ボニボニ

 

My hotelier 39 - ドンヒョクのカクテル - 

 




『カサブランカ』のバーカウンターに、若い男性バーテンダーが立っている。

いささか呆然としたドンヒョクが、椅子に座るのを躊躇していると、
後ろで控えめな声がした。
「・・・理事。すみません、こちらです。」

振り向くと2階席への階段の踊り場から、いつもの女性バーテンダーが覗いていた。


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「お! 理事もお見えですか。ちょうどいい味見役が出来たな。」

ハン・テジュンが、陽気に笑う。

「・・・何ですか、今日は?」


バーテンダー・コンクールに出場する彼女と、出品作を吟味中なのだと
リキュールのボトルを派手に並べて、テジュンが言った。


ラスベガスでシェーカーを振れるほど、テジュンはカクテルに造詣が深い。
バーカウンターの端に立って、
2人のプロの会話を ドンヒョクは面白そうに聞いていた。

やがてドンヒョクの前に、試作品が一つ置かれる。

「・・・いかがですか?」
「僕には・・・ちょっと甘いかな。コアントロが、少しうるさいよ。」

ああ、そうですね・・・、テジュンが同意する。
「理事は よくカクテルというものがわかっているな。」

バーテンダーがうすく頷く。


チャキチャキ、チャキ・・。
ハン・テジュンが、見事にシェイカーを振る。

グラスに注がれたカクテルを見て、女性バーテンダーの瞳が
それとわからないほど かすかに揺れた。


『キス オブ ファイアー』

ジニョンとテジュンの 思い出のカクテル。

誰に飲ませるでもなく、テジュンはそれをカウンターの隅に置いた。
レシピを知らないドンヒョクは、そのカクテルに気づかない・・。

「ここにいたの・・・。  あら? 皆そろって?」
タイミングを計ったように ジニョンが顔を出す。


恋人に笑いかけながら ドンヒョクが、ふいにいたずらっぽい声を出した。
「・・ああ、そうだ ハン社長! 僕にもやらせてくれませんか。
今日のジニョンが喜びそうなカクテルなら 作れます。」


そしてカウンターの内側に立つと、ドンヒョクは大振りのゴブレットを取り出した。
クラッシュアイス、トニックウォーター・・すこしのジン。
二つ割のレモンを、片手で絞る。

まるでトロピカルドリンクの様な ・・乱雑な飲み物。
普段のドンヒョクなら、決して何があっても、認めないような代物。

彼はいったい、・・・何を作っているのだ?

呆然と見る2人を尻目に、ドンヒョクは上機嫌で カウンターにグラスを置いた。

「今日の君の為に・・」

「オモ!・・・嫌ぁね。」


ぷっとふくれて見せてから、まっすぐカウンターに歩いたジニョンは、
並んだグラスの前に立って、ためらいもなくドンヒョクのゴブレットを取り上げた。

「?」「・・・・?」

2人のバーテンダーを尻目に、ジニョンはごくごくとドンヒョクのカクテルを飲む。
「う~ん!・・・・、おいし。」
「!」

呆れ顔のテジュン達を見て ドンヒョクが笑って謎解きをする。
「ジニョンが 『得意料理』を作ってくれましてね・・・。」

「それはそれは美味しい、塩辛いラーメンのおかげで、・・この午後は、水をがぶ飲みなんだ。」


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今日の2人は、テジュンに対して、少しデリカシーに欠けていたかもしれないと、
バーテンダーが、気にかける。
カウンターに置かれたままの、
選ばれなかった 『キス オブ ファイアー』。


「バーボンソーダでも ・・・いかがですか?」
彼女が 遠慮がちに聞いた。
「気を 使うなよ。・・ああ、でも貰おうかな。君が作ると旨いから。」


2人が去ったバーカウンターで、
ハン・テジュンは、カウンターに残された 2つのグラスを見ていた。

ジニョンが綺麗に飲み干したドンヒョクのカクテル。
おいてきぼりの 美しい 『キス オブ ファイアー』。

女性バーテンダーが、ひっそりと笑う。

「カクテルは、お客様に合わせて作る、オーダーメイドですから・・
今日に限って、理事は確かに ソ支配人のバーテンダーでしたね。」

そっと、彼女はグラスを下げた。

「あの野郎、ジニョンのことばっかり 考えているからな。」

“・・だから、あいつは行っちまったんだ”と
小さくぼやく社長の声を、バーテンダーは、聞かない振りをした。



まっすぐに。 切ない程にまっすぐに ジニョンを欲しい と言った男。

火の出るような激しさで、全てを捨てて、たった一人の女を追いかけた。


「しょうがない、・・恋する虎には、勝てないと言う事だ。」


バーボンソーダをぐっとあおって、
テジュンが言った。

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