ボニボニ

 

My hotelier 13 - 大きな声を出すなよ -

 




“ジジッ・・。 ソ支配人 どちらにおいでですか?”

無線が突然、コールする。すらりとした脚で飛ぶように歩くジニョンが応える。
“ソ・ジニョンです。ビジネスルームから厨房へ移動中。何?”

“シン理事がお探しです。”
“死んだと言って!”

支配人として鍛え上げたジニョンの声は、良く通る。
フロントの当直が持つインカムから、あたかもそこで怒鳴っているような
ジニョンの怒声が聞こえてきて、カウンターのドンヒョクが苦笑いした。

「す、すみません。あの・・もう一度呼びましょうか?」


恐縮するフロントの女性に礼を言って、シン・ドンヒョクは部屋へ引き上げる。
サファイア・ヴィラへの道を辿りながら、ドンヒョクは笑顔を消していた。


―まずいな、少々怒らせすぎた。

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「ひどいじゃないの!ミラーグラスだなんてウソついて!皆の前であんな・・」

彼のオフィスでのいたずらに、ジニョンは大変な剣幕だった。
「キスしただけだろう、アメリカならあれ位、人前でも普通だよ・・。」

大好きなジニョンに可愛いふくれっ面をさせたくて、からかったつもりのドンヒョクは
恋人の猛烈な怒りにあって、途方にくれた。


そして、さらに彼女は怒る。
「ここは韓国! 私だってまだ、嫁入り前の身なんですからね!」

「だけど僕らは、ちゃんと婚約もしているし、嫁入り前というけど
まだ嫁入りしてないのは、戸籍と家財道具だけじゃないか。・・・ね?」
「!!」

一瞬、赤くなったジニョンに、ドンヒョクはすばやく微笑んだ。
いつもならこの辺で、呆れて吹き出してくれる恋人が、今日は眼から火を噴いた。

「最低!」


ドンヒョクは自分のタイミングの悪さを知らなかった。
その日のソ・ジニョンは、イ支配人からさんざんにからかわれ、
いい加減うんざりしていた所だったのだ。

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ジニョンの怒りは、なかなか納まらず、ヴィラにも来なくなってしまった。
これにはさすがのドンヒョクも 困り果てて妹を呼んだ。

「ジェニー・・今日はヴィラへ泊まってくれ。ジニョンと話がしたいんだ。」
「だめよ・・そんなことしたら、もう二度と口を聞かないって お義姉さん。」
「本当か?・・・」


ドンヒョク達の痴話げんかを、最初は笑って見ていたホテリアー達も、
2人の冷戦が長引くにつれ、何だか居心地悪そうになった。

「・・・シン理事? まだ、ソ支配人とお話出来ないんですか?」
『カサブランカ』のバーテンダーが、心配そうに聞く。
「うん・・。どうしたらいいだろうね。」
「・・・・」

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“ジジッ・・。イ支配人。どうですか?”
“今ジニョンはロッカールームを出たわ。そっちに向かってる。そっちは?”
“ OKです。しばらくは誰も通りません。”

ジニョンが坂道を下りてくる。

ふと眼を上げると、行く手にドンヒョクの姿が見えた。
「・・・・」
黙ってジニョンが側道へ入ろうとする。

『KEEP OUT』

何故、こんな所を閉鎖しているのかしら? 不思議に思いながら、振りかえると
今通ってきたばかりの道の真ん中にも、『KEEP OUT』のサインスタンドが見えた。
ジニョンが、ぽかんと口を開けてドンヒョクを見る。

「・・ジニョン。話をさせてくれないか?。」
「ドンヒョクssiったら!! ホテルの皆を、味方に引き込んだのね!」
怒りに燃えるジニョンが、責める。

「皆、心配してくれているんだ。・・僕が引き込んだわけじゃない。」

「だって!また私が、笑いものになるじゃない! あなたなんか大っ嫌い!」
ジニョンの怒声がドンヒョクに飛ぶ。


その言葉に刺された様に、シン・ドンヒョクは眼を閉じた。

「大きな声を出すなよ。 ・・・そんなに大きな声で嫌いと言われると
・・・悲しくて、死んでしまいそうなんだ。」
彼の声は、少しかすれていた。


夜のソウルホテルは、静かだった。今夜は月さえ出ていなかった。
人通りの無いスロープに、ドンヒョクの深い声だけが、低く流れていった。


「悪かったよ・・。自分があんまり幸せで、有頂天だった。君を手に入れて、嬉しくて。
・・皆に 見せたい気持ちだったんだよ。」
「・・・」
「ジニョンはもう僕のものなんだって、僕たちこんなに愛し合っているんだって、
皆に。世界中にだって・・、言いたかった。」


「嫁入りしてないのは、戸籍と家財道具だけだって、言っただろ?
それだって・・本気だ。 結婚式はまだでも、僕にとって、君はもう愛する妻だ。
絶対、誰にも渡さない。僕の半身。僕のものだから自慢したかったんだ。」
「・・・・・」

「だけど僕と愛し合うのは、君には・・・恥ずかしいことなのか?
皆が僕たちを 笑って見ていてくれるのが、君には、侮辱に感じられるの?」

「・・・」

「僕には、・・・わからないよ。
でも、その事で君が傷ついたなら、謝る。だから嫌いだなんて言わないでくれ。」
 

ジニョンが、もじもじと腕をさする。
―ずるいわドンヒョクssi。また、私が・・負けそうじゃない。

「君に大きな声で罵られるかと思うと、・・・僕は、怖くて手も出せないよ。」

ドンヒョクは、じっとうつむいて立っている。
大きな彼の肩が、もろく壊れそうに見えた。


「ずるいわ、ドンヒョクssi・・・。」
あきらめ顔のジニョンが、そっと近づいて、ドンヒョクを抱いた。

ドンヒョクはジニョンに抱きしめられながら、腕を廻そうかどうか、迷っている。
ついにジニョンが、命令を下した。


「早く抱いて! ・・・あなたの腕がないと、寂しいじゃない。」

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