AnnaMaria

 

This Very Night 第44章 -問い-

 

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夜は闇の中でその力と技を見せる。
夜は月の女神と共に、地球の上の最後の旅路をたどっていく。
夜明けがやって来るその時まで・・・


家の中には、しっとりと甘い花の香りがかすかに漂い、
ジニョンはぐっすり眠りに落ちていた。

彼女の寝室の外に足音が聞こえたかと思うと、そっとドアが開けられ、
廊下からの風が寝室に吹き込む。
ほの暗い廊下の光の中に、男の輪郭が浮かび上がっている。



     ・・・眠りの中で、誰かがわたしを見つめる視線を感じた。
     半分目覚めているような意識があり、
     部屋の空気が少しひんやりしたかと思うと、
     この部屋にはなかった男性の香りが流れる。

     どうしたものか、わたしには寝室の空気が急に新鮮になったように思えた。
     黒い影が月の光をさえぎっている。


     闇の中で、半ば夢うつつのまま、わたしは彼に抱きしめられた。
     彼のスーツの生地の手触りと、体の温もりと、両方を感じとれるわ・・・
     それは不思議な、心がざわめくような感覚、
     冷たい布地の感触と、温かい肉体の肌触りとの交錯・・・。


     彼の低いささやきが耳の中にそっと落ちて行く。
     彼のキスがいくつも顔の上に押され、わたしの上に焼き付いて行く・・・
     それでも、わたしは彼にさからえない。
     魅惑的で、官能的な装いの夜には、
     彼の抱擁もキスも、昼間よりはるかに心をとろかせるの!

     わたしがまた眠りに戻っていく前に、
     彼が部屋を出ていくのがわかった。
     彼が出て行くと、部屋の温もりもまた消えてしまうのが感じられた。

     そして、ほんのかすかに、
     階下からエンジンの音が聞こえてくる。
     それから、車が出て行って、ずっと先まで行ってしまうような音が響き、
     またあたりが全て静寂に包まれる。・・・





ジニョンが目を覚ますと、家の中は明るかった。
空にはお日さまが旗のように高く、誇らしげに輝いて、
床の上にカーテンの影を織り出していた。
どこからかそよ風が吹いてくると、カーテンの模様も一緒に踊った。

夜の孤独も静寂も、太陽によって既にどこかへぬぐい去られてしまっていた。

でも、幾たびもの暗い夜の中で見た彼の目、
夜に見せる、愛に満ちた、いつまでも忘れられないような表情は、
彼女の心から容易に消え去ることはない。
その残像が目の中に消えずに残り、無限に広がって行く。

突然、悲しみが襲ってきた、あとほんの数日・・・


     ・・・あとほんの数日で、わたしは韓国への帰途につかなければならない・・・



ジニョンの両親は絶えず電話をよこしては、出発の日取りを確かめてくる。
一度、彼女の父親が携帯電話にかけてくる代わりに、ホテルに直接電話をしてきたことがあった。
その時に、父親は彼女がもうホテルを引き払ったことを知ってしまった。

父親は怒って彼女を詰問した。


「なんでホテルに泊まっていないんだ?友だちのところだと?
 誰だ?どんな友だちだ?
 今すぐ、彼女を電話口に寄越しなさい!」


彼女が若干4才でバイオリンを習い始めた時から、
父親は大変厳しく、容赦ない人物だった。
ほとんどの場合、他のどの教師よりもずっと厳しく彼女に接してきた。
彼女は父には悪気はなく、娘を愛していることもわかっていたが、
常に強引で、威圧的なやり方は、ジニョンをやや臆病で神経質な性質にしてしまった。
ジニョンは時々、自分は父のあやつり人形なのではないかと感じることさえあった。


     ・・・もしお父さんに、わたしの言ったことはみんな嘘で、
     本当は男の人の家でしばらく暮らしているなどということが知れたら・・・

     いったいどうなるのか想像もできない・・・!

     もしばれたら、にょきにょきと頭から角が生えてくるに決まってるわ!・・・



ジニョンはソンジェに助けを求めた。
父親をごまかす嘘をつくのに、どうしても誰か加勢が必要だった。
ソンジェはジニョンの父親を何とかごまかすことができた。


     ・・・神様、ソンジェに感謝いたします。どうか、ご加護を・・・



ジニョンはソンジェと電話で話しているうちに、
この際だからと、自分の疑問や納得のいかない点を全て彼女にぶちまけてしまった。

だが・・・電話のむこう側の彼女はしんと黙ったままだ。
沈黙はずいぶん長く続いた。
やっとソンジェがやや興奮した調子で口をきった。


「ごめん、ジニョン。あなたのお父さんのことは確かに受け合ったわ。
 お父さんに電話して、あなたは私と一緒にいると言うわね。
 でも、その他の質問については、
 たぶんあなたの考えていることは正しいだろうってことしか言えないの。
 あなたにどうしろ、とは言えないのよ。

 あなたは、自分が彼に対して本当はどういう気持ちを抱いているのか、
 よくよく自分の胸に聞いてみるべきだわ。
 いったんあなたが韓国に帰ってしまったら、
 ここでは何も起こらなかったことなんかにできる?

 あなたの目の前に突きつけられた、人と人とのつながりの問題から、
 いつもいつも逃げるわけにはいかないわよ」



     ・・・そうだ。ソンジェは正しい。
     わたしの今の精神状態からして、
     韓国に帰っても、フランクのことを忘れることなんて到底できそうもない・・・


     フランクの優しい仮面の下には、激しい感情が隠されている。
     だが時に、その感情が無意識に表に姿を見せることがある。

     もしあの激しい感情が解き放たれたら、
     ほとばしり出る激しい愛の波があふれ、わたしをすっかり取り巻いてしまうだろう。
     彼の愛があまりにも強烈だから、
     その強さに魅了されると同時に、不安にもなってくる。
     彼とうまくやっていくことができるのかという不安。
     
     別の気づかいもある。
    
     フランクはわたしに惜しみなく注いでくれる、無欲な愛、
     その愛をわたしが全て受け入れてしまっていることに、気づいているのかし
     ら?・・・


     まだわたしには、あなたが少しわからないし、怖くもあるの。


     フランク!
     わたしがいつのまにか愛してしまった恋人・・・
     わたしはこの人のことを、いつかは忘れてしまえるなんて思い込んでいたなんて。

     彼は謎のミスター・シン、あの楽器店の主人が話していた人・・・。
     そして、彼は極めて稀少で高価なバイオリンを自分の愛していた女性に購入した。

     彼は、あの紳士服店でスーツを作らせていた男性!
     わたしを助けてくれたあの老店主は、全くの見知らぬ他人のわたしを助けるために
     は、姿を現してなどくれなかったろう。


     フランク・・・彼はフランク・シン。
     韓国名はドンヒョク、フルネームはシン・ドンヒョク!


     わたしと彼の前の恋人は見かけがそっくりで、他の人には二人の見分けがつけられな
     い。
     彼女はここに滞在していた時の痕跡も、名残りも
     すべてを彼の家中に残したまま、行ってしまった。
     まだこの家のどの隅にも、どの場所にも、彼女の面影が付きまとっている。
     彼女は今だにフランクの心を縛り、彼にため息をつかせている!

     もし・・・もしも、その女性が彼の元を去って一年後に戻ってきたとしたら・・・
     もし、その女性がこの家に再び現れて、彼のそばに戻ってきたのだとしたら・・・

     もし、これが本当だとしたら、
     どうして・・・どうして、彼は何も言ってくれなかったの?
     なぜ?
     もし、二人が以前に、本当に深く熱烈に愛し合っていたのなら、
     それはどんな日々だったんだろう?
     なぜ、彼女は、その女性は、彼のことをそんなにもあっさりと、何の苦もなく、
     忘れてしまうことができたのだろう?・・・



ジニョンは立ち上がって、テラスのところまでゆっくりと歩いて行った。
床から天井までの窓を開けて、太陽の光を入れた。

外の景色があまりにも素晴らしくて、
この完璧な静寂をこわしてしまうことを恐れ、彼女はそうっと息をした。

透明できれいな水がプールに満々とたたえられ、
春のそよ風で、水面にはさざ波が立っていた。
まだ早春なのに、ここにある何もかもが、
もう夏の訪れを待ちのぞんでいるように見える。

水面に立つさざ波や、水の流れのように、
彼女の心の中にも、恐れと不安が広がっていく・・・



     ・・・シン・ドンヒョク!ドンヒョク!

     あなたは夜ごと、わたしの夢で愛を語るあの人なの?
     現実の世界でも、わたしが夢でしていたように、
     わたしがあなたの名前を叫んだことがあるの?

     あなた・・・あなたは、わたしの忘れてしまった過去の中にいる恋人なの?
     あなたこそが、わたしが忘れてしまっていた恋人なの?・・・



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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