ボニボニ

 

My hotelier 34 - プリンス - 

 




天空まで 雲が立ち上がるような 夏の日に 
きちんとスーツを着こんだ 「彼」は 汗ひとつかかない。

長い指を組み 鋭利なラインを描くあごをのせて プリンスは静かに答えた。


「『相応しからず』では 分かりません。  侍従長。」
「若君 どうか・・・ 。」

幼少よりプリンスに仕えてきた 老侍従長には 語る言葉がなかった。


―あの娘が 言った言葉を 伝える訳にはいかない・・・。


あのはねっかえりめ・・と思いつつ、侍従長はジニョンを責める気になれなかった。

自分はドンヒョクに愛されている。
誰をも はばからず 堂々と言い切る強さと
幸せそうな輝きに 老侍従長は 内心感嘆したものだ。

―本当に あんな娘こそ・・・ 聡明な若君には 相応しかったのだ。


もとより ホテルを利用する際に彼女が見せる そのあたたかなホスピタリティを
誰よりも かっていたのが 老侍従長だった。


「私が直接 話をしたい。 スケジュールを 空けてください。」
「それは出来ません。伏してお願い申し上げます。どうか!・・ご納得下さい。」
プリンスが すっと席を立つ。 窓の外を見ながら 静かに言った。

「侍従長。 じい・・・・ 頼む。 私の たった一度の恋なんだ。」

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“はい。当直支配人ソ・ジニョンです。 今? バンケットの打ち合わせ!”


インカム片手のジニョンが 飛ぶようにスタッフヤードを歩く。 
観光シーズンを迎えて ソウルホテルは活気に溢れていた。
今日も客室は ほぼ満室。 ホテリアー達は 忙しくも陽気に働いている。


「テジュンssiが来いって? もう!忙しいから そっちが来いって言って!」
明るい不平を言いながら ソ支配人が 社長室へ向かう。

「オモ!」
ドアを開けた途端 ジニョンが叫ぶ。 老侍従長が 深々と頭を下げた。

「今日は・・・ お願いがあって まいりました。」 

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バラ園に 続く道を歩きながら ジニョンは侍従長の言葉を思い出していた。
“どうか 若君を 傷つけるような物言いだけは なさらずに・・・。”

「・・・あら?」

ジニョンの耳に 柔らかな歌声が聞こえた。
誰かが 深く 温かい声で 優しい歌を歌っている。
「・・若君。」

プリンスはそのあずまやで 空を見上げて・・・・ 歌っていた。
すっと通った鼻筋 穏やかに澄んだ眼。 黒髪に ほんの少しくせがある。
「ジニョンさん? 来てくれたんだ。」


「僕は 断られた様ですね。」
「・・・すみません。」

だめだろうなと・・思っていました。プリンスは柔らかく微笑む。
貴女は僕にとって 空を行く鳥のような存在でした。 自由で自分の力で生きていて 可愛らしい。

籠になんか 入る人じゃないって判っていました。 ・・・でも 言ってみたかった。
プリンスは 黒目がちな眼に 愛しさをいっぱいにたたえて微笑んだ。

「私は ジニョンさんが 好きです。」
「・・・どうも ありがとうございます。」

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バラ園を見わたすテラスに  風変わりな二人連れが座る。
「若君というのも 不自由なものでございましてな。私は若が不憫でなりません。」
「・・・・・・・・」

「ミスター・シンとジニョン様のことは イ支配人に伺いましたよ。熱愛でございましたな。」
「・・・・・・・・・・・」
「若も・・・ そんな恋が出来たら 嬉しかったでしょうなあ。」

ドンヒョクは じっと あずまやを見ている。

あの若さにもかかわらず 見事にスーツを着こなす美しい青年は
自分の様に全てを捨てて ジニョンを追うことも 許されないのだろう。
「!」

プリンスの手がジニョンの頬をつかまえた。
ドンヒョクが たまらずに椅子を立つ。侍従長が慌てて後を追う。
その時 ジニョンが そっとプリンスの手を外した。

「ドンヒョクssi!」
あずまやから 恋人が呼ぶ。
ためらいながらドンヒョクが近づいた。

優しげな容貌に 芯の強さを覗かせたプリンスが いたずらそうに微笑む。
「なんだい ジニョンさん。彼がちょっと 僕に 似てるの?
僕の方がハンサムだな。
  シン・ドンヒョク。 ごきげんよう。」
「お眼にかかれて光栄です。」

プリンスが爽やかに 笑った。
「ジニョンさんに振られた記念に キスだけでもさせてもらおうと思ったのに 断られたぞ。」
「あいすみません。 ジニョンは貞淑な恋人ですので」

“貞淑・・・だと?!”

老侍従長が 呆れたように眼を剥く。 「のべつまくなし」男が ぬけぬけとまあ・・。

「ソ・ジニョン を 愛しているのか?」
「それだけは 誰にも負けません。」

ハンターが はじめて自分の眼を見せる。 見たこともない視線に プリンスがたじろいだ。

「どうやら 私の及ばぬ処だな。 侍従長、帰ろう。」
「はい!そういたしましょう」

ジニョンさん 最後に 握手だ。プリンスが手をのべる。
ええ・・と ジニョンが手を差し出した。

「きゃっ!!」

瞬間 手を引いたプリンスが ジニョンの頬をつかまえる。
あっというまの 見事なキスに ドンヒョクが呆然と立ちすくむ。

「おい!」

「いいじゃないか!シン・ドンヒョク!こっちは生涯一度の恋をあきらめるんだ。」

あはは・・と笑って プリンスが逃げる。
侍従がおたおたと 後を 追う。

「は・・・・」
毒気を抜かれたハンターが  しかたないなと笑い出す。
「若君も やるもんだ。」

プリンスは 笑いながら車に乗り込む。 ドアが閉まる瞬間 顔がゆがんだ。


「どこにキスされたんだよ!僕が上書きしてやる!」
「もう!やめてやめて! 勤務中よ!」


幸せな恋人たちが もみ合う先を  黒塗りの車が 走り去った。 

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