ボニボニ

 

My hotelier 61 - そして 最後に笑う者 - 

 




RRRRRR・・・・


ジェニーの携帯が鳴った。
「ヨボセヨ? あら オッパ。」
「ジェニー。 もう仕事は終わりか? ええと・・厨房は もう片付いたのかな?」

この頃なんだか兄さんが うるさいくらいに電話をかけてくる。
「?」
まさか花札勝負を挑むために 兄が料理長の都合を探っているとは 妹も気づかない。
「今日はね・・厨房の納涼会なの。 遅くなるけどタクシーで帰るから平気よ。」
「・・・・納涼会?」

受話機を 握るハンターの眼が光る。
眼鏡を 少し押し上げて
それはそれは優しい声で ドンヒョクが 妹に聞いた。

「そう・・。楽しみだね。 ・・で 宴会はどこでやるのかな?」

------


従業員用ラウンジの庭先まで来て シン・ドンヒョクの足が止まる。

ラウンジのガラス窓の向こうには 楽しげな宴が繰りひろげられ 
人々のさんざめく声が 足元まで聞こえてくる。

― ・・・まいったな。

サファイア・ヴィラに住むようになって
ドンヒョクは ホテリアー達に囲まれる日々にずいぶん慣れた。

バックヤードを歩く時 皆が挨拶を投げてくることも
ロビーや バーカウンターで軽口をたたくことも
中にはしばらく立ち止まり 他愛ない話をする時もある。 だけど・・・


「・・またにしよう。」
ドンヒョクが自分につぶやいた時  窓の中に 愛しい笑顔が見えた。
「ジニョン?」


「あ! ジニョンお姉さんが来たわ ここ ここ!」

ジェニーが 嬉しげな声をあげると 料理長が混ぜっかえす。
「アイゴー!どうだい つまみ喰いの得意な奴が ちゃっかり宴会に顔を出したぞ。
 ソ支配人。 今日は「厨房の」納涼会なんだからな。 ベルカウンターはよそ者だ。」

ぷん とジニョンがふくれて見せた。

「まっ 料理長ったら 私が来て嬉しいくせに。 ・・・これでもよそ者?」
そう言って 後手に持っていたウイスキーボトルをかかげて見せる。
「やった! ソ支配人大歓迎!」
若いスタッフが 立ち上がり ジニョンがきゅっと笑って・・。 ふと 窓の外に眼をとめた。


「あら・・? ドンヒョクssi」
 
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シン・ドンヒョクが もじもじと 宴会の中に混ざっている。

「おぉい!皆 今日の焼酎はな。 理事のあたたか~い『ご寄付』で 買っているんだ。」
「!」
料理長が にやりと笑う。 
ご馳走様ですご馳走様です。スタッフの謝辞に ドンヒョクが嫌々笑った。

― あの時ふんだくられた 20万ウォンか・・・。


「さて 『お客様』。 今夜はさらに厨房に寄付をしたくて来たのでしょうか?」
「・・・・」

糸の眼で挑発する料理長は ドンヒョクの姿を見た瞬間から 完全な臨戦態勢だった。
応じるドンヒョクも 勝負師の顔で 静まりかえる。
「・・ご存知ですね? 料理長。 僕はいつまでも 『お客様』のままではいませんよ。
 ソウルホテルでも 花札でもね。 ・・・では この前と同じ面子で10番勝負を。」

「上等だ。 おい誰か ハン・テジュンを呼んでこい。」

ソウルホテル厨房の男達が やんやと周りを囲む中で
理事と 社長と 料理長が ガチンコで花札を打っている。
「来い! ほら来た」
「悪いね理事さん。 いただきかな。」

パシッ  パシッ

気合の入った札が 音を立てる。 見つめるギャラリーの視線が
場を慌ただしく行き来する。 勝負は 互角のまま進み
3人が 仲良く3回ずつ勝った。

「次に勝った奴が 勝者って訳か・・。」
イ主任が 横でつぶやく。 

料理長は細い眼に感情を隠し シン・ドンヒョクは水の様に静まりかえる。

その中でただ1人。 ハン・テジュンだけが 可笑しそうに笑っていた。
― しっかし大した男だな。 僅かな時間で 何だってこんなに打てるようになった?
 山に籠って修行でもしたのかよ まったく・・・。 こいつ本当に 大変な負け嫌いだ。

博徒達の真剣さに 最後の賭場が熱くなり 周りの者まで緊張している。  
・・・そして 決まりの札が 鳴った。

パシ!

「・・・3役揃いました。 僕の 勝ちです。」

おお・・と どよめく声がする中で
氷のハンターが一気に溶けて お菓子をもらった子どもの様に 笑った。


「ドンヒョク。 泣きの1回だ。」

むっつりとした料理長が 言う。
「・・え?」
「1:1でもう1回だけやろう。 負けたらこの前のお前の負けを 2倍にして払ってやる。」

にっこり。

さも楽しげに ドンヒョクが微笑む。 そして・・笑顔をすっと引いて 氷の眼になった。
「本気で 払ってもらいますからね。」
― ジニョンが 倍にして取り返してこいと 言ったからな。
「・・・いいでしょう。やりましょう。」

「あ!」「・・う・・」「お・・・い・・」
その言葉に ギャラリーがざわめいた。

「あの・・・ドンヒョクssi・・・」
ジニョンが おずおずと声をかける。
「ソ・ジニョン。」
ハン・テジュンが薄く笑って 小さな目配せをした。

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サファイア・ヴィラへの坂道を ドンヒョクとジニョンが 並んで歩いている。

「ああ 泣きの1回なんか聞かなければ良かったな。 また 負けてしまった。」
「うふふふ。残念だったわね。」

― ドンヒョクssi。 でもあなた。 また少しだけ皆の中に入り込んだわ。


「しかし口惜しいな。 絶対勝てたと思ったんだ・・・。」

ぷっ・・・・! あははは!
いきなりジニョンが笑い出す。訳のわからないハンターが キョトンと恋人を見つめた。

「ドンヒョクssi? 本当に 判らなかった?」
「・・・・何?」
「最後の1番は ・・・イカサマよ。」
「えっ?!」

料理長ってば 本当に花札だけは 子どもみたいに負けたくないの。
だから負けで終わっちゃうと 最後の1勝負だけイカサマをやるのよ。
「厨房の皆が知っているわ。 料理長ったら 負けたままだと口惜しくて眠れないんだって。」

「は・・・・・。 あの高潔な料理長が? イカサマをするの?」

「高潔な方がいつでも高潔とは限らないわ。そういうのも 愛嬌があっていいじゃない?」
いたずらそうにジニョンが笑って 愛しいハンターの腕を抱く。


なんだ口惜しいな 戻って言ってやろうか。 だめよ 今頃皆で貴方の事を大笑いしているわ。
「・・・・・まいったな。」
「いいじゃない。 楽しかったもの。」

そうだね。・・・僕も楽しかった。
ゲームには 「勝ち」と「負け」しかないと思っていたけど 
本物の世界には こんなにも いろいろの結果がある。


「ねえ ジニョン? ・・・でもそれならさっき 教えてくれても良かったじゃないか。」
「だってテジュンssiが 黙ってろって 目配せを・・・・」


ああ まずい・・・・。

ジニョンが自分の失言に 唇を押さえる。
もちろんハンターは その失言を聞き逃がさなかった。
「ふう・・ん・・・。 テジュンssiが目配せを・・・・・・ね。」
「ドンヒョクssi・・・。」

「確か ジニョンさんの婚約者は 僕だったはずだけど。」
「ドンヒョクssi・・・。」

とりあえず料理長に一矢報いたハンターは どうやら 標的を恋人に変えたらしい。


「なるほど。ハン社長が目配せを・・・。ふむ。」
「もう ドンヒョクssi・・。」
「うん?」
「愛してるわ・・・・。」
「知ってるよ。」

夜の風が 今夜は涼しい。

海千山千の料理長に まんまといっぱい喰わされて
それでもドンヒョクは 笑っていた。

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