ボニボニ

 

My hotelier 72. - 何処へ - 

 




「取得株式は27.8%です。出来高が増えたせいで今は株価も上がり気味ですから、
 交渉に入る為だけなら、これ以上の資金投入は無用でしょう。」

「い・・や・・・さすがですね。短期間でよくここまで・・。」


興奮して喋る客の世辞に シン・ドンヒョクは 口元を上げて眼を伏せる。
「では このまま一気に 相手方と交渉を始めるのですか?」
「・・・いや。」

ハンターが 小さく咳をする。
レオが そっとボスを窺う。

「先方の資金力では 下手な動きは出来ません。ここは 今後の交渉の参考に 
 少し相手の出方を見ることにしましょう。 そうですね・・1週間ほど。」
「なるほど。 プロの戦略は いろいろあるものですな。」

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「言い方は あるもんだよな。 キャッチ&ランで速攻タッチダウンが
 ボスのスタイルじゃなかったっけ?」

ばさばさと書類を片付けながら レオが嫌味を言っている。
素知らぬふりのハンターは 上機嫌でネクタイをゆるめる。

「ここは韓国だからな。 NFLフォーティナイナーズみたいに
 攻めてばかりという訳にも いかないさ。」


―まったく・・ ジニョンさんと遊びに行くためなら 何でもやるな。

いい年をして 青春真っ盛りのパートナーに レオがうつむいて頭を振った。


「じゃあ レオ。 僕は帰る。 良い週末を!」
「え? あ・・おい。ボス!」

レオが 慌てて顔を上げたとき 
ボスの姿は消えうせて 革張りのチェアがくるくるとまわっていた。

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サファイア・ヴィラが 静まりかえる。

「ジニョン・・?」

けげんな顔のハンターが リビングで ほどけたように笑顔になる。
ドンヒョクの机に突っ伏して 
PC前で ジニョンが寝ていた。

―放ったらかしの 売上レポートかい?


上着を脱ぎながら ハンターが微笑む。
襟ぐりの開いたカットソーがずれて 華奢な肩先が見えている。
風邪をひくよ・・ そっと肩を 隠してあげる。

「・・・・・・・。」

・・・もう一度 ・・・そっと肩を 引き下げる。
愛しい人の 細く 白い肩。 鎖骨が作る 淡い翳り。
吸い込まれるように唇が寄って ジニョンがひっと 飛び起きた。

「・・・・ド・・ンヒョクssi・・。」
「驚いた?」
「あ・・なた・・婚約者を 心臓麻痺で失くすわよ。」
「それは危ないところだった。 気をつけるよ。 食事に行こう。」

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その店では マリアッチが 陽気な音楽を奏でている。
ギタロンを抱えた男が ジニョンにウインクしながら近づいて
隣に座るドンヒョクの 怒りの視線に 慌てて引き下がる。


「素敵ねこの店。 ドンヒョクssiも メキシコ料理なんて食べるのね?」
「アメリカ人は TEX-MEXが好きだからね。でも それよりも・・。」
「!」

ハンターが 獲物の首筋にキスをする。
「ここは騒がしいから こんなことをしても 誰も見ない。」
「もぅ・・・。」


サングリアの軽い酔いに 恋人の頬が染まる。
ジニョンの指にこぼれたサルサディップを
目ざとく見つけたハンターが 嬉しそうに 食べに来る。


「ねえ ドンヒョクssi・・・明日ね。」

「・・・・・・かない?」
マリアッチたちの歌声が ひときわ高く響きわたる。
恋人たちへの 贈り物の歌に
ジニョンの声が 消されてしまう。

聞こえないよ 何ていったの?
ドンヒョクの腕が ジニョンを引き寄せる。
恋人の耳元に唇をつけて ジニョンがささやいた。
「海へ 行かない?」

いいね。チェジュかな? もう泳げないけどね。
ああ・・でも 休暇は3日あるから タイかマカオでも・・。

「カンウォンド・・・は?」


「・・・え?」
口元に笑みをたたえたままで ハンターの眼が 少しだけ泳ぐ。
「・・・そうだね。」

そうだね ジニョン。

「きっと お刺身が美味しいわ。」
「・・・そうだね。」

マリアッチは歌う。楽しげな 恋の歌。
陽気なバイオリン弾きがやってきて ジニョンにソンブレロをかぶせた。

「この帽子 面白いわ。でも 私だと顔が中に入っちゃうわね。」
「・・・そうだね。」
「・・・・・・・。」

―そうだねしか言わなくなったハンターに ジニョンが微笑む。
 仕方のない人 血も涙もない狩人さんでしょ?  もう あなたは きっと大丈夫。


ふわり。

華奢な腕が 恋人にまわる。
驚いて顔をあげたハンターの唇へ まっすぐジニョンが飛び込んできた。
「・・・ん・・。」

いきなりキスの恋人たちを マリアッチたちが眼を丸くして見る。
やがて それぞれ目配せをして
甘いワルツに曲が変わった。

「・・・ジニョン。」

抱きしめられた腕の中。
ジニョンの優しい胸に包まれて ドンヒョクが ためらうように恋人を見る。

「ねえ。 “私以外の人”のことを 考えたでしょう?」
「・・・・。」
「よそ見はしない約束よ。」


ぎこちない頬をゆるめて ドンヒョクが微笑む。
そうだね・・。 君のことだけ 考えよう。

きっと  僕は 前に進める。


ドンヒョクが ジニョンの身体を抱きかえす。
大きな手で頬をさすり 深くて熱いキスをする。


笑いあっていたマリアッチたちは やがて コホンと咳払い。
互いに寄り添い 並んで立って
2人の前の カーテンとなった。

「ドンヒョクssi・・ これは人前でするキスじゃないわ。」

「そうみたいだね。 ・・・じゃあ 帰ろうか。」
 
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ほろほろ酔いの 舗道の上を
ドンヒョクとジニョンの 影がすべる。

「車を 拾わなくていいのかな?」
「もう少しだけ 歩きましょう。 夜風が酔いに気持ちいいから・・。」
「ずいぶん飲んだね。 僕の婚約者は うわばみだな。」


ドンヒョクssi・・・。
私は少し勇気が欲しくて サングリアを飲みすぎたのよ。
あなたに 東海を見に行こうと 言える勇気が欲しくて・・・ね。


「ちょっと・・寒いわ。」
「そうだろう? 車を拾うよ。」
「ドンヒョクssi?」
「・・ん?」
「年中 私の隙を狙っているくせに。 こんな時だけ 鈍いのね。」
「え・・?」

女性が寒いと言ったなら 肩を抱いてってサインじゃない。
ジニョンが ぷっと膨らんで 野暮天男が慌てて肩を抱く。

秋の夜。 
草むらの虫が遠くから 声を集めてリリ・・と鳴く。
少し冷えたジニョンの身体が ドンヒョクと触れた所だけ温もる。

「ジニョン・・やっぱり 車を拾おう。」
「どうして? 寒いの?」
早く家へ帰らなくては。 シン・ドンヒョクの 悲痛なつぶやき。


「このまま こうして歩いていたら ・・・道端で 君を襲いそうだ。」

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