ボニボニ

 

My hotelier 2 - その夜のこと -

 





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23:20

両手で包んだコーヒーカップが温かい。
サファイアヴィラのベランダで
椅子に腰掛けたジニョンは、シン・ドンヒョクの背中を眺めていた。

彼は手すりにもたれて、うっとりと夜を見ている。

”はぁ・・・”
小さなため息をついて振り返ったドンヒョクは、
ジニョンの視線を受けとめて、さも愛しそうに微笑んだ。

「君に逢ったら言いたい事がたくさんあったはずなのに、
 こうしていると何も言う事がないんだ。可笑しいだろう?」

-・・・本当に、嬉しそうに笑うのね。

愛する人にこんな笑顔をあげられたことが、ジニョンにはたまらなく嬉しい。

その時ふと、いたずらな気持ちがおきた。

「そうだ!言いたい事、私はあるわよ。」
「何?」

「ショートカットのブロンド美人と、何を話したの?」
「・・・・誰?」

不思議そうにまばたきをして、ドンヒョクが聞き返す。

「スカッシュをしたでしょ?プールで会って。」

「誰?プールで・・・、ああ!カナダから来たとか言う人のこと?
そうそうスカッシュをしたんだ。良く知っているね。
さすがにソ支配人、ホテル内の事は完全把握というわけか。」

まったく悪びれた風もないドンヒョクに、肩透かしされたジニョンが慌てて言う。


「それから、ええと、それから女子大生にビリヤードも教えたでしょう?」

「ソ・ジニョン」

カップが取り上げられ、ジニョンは大きな腕でふわりと抱きすくめられた。
ドンヒョクのいたずらっぽいまなざしが、ジニョンを覗きこむ。

「もしかして・・・焼きもちを焼いてくれてるのかな?」
「な、な、・・何で・・・」

「ハ、すごい。ジニョン 本当に?・・・気分がいいな!
すごく可愛い、ああ嬉しいよ。
・・・ね、心配したの? ちょっとは悔しかった?」

抱きしめる腕に力をこめながら、ドンヒョクは、さも面白そうにジニョンを揺する。

今や弾けるような笑顔になってしまった恋人を見て、
ジニョンは深く深く後悔をした。

-こんなのないわよ。自分で墓穴掘っちゃっているじゃない。


「ねえ、ジニョン。その事についてはもっとゆっくり話そうか?
・・・ベッドでさ。」


瞬間、ジニョンが息を飲む。
「エッ!?」
「え?!」
ジニョンの驚きに、ドンヒョクのほうが驚いた。

「・・・え? そういう・・ことじゃない?」


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24:00

口と目を真んまるに開けて、パクパクと、ジニョンは声も出せずにいる。
「・・・・あ・の・・」

みるみるうちに真っ赤になってしまった恋人を、呆れ顔で見ていたドンヒョクは、
クスリと笑い、助けてくれという様に目を閉じてかぶりを振った。

「遠いなあ・・、ジニョンさん!ゴールだと思ったのに。
大変だ、まだ先があったのか。」

ジニョンの華奢な身体を引き寄せたドンヒョクは、陽気に嘆いてみせる。

「・・・あ、の・・」

顔を縦にしたり横にしたりしながら、眼を泳がせているジニョンが
ドンヒョクには愛しくてたまらない。

「大丈夫だよ。気にしなくていい。」
「ドンヒョク、ssi・・・」

「僕は、もう一番欲しいものは手に入れた。それ以上のコトは、ね・・・
 OK。仕方がない、行儀良くおあずけを喰っていることにしよう。」
ドンヒョクはジニョンのこめかみにそっと唇を寄せた。


「ドンヒョクssi・・・」

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24:30

夜の風の冷たさにジニョンが軽く身震いをする。
それに気付いたドンヒョクが、愛する人を自分の胸深くに抱え直した。

ドンヒョクの温かな胸にすっぽり抱かれて、ジニョンは瞼を閉じる。
優しく髪を撫でてもらいながら、彼女はこの時すっかり忘れていた。
自分の恋人が ”タフ・ネゴシエーター”、超一流の交渉人だということを・・・。

「・・ねえ、でもジニョン。後は何がハードルなんだろう?結婚式?」
ククと笑ってドンヒョクが言う。

「今から世界中を叩き起こして結婚式をしようか。 ・・だめかな?」
眉を高くあげて大げさなあきらめ顔をしてみせるドンヒョクに
ジニョンは、自分がとても酷い人間なのではないかと錯覚をする。

ドンヒョクの声が、ふと低くなった。

「僕は、ホテルという河を渡り、
 ハン・テジュンというそびえる峰を、必死で越えた。
 それからの試練の時間を、不安を握りしめて待ったよ。ジニョン・・・。」
「・・・・」

ジニョンの瞳がゆっくり潤む。
そう、自分も待った。そして、愛する彼は来てくれたのだ。

- 私は、いったい・・。 私は、今何を拒んでいるのかしら?


「今日は世界で一番大きな海を飛び越えて、そうして、やっと、貴女に着いた。」
「・・・・」

ドンヒョクは抱きしめていた腕をほどき、胸の中のジニョンを覗きこむ。
「君を、・・・・・愛してる。」
「・・・ええ」


「僕は、・・・どうしたらいい?」


”はぁ・・”
そしてジニョンは、幸せな微笑を浮かべたまま降参した。

「ドンヒョクssi・・・」
「うん?」
「・・・約束して。もうブロンド美人も女子大生も寄せつけないって。」


ジニョンがその時見たドンヒョクは、まったくなんという顔をしていたことだろう。
「ああ、ジニョン!」


ジニョンの唇で、キスが小さな音をたてる。
「約束。」
ドンヒョクの大きな両の掌がジニョンの首筋から頬を撫であげる。
「ジーッ・・これがコピー。」
そしてもっと熱くて、もっと深いキスが、ジニョンの唇をゆっくり塞いだ。
「交渉成立だ。」

「きゃっ!」
ジニョンの身体が軽々と抱き上げられる。
勢いよく振上げられた足から、ヒールが片方滑り落ちた。

「オモ! ドンヒョクssi、ねっ、靴が・・・」
「明日拾えばいい。」

今にも笑い出しそうなドンヒョクが、気の変わらないうちにと
大急ぎで愛する人を抱えて、寝室のドアを蹴る。

「ねえ、ド・・、あの・・・」
「後で聞く。」

もしも彼の背中に羽が生えていたら、
パタパタと言う羽ばたきが周り中に聞こえたに違いない。

首尾よく獲物を射止めたハンターは、
腕の中の宝物を、それはそれは大事そうに抱えて、
夜が始まったばかりのベッドに向かっていった。

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