ボニボニ

 

My hotelier 62 - 妖艶なひと - 

 




その人は 高いヒールで歩を進めてきた。

彼女が歩く時 強い香水に彩られた周囲の空気までが 一緒に動く。
熟し過ぎた果実のような肌は 金のかかった贅沢な手入れのおかげで
ねっとりと光沢を帯びていた。

「サファイア・ヴィラは・・空いていて?」
「申しわけございません。お客様。サファイア・ヴィラご指定の部屋は理事室となりまして
 現在ご宿泊にはなれまぜん。」

若いフロントスタッフの返事に 彼女は怪訝な顔をした。
「理事? こちらの理事さん? ・・それは どなただったかしら?」
「はい 先頃就任いたしました。フランク・シンと申します。」

「ミスター・・シン?」

―・・・ひょっとして あの冷たい顔のハンサムさん?
深紅のルージュを引いた唇の端が ふっと妖艶に持ち上がった。
「じゃあ・・サファイアの 隣の部屋を お願いするわ。」

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ベルボーイが一礼して去ると ソン女史は シガーパイプをくわえて
ソファにゆったりと腰を下した。
―ミスターシン? あの時の彼が・・理事なの? どういう事かしら?

「まあ・・いいわ。ちょっと面白そうじゃない?」
タイトなドレスの 大きく開いた胸元を確かめて マダム・ソンがドアを開ける。
ちょうどその時 サファイア・ヴィラに人影が見え 女史は思わず身を隠した。

私服で髪もおろしているが 間違いなくあの娘。 ・・ソ支配人と言ったわね。

「?!」

ジニョンを追いかけて出てきたドンヒョクが 甘える様に腰を抱く。
周囲を気にする彼女の頬をつかみ 少し強引なキスをして 
愛しげに微笑んだ彼は 腕の中の人を 名残惜しそうに送り出した。

―・・いったい何? あの娘はハン・テジュンのGFじゃなかったの?

呆然と部屋に戻ったマダムは 今見た光景を思い出す。
―ちょっと事情を調べなくちゃね。 それにしても・・
怜悧でビジネスしか興味がない感じだったのに あの娘を抱き寄せる手ときたら。

「あんなに・・セクシーな男だったかしらね?」

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ソウルホテルの朝早く ドンヒョクが坂道を登ってくる。

いつものようにゴールすると タオルの場所にソン女史がいた。
「おひさしぶりねミスター・シン。 随分・・朝が早いのね。」
爽やかな朝の空気に不似合いな 妖艶な笑顔に戸惑いながら
それでも ドンヒョクは陽気に笑った。

「・・・おはようございます。 失礼? お眼にかかったことが?」
「!」

タオルを取り ミネラルウォーターのボトルをねじりながらドンヒョクが聞く。
彼の記憶から自分が消えていたことに 
いささか憤然としながら マダム・ソンが応じる。
「ソウルホテルの株を あなた 買いにいらしたわ。あの時は・・悪かったわね。」
「あ・・・」


ねっとりと微笑むマダムを見て ドンヒョクの 消去した記憶が蘇る。
―ジニョンに 下着を買わせた・・・ あの高慢ちきな女か。

ひた・・・。

にこやかだったドンヒョクが 笑顔を沈めてマダムを見据える。
青い焔の立つような眼に ソン女史がたじろいだ。
「・・・・・あの・・」
「何かご用ですか?」
「・・ええ。私。 今 このヴィラに滞在しているの。」

そうですか。どうぞご滞在をお楽しみ下さい。僕はこれで。
とりつく島もなく ドンヒョクが去る。

「何・・よ・・・。」

―でも・・スーツ姿では着やせして見えたけど 随分たくましいのね 彼。
「そそられちゃうわ・・。」

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「ふぅん・・・」

興信所の報告書を読んだソン女史が 面白そうにつぶやいた。
ハン・テジュンったら 彼にあの娘を取られちゃったの?
―全財産かけた株買収か・・何だか ロマンチックな話なのね? 
クールな顔して 意外に情熱的な男、か。 ミスター・フランク・シン。

マダム・ソンが 妖しい瞳をゆっくり上げた。

「いっぺん お相手していただきたいわね。」

隣のヴィラなんだもの。 部屋を間違えちゃったことにすればいい。
彼が帰って来た時を狙って 後から入っていけば・・ね。
「うふ・・。」

秋の気配がほのかに流れる 夜遅く
サファイア・ヴィラに車が帰って来た。
そのエンジン音に ソン女史が 自分のヴィラから滑り出てくる。
“今夜こそ・・ね”


ほんの少しうつむき加減ですらりと降り立ったドンヒョクが 
リモコンキーをロックして サファイア・ヴィラのドアに消えた。
彼の姿が見えなくなるのを待って
ぬめり・・・爬虫類のようにソン女史が 暗がりの中を動き出す。

カチリ・・・

ドアを開けて サファイア・ヴィラにソン女史が入ってきた。
そっと リビングに入り込む。
眼の前に 大きな男の背中があった。
「!」

上着を脱いだだけの シン・ドンヒョクが 華奢な恋人を抱きしめて
気が遠くなるほどのキスをしていた。
「ん・・ま・・・。」

思わず声をあげたソン女史を 恋人の身体越しに見つけたジニョンが
大慌てで身をよじる。 
ハンターは可愛い人の顎をつかみ 逃がすまいとキスを続ける。

「・・ん!・・んん!・・・」
「こら逃げるな。何だい?ジニョン。」
「ドンヒョクssi・・・ 後ろ。」

恋人をしっかり抱いたままのハンターが 怪訝そうに振り返る。
呆然としたソン女史が 入り口近くに立ちすくんでいた。

「・・・・」

「あなたの部屋は隣ですよ。間違えましたか?」

虚をつかれたマダムが コクンと 素直にうなずいた。
「ここはスタッフプライベートです。ご遠慮下さい。」 
ドンヒョクが もう話は終わったというように恋人に向き直り
愛しげに額をつけると ふわりとジニョンを抱きあげた。

「ち、ちょっと降ろしてドンヒョクssi・・・お客様の前よ!」
どぎまぎと赤くなるジニョンに 面倒くさそうなハンターが
獲物を抱えたままで もう一度振り返る。

「すみません。取り込み中ですので お帰りいただけますか?」 
きゃあ!一体何をいうの ドンヒョクssi まったくあなたは・・!!
脚をばたばたいわせる恋人を抱えて 鼻歌まじりのハンターが歩く。

ぽいっと ベッドにジニョンを投げたドンヒョクが
ネクタイを緩めながら 戻ってくる。

バン!
サファイアヴィラのドアを開けて ドンヒョクがドアボーイの様にお辞儀をする。 
「お隣ですから 送らなくてもよろしいですね? ではおやすみなさい。」

バタン!
ソン女史の目の前で ドアが閉まった。

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「ひどいわ!ドンヒョクssi! マダムはうちのVIP顧客よ!何てこと・・」
「ああうるさい。 僕は一昨日から 君に逢うのを楽しみにしてたんだ!
 VIP客がそんなに大事なら 明日にでもVIP客になってチェックインするぞ。」
「また 何を馬鹿なことを・・。」
「馬鹿? 失礼な。ハーバード卒に向かって・・。」

サファイア・ヴィラの寝室で
ハンターと獲物が もめている。



妖艶なマダムは 夜の中にひとり ときおりまばたきしながら 立ち尽くしていた。

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