ボニボニ

 

My hotelier 49 - その夜の 彼が見たものは - 

 




サファイア・ヴィラの 午前3時。

ジニョンが そっと ベッドをすべり出る。


眠りの浅いドンヒョクは この時必ず眼を覚ます。 けれどそのまま眠りを装う。
自分の睡眠を妨げないように  気づかってくれるジニョンのために。


恋人がうつむいてガウンをはおり 華奢な影がバスルームに消えてゆく。

ドンヒョクは この時が 一番辛い。
― ごめん ジニョン。  我慢すれば・・良かったな。

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夜勤の途中の休憩時間に

ジニョンが 恋人の寝顔を のぞきに来るときがある。

彼女が来るのは 決まっている。 ちょっと疲れて 慰めて欲しいとき。
目覚めたドンヒョクが微笑んで ベッドから腕を伸ばすと
申しわけなさそうに ジニョンが 横に入ってくる。 
抱きしめて しばらく撫でたり キスしてやると やがて 満足したように帰ってゆく。


針一周の休憩時間。

まだ仕事が残っているからキスだけ。 2人の 何とはなしの 決まりごと。
時々 我慢できないドンヒョクが 決まりをやぶって抱いてしまう。

今夜も そんな夜だった。

「休憩」を終えて 帰るジニョンが 少しけだるそうで 
ドンヒョクの胸が 後悔で満ちる。
「仕事で疲れているのに・・・可哀そうなことをしたな。」


カチャ・・

本当に 静かに ジニョンは帰る。 
その音の小ささに 眠っている恋人を思う心が見えて ハンターの胸がきしんだ。


ドンヒョクが シャツを取り上げる。
手早く服を着て ジニョンの後を追う。

今夜はなんだか 彼女が可哀そうで  ・・放っておけない気になった。


サファイア・ヴィラの坂道を 
愛しい人の か細い背中が 降りてゆく。


― 暗いな。 ライトをつければいいのに・・
ドンヒョクの眼に 切なさがにじむ。追いかけて 抱きしめてしまいそうになる。

いきなり ジニョンが立ち止まった。

「はぁ・・・・」
柔らかい吐息が聞こえる。 そっと彼女が 腕を組む。
腕を組むというより ・・・・自分を 抱きしめているように見える。


―この夏に 寒いのかな・・・? 熱が あるのかも?
暗がりで ドンヒョクがうろたえる。 体調の悪い恋人に 僕は無理をさせたのか?
ジニョン と 呼ぼうとした瞬間 彼女の横顔がうすく微笑んでいることに気がついた。
―ジニョン・・?  君 大丈夫なのかい?


「ふう!」
ジニョンが ぴんと背筋を伸ばす。 ぽんぽんと 制服の乱れを直し
うなじをすっと撫で上げる。 
ひとつ深呼吸をして  ぱちり と ペンライトを点けた。

カツカツと ヒールが鳴る。 見事に「支配人」になった恋人が 大股で歩きだした。

「は・・・・」
一瞬で 羽化したよ・・・・。

大したものだな あの後姿。 もう 僕が抱きしめる隙もない。
“可哀そうな恋人” を見失ったドンヒョクが 夜の中で ぽりぽりと頭をかいた。

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ソウルホテルのいつもの朝。 

差し込む光を身体で切って 長身の男が走る。 
大きなストライド ぴたりと揺れない上体は 
彼のランニングが もう習慣になっていることを知らせる。

「ドンヒョクssi!」

洗いたての空気の中に ジニョンの明るい声が飛ぶ。
ランナーの顔が みるみるほころびた。


「ジニョン。もう 夜勤は終わり?」
「うん。後は 申し送りだけ・・。」
なんだか2人は 照れくさそうに もじもじと植え込みに分け入ってゆく。


「あの ゆうべは・・・」
「あの ゆうべは・・・」
「?」「!」

仲良く2人の声が揃って 後は ゆずりあいになってしまった。
「ジニョンが先に レディファースト。」

―僕はもう お客様 じゃないからね。

ドンヒョクの言葉に きゅっと笑って ジニョンが言った。
「ドンヒョクssi。 ゆうべは その ごめんなさいね。 夜中に行って。起こしちゃって・・」
「?」
「あなたは朝早いのに 寝る時間を削ってしまった。」  
「そんなこと・・・。」
「昨日はクレームが多くて ちょっと私・・・辛くなったの。」

あなたに甘えて 元気が出たわ。どうもありがとう。
「・・・ドンヒョクssiの話は?」

「ああ・・・えぇ・・と。 君が 風邪をひいているんじゃないかなと。」
「風邪?」

実は 帰る君を ちょっと見送ったんだよ。 
そうしたら 寒そうに こう 腕組みしていたからさ・・。
ドンヒョクの言葉に ジニョンが眼をみはる。 じっと恋人を見たまま 真っ赤になった。

「ジニョン? ・・・君 大丈夫?」
「・・・・あの それは。 ・・・・あの・・・寒いんじゃなくて・・・」
「うん?」

ジニョンが口をぱくぱくと 耳まで赤くなる。意外な反応に ドンヒョクがきょとんとする。
「・・・・・・・ってたの。」
「え?」

もう!っと ジニョンがドンヒョクをつねって 耳元でそっと繰りかえす。
いやねぇ 変なトコ見ないでよ。
「・・・あれは その ・・・ちょっと 余韻を 味わっていたの。」


サファイア・ヴィラの前の坂を 降りて行った か細い背中。
立ち止まって 自分を抱きしめた 昨夜のジニョンを思い出す。

“・・・あれは 余韻を 味わっていたの。”

それはひょっとして  僕に抱かれた余韻・・・ということ?


ぐらり と ドンヒョクがバランスを崩す。
「きゃ! どうしたのドンヒョクssi?目まい?」
あははは。 ドンヒョクが ジニョンを抱きしめる。



「ごめん。 ・・・なんだか 幸せに 眼がくらんだみたいだな。」

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