ボニボニ

 

My hotelier 69. - かごの鳥 - 

 




ソウル市内のセミナーハウス。

『ホテルマネジメントセミナー』の研修を終えた人々が、出口から吐き出されてきた。


「おい、ソ・ジニョン! 君 職場に戻るのか?」
「ううん。今日は直帰していいことになってるの。」
「じゃあ、呑みに行こうぜ!観光学科の皆でさ。久しぶりだろう?」
「そうねえ・・。」

まだ9時だしと ジニョンが 腕時計を見る。
様々な職場に散っていった留学仲間に会うのは久しぶり。ちょっとならいいかな・・・。


「行こうぜ!君 婚約したんだって? 結婚したら『かごの鳥』だ。遊べないぜ。」
「うふふ!そうよねぇ。 ・・・ひっ!」

ジニョンが息を飲む。 目の前に 見慣れたメタリックシルバーの車があった。


カチャ・・

ドアが開き 長身の男が 静かに滑り出てくる。
「・・・ドンヒョク・・ssi・・・。」
「車が拾えないといけないから寄ってみたんだけど 遊びに行くなら無用かな。」


“おい! あれ シン・ドンヒョクだぜ。”
周囲のホテリアー達が肘を突きあう。
米国から来たM&Aハンターは 韓国ホテル関係者の間で 既に有名だった。

「む、迎えに来てくれたの? ・・・ありがとう。帰ります。」
「お友達と 旧交を温めなくてもいいの?」


ハンターがちらりと ジニョンを誘った男たちを見る。にこやかな顔に
・・・眼だけが笑っていなかった。
「あ・・いいえ。 あの お迎えがあるなら僕らは。ええと・・・そんな。」


ジニョンが どぎまぎと大げさに 恋人の腕につかまる。
じゃあまたねと慌ただしく挨拶をして 強引に車に乗り込んだ。

走り去る車を見送って 男達が背筋を冷やす。

「・・・ジニョンは、もう うかつに誘えねぇな。 見たか?あの眼・・・」

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「かごの鳥。」

ハンドルを握り 真直ぐ前を見据えたままで ドンヒョクがつぶやく。
「僕は 君を束縛しているつもりは ・・・なかったけどな。」


端正な横顔を見せて車を走らせる恋人を ジニョンがそっとうかがい見る。 

「束縛だなんて。」
「僕と結婚することを 君が そんな風に感じているとは・・ね。」
「ドンヒョクssi! それは。」


車が カーブを乱暴に曲がり ジニョンの身体がシートで揺れた。
ステアリングを回す手が 彼の苛立ちを 垣間見せる。

 
「・・・僕は君を 宝物のように大事にしているし、
 君と2人だけの時間を なるべく多く持とうともしている。
 それが 君にとって負担になるなんて・・思っても みなかったよ。」

ドンヒョクの声が いよいよ冷静に 落ち着きはらったものになる。
その意味を知るジニョンは 唇を噛んだ。


バッグから携帯を取り出し 番号をプッシュする。
「ジェニー? 私。 あの・・今 ドンヒョクssiと一緒なの。
 ・・・今日は その サファイアに泊まるから。戸締りして寝て。」
ちらり。 横目でドンヒョクがジニョンを見る。
「・・・いい でしょう?」
「どうぞ ご自由に。」

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サファイア・ヴィラに きまずい2人が 帰って来た。
さっさと階段を登ったドンヒョクが ドアでくるりと振向く。

「『サファイア・ケージ』へ ようこそ。」


「何か 飲み物は?」
「・・え? いいえ。」
ドンヒョクは 恋人に座れとも言わない。 上着とタイを不機嫌にはずすと
1人分のロックを用意して ソファに座った。


―・・・なんだか すごく 怒らせてしまったのね?
戸惑うジニョンの視線を 今日のハンターは受け止めない。

「・・座って・・・いい?」
「君の好きなようにすればいい。さっきだって 君が彼らと飲みに出かけても
 僕は 本当に 構わなかったんだよ。」

“はぁ・・・・。”


―やっぱり・・ でも。 今日のことは 私が悪いわ。
友人の冗談に調子を合わせて 大事な人を 傷つけてしまった。

 
― あなたは 私を無理に奪う事はしない人だもの。
  私が逃げると 追うけれど 
  でも 最後には ただまっすぐに手を伸べて 
  君が欲しいと 待っていると 言うだけだもの。

 こらえきれずにあなたが奪ったのは 最初のキスだけ?
 ううん。 あの時だって 私はあなたに 腕をまわした。


  私は『かごの鳥』なんかじゃない。
  あなたが 精一杯に 愛を敷き詰めてくれた場所へ 
  おいでと招かれて行くのに・・・ね。

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「ドンヒョク・・ssi?」

ハンターは むっつり前を見る。ジニョンが そっと腕を揺さぶる。


「ねえ。 私も ・・・お酒が 少し欲しい。」
「ソーダ割りでも 作ろうか?」
「ううん。そのグラスから ちょっとだけ。」
どうぞ とグラスを渡す手を そっとジニョンが包み込んで囁く。
「いつもみたいに ・・・飲ませてくれないの?」


ひくっと ドンヒョクの 頬が揺れた。
グラスから酒を含んで ジニョンを引き寄せる。
こくん と小さな音を聞いて 離れようとする彼を ジニョンが捕まえた。
「ごめんなさい。 ・・・冗談のつもりだったの。」


てらいのない まっすぐな 謝罪。
冷たい表情のドンヒョクが それでも じっとジニョンを見る。
鈴をはった様な大きな瞳が まっすぐに まっすぐに 彼を見つめている。


「私・・ あなたの『かごの鳥』でしょ。」
「・・・・。」
「1人でなんて もう 生きていけないんだから。」


ジニョンが恋人の腕を取り するりと中へもぐりこむ。
「入れてよ。 かごに。」
とっておきの甘え顔。 抱きしめようとしない恋人に 柔らかくねだる。
「ねえ かごの戸が開いている。 猫から・・守ってくれないの?」


“ジニョン・・・”

ため息を ひとつ。 ハンターは諦める。  腕の中の鳥を抱きしめて 眼をつぶる。
「キスもして。」 
「ジニョン。君は ・・・ちょっと ずるいな。」


まったく・・。僕の『かごの鳥』ときたら 玉座に座って命令口調だ。
まだ少し 怒っていたいハンターが 意地をはって黙り込む。
あん‥と口を開けたジニョンが  ドンヒョクの唇をついばみに来た


「・・・ごめんなさい・・」
柔らかく吸いながら誘う唇が 彼を 懸命に求めている。

愛しい人が 僕を 欲しがる。

「・・・ごめん・・なさい・・」
ハンターは もう 手を出したくてたまらない。 


「許して・・くれないの?」
可愛い人が 寂しそうな声を作る。
見え透いたお芝居。 それでも ドンヒョクの胸は痛む。

「愛しているのに・・。」
とうとう ジニョンの声がゆるむ。
ジニョン・・それは反則だ。君を泣かせることは ・・・出来ないのに。



「・・・ジニョン・・・あの・・。 ベッドへ 行こうか。」


あぁ・・だめだ。こんなことを言っては。 ハンターが 自分に絶望する。
暴君のような『かごの鳥』は もちろん 勝機を逃さない。
恋人の首に抱きつきながら にっこりと 彼にとどめを刺した。



「・・・じゃあ。 もう 怒っていないって言って。」

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