AnnaMaria

 

This Very Night 第43章 -言えない二人-

 

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     ・・・フランクは窓を開けたまま、車を走らせている。
     風が窓から吹き込んできて、あなたの髪の先のほんの少しカールした部分を持ち上げ
     る。

     あなたはかなり機嫌が良さそう。
     たぶん、わたしのために幸せな気分でいてくれるのね。

     今日、お医者さまがついに、わたしの足のギプスを外してくれた。
     わたしたちが病院を出てからもずっと、あなたは謎めいた穏やかな微笑みを浮かべて
     いる。


     夕方の陽の光が車の中に差し込んできて、
     車内のすべてを金色に染め上げている。
     たそがれの光線はまもなく消えてしまうのに、
     今は、明るく誇らしげに輝いている。

     今日と言う日の夕方の最後の名残り。
     あなたの顔もこの夕方の情景の中で、くっきりと彫りあげたように見える。

     あなたがわたしの方を向いて、何か話しかけようとする時、
     輝くような笑顔が浮かび、口元に白い歯が光る。
     あなたがキスをしようと、わたしの方に身をかがめてくる時、
     あなたの愛は誰の目にも見えるくらい、ありのままがその顔に記されている。


     あなたの情熱は、晩夏の午後の夕立のように、
     わたしの心に、生き生きとした息吹きをもたらしてくれる。
     そして夏の夕立のように、
     恋もまた突然にわたしに訪れ、そこからうまく逃れることなどできはしない。

     わたしもまた、この夕方の情景の中にはいり込み、
     美しい肖像画の一部となる、
     あなたの愛の雨にしっとりと濡れながら・・・。



     あなたの愛と嫌悪の表現は同じくらい強い。
     ほとんどいつも、わたしに自分の考えをまとめる余裕や時間を与えてくれない。
     あまりの感情の激しさに、どうかすると、
     わたしにできるのは、ただ黙って
     あなたの気持ちを受け入れることではないかと感じてしまう。
     わたしはあなたの愛の調べに合わせて、ただダンスを踊っているみたいだわ。

     それでも、この恋の背景にはまだどこかに不完全な点、
     欠陥がある、というぎこちない想いも抱いている。
     わたしがあなたを心の底から愛せるようになるには、
     答えを得るべき問いがまだ残っている、と。


     フランクがあの紳士服店から歩いて出てきた時、
     わたしは驚きの表情を隠せなかった・・・
     疑いがまたも首をもたげており、
     わたしの推測が、今や少しずつ真実に近づいているようにも思えるの・・・


     はるか彼方、太陽の最後の光線が山の向こうにまだ輝いている。
     太陽は今日一日の仕事を終えたのだ。
     そして太陽の最後のきらめきが空の面をさっと掃いて、やがて夜がやってくる・・・




―――――――――――  




     ・・・病院でジニョンのギプスが外されるのを、僕はじっと見ていた。

     君はそうっと、恐る恐るくるぶしを動かしてみていた。
     この上なくきれいな顔にうかんだうれしそうな表情に、僕は何だか深く感動した。
     病院から歩いて外に出ると、君の笑顔は、夕暮れの太陽よりもさらに美しくきらめい
     ている。
     君はしきりに僕に話しかけながら、ふざけて僕の話し方や歩き方を真似てみせたりし
     ている・・・


     君は、やっと今取り返した自由を披露してみたくて、我慢できないようだね。
     自由に動き回れる能力が、ずいぶん長いあいだ奪われていたのだから無理もない。
     君はつま先で立ち上がると、僕の周りを楽しそうに踊り回っている。
     あたりはとても静かだったが、僕の耳には美しい音楽が聞こえてくるようだ。


     舗道に沿って、鉢植えの花が並べられている。
     その花たちまで君のダンスに、命を与えられたように見えたよ。
     花たちも、君といっしょに踊ったり揺れたりしていたんだ。


     君を見つめていると、
     僕の中に幸せな細胞が生まれて、どんどん発育していくのを感じる。
     どうして、君はこんなにもたやすく、
     僕の中から幸せな気持ちを引き出すことができるのだろう。
     はるかな空を行く雲の中を、至福のまま、ただよっているようだ・・・



     僕たちが車に戻ると、僕はもうこれ以上自分を抑えていられなくなった・・・
     君を腕の中に閉じ込めて唇を奪うと、そのままキスにのめりこんでいく。
     僕の中のあらゆる感情が解き放たれて、このキスへと流れ込んでいくようだ。

     飢えたように君の唇をむさぼり、
     喉の乾ききった男が、砂漠の中でついにオアシスをみつけたかのように、
     夢中で君の唇を味わう。


     飽くことなくキスを続け、君の花びらのような柔らかい唇を吸っていると
     僕の体の他の部分で、別の欲望が大きな波のようにわき起こってくるのが感じられ
     た。
     僕は、すばやく自分の心に目で見えないブレーキをかける。

     長いキスは終わった・・・・

     キスは終わったが、僕の中に目覚めた欲望はまだドクドクと脈打っており、
     僕はついこの間の夜のことを思い出した・・・






     夕食の後、僕はサインをする契約書に目を通し、
     項目をチェックするのに余念がなかった。

     ジニョンは少し退屈していたのだろう。
     バイオリンの練習を終えると、しばらく本を読んでいた。
     そのうちに、僕の方にもたれかかってきた。
     僕は空いている方の腕で、君を腕の中に抱き取り、
     自分は書類を見たままで、そのまま君の好きにさせておいた。

     君は僕の体の上を、指でこちょこちょといたずらを始めて、
     手始めに書類を握っている僕の指の上を遊び始めた。
     そのまま君の指が僕の体の上を通って、髪のあたりで遊んでいたのを感じたが、
     それからメガネのところまで行って、暫くこちょこちょとやっているようだった。


     たぶん、君は大分退屈していたに違いない・・・
     それから、いたずらな指は僕の胸の上を下りていき、ベルトのバックルをもて遊んで
     いた。


     君の指先のせいで、だんだんと気が散ってくる。
     手にしていた書類から、徐々に注意力が逸れていき、
     ほんの数分前まで鮮明ではっきりしていた言葉や数字が、
     今では紙の上をのたくっている殴り書きのように判別できなくなってくる。
     タイプ打ちの言葉や数字は、さっきまで整然と並んでいたのに、
     すっかりぼやけて意味をなさず、
     頭が今読んでいるものから、何の情報も取り入れられなくなっているのがわかった。


     君の指が僕の体中をあちこちと動き回り、這い回るうちに
     いつの間にか、僕もくすくすと笑い声を立てていた。
     僕は目を閉じて、君の「攻撃」を楽しんだ。
     長い一日の後で、疲れてもいたのだ。

     僕は幸せで、君に愛されているように感じた。
     まるで以前のままに、僕のジニョンはいつもこんなに可愛い。
     もし二人でこのまま永遠に、こんな風に一緒にいられさえしたら・・・。
     もし君の出発やその他のいろいろなことを、僕たちが二人とも考えずにすむのな
     ら・・・
     ああ、そうなったら、どんなにいいだろう!


     「幸せ」例えそれがどんなに短いものであろうと、
     僕の家の玄関先にもたしかにやって来たのだ。

     君の指先の動きが、甘い拷問のようになってくる。
     君は自分の動きが一体何をもたらすのか、
     まるでわからずにやっているのは確かなのだが・・・

     僕の身体の中に火がついてしまった、
     いったん火がつくと、それはたちまち強くなり、
     わき上がってくる強い欲望のために、体が少し震えてくるほどだった。
     僕は慌てて手を伸ばし、君の動きを止めた。
     君に気付かれはしないかとひやひやしながら、
     少し息をあえがせながら言った・・・


「ストップ!
 ああ・・・どうしてそう落ち着いていられないのかな?」


     ・・・ジニョンは僕の「問題」にまるで気づいていないようだった。
     大きなまるい目は、自分が僕にしていたことの意味を
     まるで把握していないことを示していた。
     僕は自分の赤く火照った頬を隠したくて、すばやく僕と君の間に距離を置いた。

     君はちょっと不思議そうな顔をして聞いてきた。


「どうかしたの?」


     ・・・どうして君に言えるだろう?・・・


     と僕は心の中でつぶやいた。


「いや、何でもないんだ!」


     ・・・君はこちらを、じっと詮索するような目で見ていた。
     ふくれあがっている欲望が君の注意をひかないようにと、
     僕は自分の座っている位置を居心地悪く変えた・・・


「でも・・・なんだか変よ!
 どうしてそんな顔をしているの?」


     ・・・それは、僕が今にも狂いそうだからだよ!・・・


「君はどうしてそう、ごそごそと動き回っているの?」


「だって、足がかゆいんですもん!」


     ・・・僕は君が別の方を見ている隙に、額に噴き出していた汗をぬぐった。

     いつものような調子で話しかけようと、ちょっと咳払いをすると・・・


「ああ、かゆいの?
 それは、どんどん治っている証拠だと思ったらいい!」


「でも、かゆくてたまらないの!手伝ってくれる?」


「でも、そんな状態じゃ掻けないよ・・・」


     ・・・君は僕に懇願するようなまなざしを向けて、じっと見つめてくる・・・


「ねええ!どうしてもお願い!掻くのを手伝ってよ・・・」


     ・・・僕はため息をついた。
     僕は君に対してどうすればいいのか、本当にわからない。

     自分の中の荒れ狂う欲望をなんとか鎮めようと、もうひとつ深呼吸をした。



     僕は、長くてほっそりした金属の棒を、何とか探し出してきた。・・・


「あん、すっごくいいじゃない!」


     ・・・棒は端の部分が丸くなっている。
     掻く時に、絶対に君を傷つけたくない。
     僕は棒をギプスの中にそうっと差し込み、
     君のかゆみを和らげてやろうとやってみた。

     君はまるで我慢の足りない娘だから、
     こんなことを自分でやったら、掻く時にガリガリ傷をつけてしまうだろう。


     それにしても・・・・
     僕のことを砂漠から来た毒ヘビ呼ばわりする連中が今の僕を見たとしたら・・・

     今の僕を見たら、きっと自分の目が信じられないだろうな・・・

     僕は、自分の考えにふっと笑った。


     ああ、僕の天使!


     僕は喜んで君の前にひざまずき、君の愛を乞うよ。
     できることなら、僕を君のそばにいさせて。
     いや、だめだ、「どうか」を言わなくちゃいけない。
     もしできるなら、どうか僕のそばにいて欲しい・・・



     君は居間のラグの上に長々と寝そべっていた。
     目をつぶったまま、掻いてもらうのが本当に気持ち良さそうだった・・・


「気持ちいい?」


「あん」

「ねえ、ギプスが取れたら、一番先にわたしがしたいことって何だかわかる?」


「何だろうな?」


     ・・・僕は君の望みをかなえるためなら、何でもしてやりたいよ・・・


「わたしね、ゆーっくり、気持ちのいいお風呂に入りたいの!
 えっとね・・・バスタブいっぱいにお湯を張って、いい音楽をかけて、
 ちょっと素敵な本を持って、それから・・・
 ああ、とにかくうーんとリラックスして、楽しむの!」



     ・・・ずいぶん単純な望みなんだな・・・
     僕のジニョン、僕の可愛いジニョン!

     こんなことも知ってるかな?
     君がそばにいてくれるから、僕はもう寂しくないんだよ。
     君のおかげで、僕はこの世界を感じることができるんだ・・・




-----------------




病院から家へと向かう間にも、夜はそっと二人の上に降りてきた。
フランクの機嫌のよさそうな雰囲気とは対照的に、
ジニョンは気分が少しずつ落ち込んで行くようだった。
ジニョンの気分を重くした「犯人」は後ろの席にかかっている ― フランクの新しいスーツだ。




家へ帰る途中、フランクは紳士服の店に立ち寄った。


「注文しておいたスーツを、取りに行かなくてはならないんだ。
 君はここで待っていて」


と、フランクはジニョンに言った。

彼女は車に残って、店の中にいるフランクを見ていたが、
全くの偶然の一致にショックを受けていた。
とまどいと疑いが心の中に生まれて、暗い雲のように広がっていった。

フランクが店を出て来る時に、彼女にも老店主の姿が見えた。
あの老人こそ、彼女が学校での演奏会に着た、
イブニング・ドレスのジッパーを直してくれた老店主だった。
老人が父親のような微笑を浮かべて、店のガラス越しに彼女に向かって手を振ってくれた。
彼女もなんとか彼に微笑みを返した。


あのスーツは今、深いグリーンのスーツバッグに容れられて、
車の後部座席に掛かっている。
車が動くにつれ、スーツも一緒に揺れて、
彼女にはその様子が、大きな疑問符(=?)が揺れているようにも見えてくる・・・
夕日までが、なんだか怪しい空気をかもし出しているようだ。


「あのスーツ、あなたの?」


彼はカーブを切りながら、顔を少し動かして彼女を見た。
彼は笑顔のまま彼女に目を向けたが、すぐに、いつになく真剣なその表情に気がついた。
うろたえたような様子で目をいっぱいに見開いている。
後ろのスーツに目をやり、二人ともそれぞれ心ここにあらずの気分になった。

熱でもあるのかと、彼は反射的にジニョンの額に手をおいた。


     ・・・体温は全く正常だ、よし・・・


と、彼は心の中でつぶやいた。


「ああ、あのスーツは僕のだ。
 僕のスーツは全部あそこで作っているんだよ。どうして?」


     ・・・君はどうしたって言うんだろう。
     ずいぶん混乱しているようだし、なんだかちょっと憂鬱そうにも見える・・・



ジニョンの重い気分は、彼の喜ばしい気分にも水を差した。
こんな感じになったのは、紳士服店の外に駐車したあたりから始まったようで、
彼が店からスーツを受け取って車に戻ってくる時に、
彼女の顔に浮かんだ、驚きの表情を見てしまった。


     ・・・君・・・君は僕のことは全部忘れてしまったのに、
     この紳士服の店だけは思い出せたんだろうか?

     そんな事はあり得ない!・・・


以前にもそうしょっちゅう、ここへ連れてきたわけでもなかった。
ジニョンが老店主の手からシナモン・ティーを受け取っていたのを、覚えている。
シナモン・ティーは、彼女がずっと好きだった飲み物で、
おかげで彼の採寸が終わるまで、彼女はいつもよりおとなしく待っていてくれたのだ。


     ・・・だが、君は何を思い出せたんだろう、どんな記憶を取り戻したのだろうか?


     あるいは・・・君は何か知っているのか。
     何かわかったことがあるのだろうか。
     僕は打ち明けるべきなのだろうか。
     なんと言って、話したらいいんだろう。
     この前、僕が癇癪を起こしてしまって以来、
     君は時折質問したり、探りを入れてくるようになった。


     こんな調子で聞いてくる・・・


 「ねえあなた、去年の今頃は何していたの?」

 「見た目が同じで、でも全くの別人の二人と恋に落ちるなんてあり得るかしら?」

 「フランク、あなたの前のガールフレンドの名前は何て言うの?」


     ・・・君があの時、楽器店で何をしていたのかを店主から聞こうと、店にも立ち寄っ
     てみた。
     君は「ミスター・シン」が何者なのかを聞こうとして、あの店に行ったようだ
     ね・・・


 「このバイオリンはあなたが彼女に買ってあげたものでしょう?
  どうして彼女は行ってしまう時、これを持って行かなかったの?」


     ・・・僕は困って、何と返事をしたものか、わからないでいた。


     家政婦のステラもまた訴えてきている・・・


    「旦那様、お嬢さまが昔のことをしょっちゅうお尋ねになるんです。
     でも、わたしは何も言っていませんから!」



     ・・・だが僕にも、君がステラの口を割らせるのが、そう難しくないのはよくわかっ
     ている。ステラは秘密を漏らしてしまうかもしれない。


     君が真実を知ったら!
     僕が身勝手にも、君を僕のところに匿っていたのを今の君が知ったら!
     君はその事実を受け入れてくれるだろうか?
     君は僕の愛をわかってくれるだろうか、
     それとも僕から身を隠してしまうだろうか?


     君は今、僕のことをどれくらい思っていてくれるんだろう。
     単なる好意なのか、それとも・・・
     僕のことを愛しているとは、一度も言ってくれたことがない。

     心の中で、君はどう考えているのだろう。
     僕のことは、単なる旅先の恋の相手のように思っているのだろうか。
     ひとたび、韓国へ帰ってしまえば、すっかり忘れてしまうような相手だと?
     もし、そうでないなら、どうして、
     僕とのこれからのことを話し合ってはくれないんだろう?


     何もかも打ち明けて、告白するべきだろうか。
     もし全てを知ったあとに、君が去って行ったら、
     君の愛を取り戻すのに、僕は何ができると言うのか。

     君が僕など愛していなくて、
     僕のことを全て忘れてしまいたい、僕から離れたいと言う気持ちだったら・・・?
     君が僕に赤の他人のように接してきたら、僕はそれに耐えられるだろうか?
     もし、そんな日が本当に来たら、僕はどうすればいい?
     君の前から消えるべきだろうか?

     でも・・・でも、僕にはもう時計の針は戻せない!
     君を知らなかった頃の自分には、もう戻れない。
     僕は君を愛するという気持ちを知ってしまった。
     僕は、またひとりぼっちになどなれない、できない・・・。



二人で病院にいた時に感じていた、彼の喜ばしい気分は、
夕暮れに沈んだ太陽のように、今は跡形もなくなっていた。
今、彼の感じている気持ちは、家路へと向かう運転にも表れていた。

夜が降りて来るにつれ、ハイウェイは闇の中へとどこまでも伸びていく。
障害を避けるのに頼れるのは、ヘッドライトの光だけだ。

何とかして前に進んで行けば、いずれ夜明けがやって来ることを、
ドンヒョクは願っていた。



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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