ボニボニ

 

My hotelier  愛をみたひと (62. 妖艶なひと のおまけ) 

 




「お隣ですから 送らなくてもよろしいですね? ではおやすみなさい。」


バタン・・。 ソン女史の目の前で ドアが閉まった。

夜の中に 呆然と立ち尽くしていた彼女は
やがてふらりと 部屋へ戻っていった。


カチッ・・

ライターを鳴らし シガーパイプに火を着ける。
ふうっと 紫煙を吐き出して  ソン女史はぼんやりとする。
腕を組んで・・・・ マダムは戸惑う。

自分の 心の中へ 知らずに置かれた荷物のように 
何か 見慣れない感情があった。


― 何だろう・・・。 この胸の騒ぎ方は?



カラリ とガラス戸を開けて ベランダへ出たソン女史は
外の夜に向かって もう一度シガーパイプの煙を吹いた。


「もう! お客様にあんな失礼な事をして! 冗談じゃないわよ!」

“?”

隣の部屋の窓が開いているのだろう。ベランダにもたれたマダムの耳に 
威勢のいいソ支配人の声が くっきりと聞こえた。

「残念ながら 僕はホテリアーじゃない。客だからって 礼は尽くせないな。 
 第一 彼女は・・君にストッキング買わせた奴だろう?」

「あれは お客様のご用命でしょ? 私はホテリアーよ!」
「ふふ・・ねえジニョン。 あの時 君を追いかけて走ったね。
 あの頃は 君が僕のものになると思えなくて 本当に 辛かったな。」
「話をはぐらかさないで! ・・・ん・・」


僅かに人の気配が動く。ドンヒョクが 恋人の唇をふさいだらしい。
マダム・ソンは さっきサファイアで見た 情熱的なキスを思い出した。

衣擦れが  静まり返った闇に流れてゆく。

永遠のように長い時間の後で 
ジニョンが は・・とため息をついた。


ぼんやり立ち聞きする耳に  愛しげに囁くベルベットボイスが 聞こえる。

「もう黙って。」

「ドンヒョクssi・・」
「解った。 明日謝っておく。 それでいいだろう?
 だからこの話は終わろうよ? ・・もう 君が欲しい。」
「・・・・。」


愛している という囁きを合図に 恋人たちの夜が 動き出した。


秘めやかな 甘い泣き声。 
責める男がもらす 小さな喘ぎ。
シーツを 肌が滑る音。 
肌と肌が触れあう あえかなひびき。


時おり恋人を呼ぶドンヒョクの声が 夜の中で 幸せそうに揺れる。



「ジニョン。 ・・言って。」
「いや・・。」

「いいよ。・・・じゃあ こうして 夜通しでも じらしていよう。」


囁く声が笑いを含み  マダムの胸が 痛みを覚えた。

 ・・あぁ・・あ!・・・ねえ・・・・
 
愛しい人に組み敷かれるジニョンの声が だんだん切なくなってゆく。

「さあ ジニョン・・ もう・・言って・・」
「・・・あ・・」
「聞きたいよ・・・。もう言って。」

ベランダ越しの耳に ほんのわずか 恋人のねだる声が届く。
望みを叶えたドンヒョクが 愛しげに 満足そうに ジニョンを呼んで
2人の動く音が 1つになった。



―なんて・・・幸せそうなの。

快感よりも 幸福が 溢れ出るような囁き合い。

柔らかな声が揺れて 甘くあえぐたびに
低く深い声が 
少し 得意そうに 
とても嬉しげに 追いかける。


「・・・・。ドンヒョ・・クssi・・」
「ジニョン。もっと・・。」

何度も高くなってゆく声。 ハンターは いつまでも獲物を離さない。

―あの男は・・ 自分の身体で 恋人に 愛を刻みつけているみたいだわ。

「ジニョン・・」
「ん・・・・。」

「ジニョン・・ 愛しているよ。」
「・・・ドンヒョク・・ssi。」


サファイア・ヴィラの夜が
愛を包んで 秘めやかに 更けてゆく。


ベランダのマダムは 身じろぎもせずに 恋人達の声を聞いていた。
「・・・・・」




RRRRR・・・


部屋の電話が鳴り ソン女史が 我に返る。

「はい・・?」
「僕です マダム。 これからそちらに伺います。」

近頃お気に入りの 若い愛人。

今回のホテル滞在は 彼と逢う事が目的だった。 でも・・・・



「今夜は ちょっと頭痛がするの。 またにして。」
「え・・?」

ハンサムな 若い愛人の顔を マダムは思い浮かべる。
いつもにこやかな彼は ・・・だけど 決して 
ドンヒョクの様に愛しげに 私を呼ぶ事はないだろう。


“ジニョン・・”

満足そうな 幸せそうな ドンヒョクの声が 脳裏にひびく。 


電話の向こうの愛人の声を無視して  ゆっくりと受話器を置く。

「何だか・・・ 恋がしたくなっちゃった。」




恋を探すには  そうね いい季節かもしれない。 
涼しくなった夜風に マダム・ソンがつぶやいた。

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