ボニボニ

 

My hotelier 27 - 尾 行 -

 





最初に そんなジニョンを見かけたのは ソウルの繁華街だった。

夜勤明けの 午後。 本当なら寝ていそうな時間に

彼女は どこかへ急いでいた。

“ジニョン?”
クライアントと同乗した車の中で 恋人の姿を認めたドンヒョクは
呼び止めることもできない彼女を 遠く 見送った。


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RRRRRR・・・

「また 外出か。 携帯にも 出ない ・・・・・いったい?」
ここのところ 夜勤明けの午後に ジニョンが いつも出かけている。
ドンヒョクの 眉が 険しくなった。 
―ジニョン。 君は 何をしているんだ?

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「・・・え?昨日?」

―呆れるほど 正直に ギクリとするね ソ・ジニョン。

「ええ・・・ちょっと お友達と買い物に。」
「ふん 誰と?」
「ええと 高校の・・・。 ドンヒョクssi は 知らないかな、彼女の事は・・・」

―彼女・・ね。 君 ホテリアーをやっていると友達と会う時間がないと 前にぼやいていた。

「何を買ったの?見せてくれない? 君の好きなものを 知りたいから。」
「ええ・・と 何だかピンとこなくて 結局ウインドーショッピング・・・だけでした。」


しおしお・・・と 嘘を重ねる恋人が 耐え切れなくて うつむいた。
―大体が 嘘をつけるほど 複雑な性格じゃ ないくせに。
まったく・・気になるだろう? 僕に 隠し事をするなんて 君には 無理なんだから。

 
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「レオ。 次の水曜の午後は 予定を入れるな。」
電話を切ると ドンヒョクが ショッピングバッグを取り出した。
黒のシャツ 黒のネクタイ 黒のサングラス・・・

― こういうことは ディテールに凝ってやらなきゃ・・な。

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水曜 午後2時 ジニョンが家を出る。 
タクシーを拾って市内に向かう彼女の後を 一台の車がさりげなく 追って行った。


「すみません! お待たせしましたか?」

ジニョンが 背の高い気取った男に駆け寄るので  ドンヒョクはもう少しで気を失うところだった。
― ジニョン・・・? おい・・・・それは 洒落にならないぞ。

どうせ何か 習い事でも始めて 下手くそだから内緒にしているのだろうと
たかをくくっていたドンヒョクは いきなり見せられた 「逢引き」に 呆然とする。

「じゃあ、行きましょうか。」
慣れたエスコートでジニョンを連れて歩き出す男を 呼び止めようとしたドンヒョクは 
伸ばしかけた手を くっと 握った。

―馬鹿なことをするんじゃない。 僕が ジニョンを信じなくて どうする。

このまま 帰ろう。 ジニョンには きっと何か訳があるはずだ。


踵を返して歩き出したドンヒョクが  2メートル歩いて 振り返る。
― つまらない誤解を しないように・・・ ちょっと 事実だけ確かめるかな。


2人が入っていったのは やたらと派手なドレスの下がったブティックだった。
ガラスのウインドー越しに 2人は 何やら話しながら ハイヒールを選んでいる。
―なんて 悪趣味な店だ。
ドンヒョクが 心の中で 悪態をつく。

―まるで ボールルームダンスの時にでも 着そうな 派手派手しい・・・。
「・・・・・・ボールルーム・ダンス?」 

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明るい オープンカフェで ジニョンが男と アイスティーを飲んでいる。

「先生。今日は お忙しいのに 本当にありがとうございました。」
カラカラ・・・と 氷を廻しながら ジニョンが笑う。
「ダンスシューズなんて どういうのを選べばいいか分からないし・・助かりました。」

「いいえ。こちらこそ。家内が急用で 申し訳なかったですね。」
「あら、とんでもない。 素敵な先生とデート出来て もうけちゃいましたよ。」


― こら! そんなリップサービスを 言うんじゃない!

ちょっと安心したドンヒョクが 背中で ジニョンの声を聞く。
自分の嫉妬が 馬鹿馬鹿しくて ふっと 笑いがこぼれてきた。


「でも 彼氏の為に一生懸命ですね。 仲がよくて うらやましいな。」
「そんな・・・ 私 本当に ダンスなんて知らなくて・・。 ・・・・彼と行く パーティで 
誰かの足でも踏んだら あの人の評判にかかわるでしょ?  ・・でも 難しいですねぇ、ワルツ。」

「競技みたいに踊る事はないんですから 気楽におやりなさい。
ジニョンさんは なかなか 筋がいいですよ。」
「本当ですか! 嬉しい。 ・・・あ!すみません。私そろそろ。」

「これからまた お仕事ですか? 大変ですね。」
「え?いえ・・・うふふ。 今日はオフで・・ 彼と会うんです。すみません。お時間いただいて。」


―え? あ! しまった! 今日は早く帰れるってジニョンに言ったんだっけ?

慌てて席を立つジニョンの背後から  大慌てで 探偵が走り去った。


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ジニョンが サファイラ・ヴィラへやってきた。
「あら?・・・・この曲  『Fascination』?」

It was fascination I know ・・・



柔らかな 音楽にふんふんと言いながら 上機嫌なハンターがワインを抜く。
「せっかく ジニョンが来るんだから ちょっと甘い音楽とワインなんか どうかなって・・・。」
「ま、婚約者酔わせて どうするの?」

いたずらそうに 笑うジニョンが可愛くて 今さらながら ドンヒョクが見とれる。


「・・・ ドンヒョクssi?」
「うん?」 

すい っとジニョンが白い腕を差し出した。
「この音楽。 ・・・・踊りたくなりませんか?」

―そう言わせる為に かけたんだ。 では 練習の成果を拝見しようか。


2人は 優しいメロディーに合わせて  ふわりふわりと ステップを踏む。
「ワォ ジニョン。 君 ワルツが上手いなあ・・ ジンジャーロジャースかと思ったよ。」
「うふふ・・ホント? あっ!」

そして ジニョンが 見事に 恋人の靴を踏む。
「オモ・・・・・・、 ごめんなさい。」

「ジニョン。そういう時はね。 “あなたの脚が長すぎるから”って 言えばいい。」
「でも、相手が  脚の短い人だったら ・・・失礼じゃない?」
「君は 脚の短い人とは 踊らない。」
「え?」

「君は 僕としか 踊らない。」
「・・・・・え?」


本当だよ。 誰が 他の奴に この手を 渡すもんか。

愛しいジニョンをリードしながら ドンヒョクが 踊る。
一所懸命 ステップを間違えないようにと 足元を見ていたジニョンが 
いつしか うっとりと恋人の胸に抱かれて なめらかに脚を運ぶ。

―そうさ ジニョン。 ダンスは気持ちの通う人を抱きしめて こうして踊るのが一番なんだ。


サファイア・ヴィラの 甘い夜。


恋人達は 幸せそうに抱き合って ため息のように 踊っていた。 

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