン・・とその音が続く。

最初こそまだ恐ろしかったが、次第にわけのわからない、味わったこともない腹立ちがこみあげ
てきて、彼女の泣き声はいっそう大きくなった。




裏切り者は階下にいたまま、まず怒鳴り声を聞き、続いて
何かを強打しているような音、それから大きな泣き声・・・を聞いた。
どの音も一向に納まりそうにない。
ステラはただ祈り、つぶやいた。


「お嬢さま、どうかわたしをお責めにならないで・・・叱らないで・・・。
 本当に、わたしにはどうしようもなかったんです」





ドンヒョクが、ジニョンの部屋の隣にある自室にいると、彼女の泣き声が聞こえてきた。
泣き声はなおも続き、一向に止まなかった。


     ・・・あんな風に泣き続けるなんて、僕は君をひどく怖がらせたに違いない・・・


今では自分の行動を後悔していた。
怒りにまかせて、自分の感情をぶつけてしまうような真似はすべきではなかった。
ドンヒョクは自分の拳を振り上げ、部屋の壁に思い切りぶつけた。
皮膚が裂け、血が流れ出すまで・・・。
こんな自分を罰してやりたかった。
今まで、彼女にこんなに厳しく当たったことなんか一度もなかった。
まして癇癪を起こしたことなど絶対になかった。


以前、ジニョンが言うことを聞かなかったときは、
彼がちょっと不機嫌な表情をうかべただけで、
彼女はたちまち、頬をぷうっとふくらませ、そのうちに泣き出した。
あるいは彼女の方から彼にすがりついてきて、彼の胸に触りながら言ったものだ。


「ドンヒョク、こわくしないで・・・」


冷静さを失った自分が嫌だった。
そのまま力まかせに壁を打ち続けたので、傷ついた拳から血がぽたぽたと滴り落ちた。
だが、それでも・・・拳の痛みは心の中の痛みを忘れさせてはくれなかった。
壁を打つのを止めると、彼女の泣き声が一層大きく聞こえてきた。


     ・・・君は昼食も、夕食も食べていない
     今頃はさぞお腹を空かしているだろうな・・・


彼はジニョンのことを考えていた・・・





しばらく時が流れた・・・
だが、相変わらず絶え間ない泣き声は聞こえてくる。
泣き声はナイフのように彼を切り裂き、
その声が聞こえるたびに、自分の心臓をえぐられているような気がする。


     ・・・ああ、辛い!なんて辛いんだろう・・・

     肉体的な痛み、いや、この世の全ての痛みにも耐えられるかもしれない、
     だが、あっさりと僕のところから去ってしまう君を見るなんて耐えられない・・・

     たぶん、死もこれほど恐ろしくはないだろう。
     もっと恐ろしいのは、君を、君の愛を失うことだ。
     僕にはもう戻れない。
     僕の魂を、またもあの暗い穴のなかに閉じ込めることなどできない!・・・


外はすっかり暗くなっていた。
月さえ、その輝きと艶を失ってしまったようだ。
ドンヒョクは拳を固く握りしめ、自分が今どうすべきなのかを自問した。





ドンヒョクがジニョンの様子を見に部屋に行ったのは、さらに時間が経ってからだった。
彼女のベッドの傍らに立って、涙の痕の残る顔をみつめていた。
泣きながら眠ってしまったらしく、きゃしゃな体は幼い子供のようにくるりと丸まっている。
キルトの端を口にくわえていた。


     ・・・心細かったのかな?・・・


彼はそっとベッドの中に入り込むと、彼女を後ろから抱きしめた。
彼女の髪の中に顔を埋め、貪るように彼女の髪の香りを吸いこんだ。


     ・・・こんな風に抱きしめたかった、こんな風にそばにいたかった・・・
     午後、君を見た瞬間から、僕はただこうしたかったんだ!

     だが、君が僕にすっかりおびえているのを目にしたら、
     僕の怒りに一気に火がついてしまった。
     君に対してますます高まる、この気持ちの激しさが、僕は我ながら恐ろしい。
     僕の強すぎる愛が怖い!
     自分の心を操縦できなくなっているみたいだ。
     君への愛がますます加速してふくれあがり、
     このまま行くとどうなるのか、自分でもわからない・・・

     君のおびえた顔を見たとき、ぞくっとした。

     どうして僕を怖がる?

     僕が君に手を上げるとでも恐れたのか?
     ああ、君にはわからない!わからないんだ。

     僕もまた、そんな真似を恐れている。
     僕の強い愛は、もう僕をじりじりと地獄の門の方へと押しやってきている。
     君とずっといつまでも一緒にいられるには・・・と、恐ろしい考えさえ温めたことが
     ある。
     それは、君を固く抱きしめ、唇を重ねながら、深い谷間のさらに深い谷底へと飛び降
     りる!

     二人で死ぬために!

     これこそが、僕が君と永遠にいられるたったひとつの方法だろうと・・・


ドンヒョクはそんな日が来てしまいはしないかと恐れていた。
自分の愛が彼女を傷つけ、やけどをさせてしまう日。
自らの魂を進んで悪魔に売り渡してしまいそうで、自分の心が恐ろしい!


     ・・・誰が・・・誰が僕を助けてくれるだろう?・・・


「大いなる神よ!僕の祈りをお聞き届けください。
 もし、そんな日が本当に来たなら、どうか、どうか僕を風に舞い飛ぶ塵に変えて下さい。
 彼女が何の危害も被らないことだけを祈ります。
 どうか、どんな形でも、僕が彼女を傷つけることのないように・・・」




     ・・・君はさっき僕にあっちに行けと言った。
     僕なんか嫌いだと言った。
     本当に僕がどこかへ行ってしまえばいいと思ってる?
     本当に僕が嫌い?・・・


彼はぴったりと彼女に体をくっつけて、ささやいた。


「あっちへ行けなんて言わないで・・・。
 君が僕を愛してくれなくても構わない。でも僕を嫌わないで。
 僕の天使・・・」


ドンヒョクは彼女がくわえていたキルトの端を、そっとはずした。
代わりに自分のケガをしていない方の指を一本、彼女の口にふくませる。
彼女はなんだかおいしいものでも口に入れてもらったような顔をした。
冷たい手で彼の手のひらをつかみ、彼の指をしゃぶり始めた。


     ・・・君の口の中・・・温かくて、柔らかい。
     君の舌が僕の指をゆっくり舐める。
     君の歯が指の上にあたり、かじろうとするのまで感じるよ・・・


ドンヒョクは少し満足して、心の中でつぶやいた。


「君が好きなら、食べたっていいさ・・・」



―――――



     ・・・ああ、お腹が空いたわ!・・・


ジニョンはうっすらと目を覚ました。


     ・・・あら、なんだか背中のあたりが少しあったかくって、ほんわかといい気持ち。
     それに・・・わたしが噛んでるのって何だろう?・・・


彼女は口の中のものにちろりと舌を這わせ、なめてみた。


     ・・・何か、わたしの後ろで動いてるような・・・


と、ふと思ったが


     ・・・んんん・・・おいしい!ちょっとしょっぱいけど・・・


口の中からそれを引っ張り出してみた。


     ・・・きゃ!なんと指じゃないの!

     わたし、ぎゅっとあなたに抱きしめられたまま、
     あなたの指をしゃぶってたんだわ!・・・


ジニョンは彼の腕から自由になろうと少しもがいたけれど、
却って強く抱きしめられる指に、さらに力がこもっただけだった。

背中の方から彼の低い、沈んだ声が聞こえてきた


「目が覚めたの?お腹すいた?」


ジニョンはまだ半分夢うつつで、どもったような言葉が口からでた。


「わ・・・わた・・・わたし・・・あ・・・あなた・・・」


彼は半分体を起こすと、ひじで上半身を支えて、彼女の顔を上からのぞきこんだ。
そのまま、そっと彼女のひたいに自分のひたいをつけて、優しくこすり合わせ、
懇願するような声で言った。


「お願いだから、もう僕のことを怒らないで・・・。
 泣かないで・・・・僕が悪かった。
 悪かった、ごめんよ。全部僕のせいだ」


彼は、彼女の髪に顔を埋めると熱っぽく唇を押し当て、
キスで後悔している気持ちを伝えようとした。


     ・・・ゆるして、どうかゆるして欲しい。
     僕は頭がおかしくなっていたにちがいない。どうか僕をゆるして・・・



ドンヒョクはそっと彼女を引き起こすとベッドの上に座らせた。
それからジニョンの手を取ると


「さあ、僕に罰をおくれ。僕のことをひっぱたくんだ」


そう言って、無理やり彼女の手を彼の頬に当てさせた。
そうやって彼の頬をたたかせるやり方は、
単に自分で自分の頬を叩いているようなものとはまるで違っていた。
勢い余った彼女の手が、彼のメガネまではたき落としてしまう程だった。


     ・・・どうしてこう乱暴なの?・・・


彼女のてのひらが痛みを感じ、すっかりおびえてしまった。


     ・・・また、泣きたくなってきたわ・・・・


涙が彼女の目からとめどなくあふれ出した。

彼は手を止めて


「ねえ、どうして泣くの?」


「やめてよ、お願い!手が痛くなったわ。それにわたしお腹が空いてるの」


彼がちょんと彼女を突っついた。


「僕のこと、もう怒ってない?」


彼女は自分の中にさまざまな気持ちが渦巻くのを感じた。
というより、頭の中がこんがらがって、どう考えたらいいのかわからなくなった。
だから、ただ彼のそばに寄って、涙でべたべたになった顔を彼のシャツの前にくっつけて、
そのままシャツに顔をこすりつけて寄り添った。


     ・・・なんだか、こうしてると気持ちいい・・・。



「何か、君の食べるものを作るよ、いいかな?」


彼女の赤くなった顔には、まだ泣き寝入りした時のシーツの跡がついていた。
彼はまるで子供にするように、彼女の髪を優しく愛おしげに撫でて、

「全部、僕が悪かった」とささやいた。





次の朝になった。
ジニョンは目の前にある彼の手を取ると、包帯の巻かれた部分にそっと手を触れた。


「痛そうね・・・」


彼は黙って首を振った。


彼女はほんの数時間前の真夜中、彼が自分のために食事を作ってくれた時のことを思い出した。
彼の片方の手全体が青黒く腫れ上がっている。
まだ血がついていて、生々しい切り傷も残っていた。

フランクは自分のケガも痛みも一向に気にしない様子で、冷たい水で傷の表面を洗い流し、
何か軟膏をすりこんで、テープで固定した。
それから、彼女の食事を作るために、手をすすいで洗った。


「あなた、それ自分でやったのね?」


ジニョンが訊いた。
彼がちらっとジニョンの方を見ると、彼女はそっちに向かってべーっと舌を出した。


     ・・・この人の気性ったら激しすぎるわ、極端なのよ!

     なんだか、本当にあなたが怖くなってきたわ
     ほんのちょっとわたしがホテルに寄っただけで、この騒ぎなんだから!
     わたしがこの国を発ったら、あなたは自殺してしまうんじゃないかしら!・・・





その夜、フランクが仕事から帰って来た。
ジニョンが見ていると、大きな荷物を彼女の部屋まで引っ張ってきた。


「これ・・・これって・・・?」


彼は抑えた調子で言った。


「君の代わりにホテルのチェックアウトを済ませてきたよ。
 君がニューヨークにいる間は、ここだけにいるんだ。僕と一緒にね」


     ・・・この人ってなんて横暴なのかしら!・・・



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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