ボニボニ

 

My hotelier 25 - オーバーヒート -

 





“人間には 学習能力というものがあるのよ、ハーバードボーイ。”
電話を切ったソ支配人は、半眼の流し目を 受話器に送った。
「・・・・これは 罠ね。」

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ドンヒョクが 猛烈に忙しそうだ。
朝のジョギングの姿以外、ヴィラにも ホテルのどこにも 彼の姿がまったく見えない。
いったい何時、寝に帰っているのかしらと スタッフ達までが話しあった。

そんな時に かかった電話。
「大事な資料を忘れたんだ。悪いけど持ってきてくれないか?」

「・・・だまされないわよ、シン・ドンヒョク。」


-―――― 

ジニョンは ドンヒョクのオフィスに行った時の事を思い出す。

彼の個室の ガラス張りパーテーション。
“だめよ。皆が見ているじゃない”
“あの壁はミラーグラス、外からは見えないんだ。”

他愛も無い嘘にひっかかって 皆の前で派手なキスシーンを演じた。

思い返しても ジニョンは 恥ずかしさで目がくらむ。
「もう 絶対あのオフィスには 行けないわ!」


用意周到な彼が 大事な書類を忘れる?
そんな事を 信じちゃいけない。
忙しくてなかなか会えないものだから 私を呼び寄せようという魂胆ね?

「メッセンジャーサービスで 届けてあげる。」


ジニョンが受話器に手を伸ばした時に 電話が鳴った。
「Hello! ミス・ジニョン?」

「レオさん?」
「ボスから 忘れ物を届けろと・・・・電話がありましたか?」

ええと答えると レオは大変な勢いで言い出した。
お願いですから来てください。メッセンジャーサービスなんか使っちゃだめですよ。

「・・・・どうか したんですか? 彼に何か?」
「どうしたもこうしたも。 来てくださいよ!お願いしますから・・・・・。」


----- 

オフィスのシン・ドンヒョクは 機関銃の様な勢いで仕事を片付けていた。

資料を分析し 方々へ電話をかける。
PCでシミュレーションをしては、スタッフに指示を飛ばす。
クライアントとのミーティング 戦略の策定・・・・ 

彼の眉根には 固定されたように皺が寄り
氷のような表情で 山のような仕事を切り崩す。
矢継ぎ早に指示を送られるスタッフ達は 緊張で 今にも泣き出しそうになっていた。


「・・・・ヨギョ、アンニョンハセヨ。」  
ジニョンの声が 遠慮がちに オフィスに響いた。

「!」
「!」「!!」「!」

「え・・・・?」
一斉に 自分を見たスタッフの すがるような眼。 ジニョンはうろたえた。
「ドン・・ヒョクssiの忘れ物を・・・、あの?」

さあさあどうぞ良く来ましたと やたらとレオが親切だ。
そればかりかスタッフの ・・・・・期待? に 満ちたあの眼は 何?

「・・・どう・・・したんですか?」
居心地の悪いジニョンが聞くと レオが呆れ顔で頭を振った。
「ヒステリー・・・。」

「え?」
「仕事がつまって ジニョンさんと遊べないもんだから 腹たてちゃって。」

ジニョンが ぱっと赤くなる。
それどころじゃないと レオは真剣だ。

「ゲーム -仕事- が本当に好きな男なんです、うちのボス・・・・は。 
仕事だという以上に 好きだから熱中するんだ。 だけど‥そうすると貴女に会えなくなって。
今回は 自分の収集がつかなくなっちまったらしい。仕事よりも夢中になる女が
自分に出来るなんて 思っていなかったんだから。  まったく・・・手のかかる。」


頼みますよ 「覗いたりしませんから」 よろしくやってくださいよ。
ちょっと遊んでやれば 気がすみますから・・・。

レオはまるで やり手婆のような口ぶりだ。
「ボース! ジニョンさんが来たぞ!」
個室のドアを 勢いよく開けて 人身御供を押し込むと さっさと退散する。


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「・・・・・」
シン・ドンヒョクは 眉根を寄せて こちらを じっと見据えたままだ。
射るような眼差し。  ごく・・・  ジニョンが唾を飲む。 

「・・・・・・ドンヒョクssi、あの、忘れ物・・。」
「ああ、ありがとう。 ここにもらおう。」

手を捕まえられるかと びくびくと書類を渡す。 ドンヒョクはにこりともせずに受け取って、
「ありがとう。忙しい所悪かったね。 助かった もう行って。」

―え?・・・・・

じゃあ・・と 首を傾げて まわれ右をする。

パーテーションの向こうでは レオとスタッフが「とんでもない!」という顔をした。
“はぁ・・・・”
ジニョンは ひとつため息をつく。


もう一度ジニョンが まわれ右。 

ドンヒョクの傍まで歩み寄る。 

仕事中のハンターが 怪訝そうな顔をあげた。
「まだ何か?・・・」
ハンターの眼が ジニョンを磔にする。 誰にも弱みを見せない 強い眼。


―・・・・だけどあの頃のあなた  寂しいって 心が叫んでいたわ。  


ジニョンの 瞳が ゆっくり潤む。 
“マイハンター 忘れないで。  あなたの場所は ・・・・もう そこじゃない” 


ジニョンが白い腕をのべて 恋人の頬を 両手で挟む。
「?」
「ドンヒョクssi。私が ・・・・見える?」

「・・・・・ジニョン。」
困惑顔のハンターを ジニョンが優しく見つめている。
「私だけを 見てる?」

こくり。 少しだけ 眉があがる。

その一瞬を逃さずに ジニョンが恋人にキスをした。
「ドンヒョクssi。 ・・・・・愛しているわ。」
「・・・・・・・・ジニョン」

「そんな顔をしていると ・・・・私の入る隙間が ないわ」



張り詰めた 緊張が ぷっつり切れる。

ドンヒョクがわっと抱きしめて、ジニョンは苦しさに悲鳴をあげた。


「ごめんよ、・・・・痛かった?」
「ドンヒョクssi。 あなた ・・・・オーバーヒートよ。」

血も涙もないハンターさん。力の抜き方も憶えてね。
ハードワークで 身体を壊したら 承知しないわよ。

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我に返ったドンヒョクが 嬉しそうにジニョンを揺らす。
「よく来てくれたね、嬉しいよ。  書類のお礼を・・・あげようかな。」
「だめよ、 ほら皆が 見てるでしょ?」

「ふん。」
パチン とドンヒョクが ボタンを押す。
ガラスのパーテーションが ふっと白くなった。

「え!?」

「ガス封入にしたんだ。電気を通すと白濁して見えなくなる。」

ち、ちょっと待ってよ何よこれ何を馬鹿なこと考えてるのと、こんどはジニョンの声が機関銃だ。
パーテーションの向こうから 恩知らずのレオが呼ぶ。

“へい ボース? 皆で ちょっとそこまで ブレイクに行って来てもいいかな?”

ガタガタともみあう音が 中から聞こえ 陽気なドンヒョクの返事が混じる。



「い・・・・いとも。・・・・電話は、切って・・行けよ・・・・。」

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