ボニボニ

 

My hotelier 73. - BLOW - 

 




中央高速道路を 北へ向かい 
嶺東自動車道に入って 海を目指す。

車窓を流れる山々が もうずいぶんと 色づいている。


「え~と・・・。 カンウォンド三大美港の1つである南涯港は、
 港を中心に、入り江に細長い村があります。東海の日の出の名所に選ばれ・・。」
「ジニョン・・。 そのパンフレットは もう読んだよ。」

まっすぐ前を向いたまま シン・ドンヒョクが静かに言う。
読んだって 憶えちゃいないでしょう?

「・・・港の周辺は 至るところに大小様々な岩島が並び、
 防波堤で繋がる二つの島が とりわけ訪れる人の眼を引きます。」
「オモ・・・。」

ぷうっと ジニョンが ふくれっ面になり
その顔見たさに ハンターが チラリとこちらを向いた。
「そんなにパンフレットを精読したなら 当然予定は決まっているんでしょうね?」
「予定・・?」
「お昼の食事処よ。」


いや・・それは。 本当?じゃあねぇ ここにしましょう。
『新鮮なタコのコチュジャン風味が絶品!』

-----


「ジニョン・・。 これは 何・・だろう?」

茫然自失のハンターが テーブルの上を凝視する。

「何・・って。 タコのお刺身じゃない?」
「でも・・・ジニョン。 この刺身・・ せっせと皿から逃げているけど。」
「活きがいいのよ。」

物怖じしない恋人が コチュジャンの沼からうねうねと
逃げ出すタコを捕まえる。
「きゃー!いたた。 口の中に 貼りつかないで!
 っと・・・・んん でも 美味しいわよ。ドンヒョクssi。」
「・・・・・。」

彼女の可愛い唇から タコがぴらぴら手を 振っている。
ソ・ジニョンという宝物に キスする事を
今日僕は 初めて ・・・ためらうかもしれないな。

-----


南涯港の岸壁には 秋の風が吹いていた。


抜け上がる空には 刷いたような雲が拡がり
高みを見上げるドンヒョクは  ここに立った日を 思い出していた。


恨んでも 恨み切れないと 思った人。
憎いはずのその人に会った時  突きあげる懐かしさに 胸が 震えた。
初めて知った  本当の気持ち。


アボジ  僕は 
捨てられたくは ありませんでした。
アボジ  僕は
忘れられたくは ありませんでした。


閉じ込めていた 自分の叫びが 噴き出して 
あの日の僕を 飲み込んだ・・・。

-----


カモメが 悠然と 空をわたる。

その滑空を 見つめていたドンヒョクが ふと我に返った。


そういえば・・・ ジニョンはどこに行ったろう。
僕は きっとずいぶん長いこと こうしていたに違いない。

振りかえったドンヒョクは ついて来ていた恋人を見る。
呼べば聞こえるすぐそこで 
少女のようにしゃがみこみ ジニョンは 海を眺めていた。


「ジニョン・・。」

つぶやきほどの声を ジニョンは聞き逃さない。
すくりと立ち上がり ドンヒョクをまっすぐに見て うすく微笑んだ。

「そばに行っても ・・・いいですか?」

-----


長く続く砂浜を シン・ドンヒョクが歩いている。
恋人のサンダルを片手に下げ
うつむいて 少し虚ろに 歩いている。

ジニョンは 渚を歩いたり 貝を見つけて拾っている。
時折 ドンヒョクを見やっては 慌てて小走りについてゆく。


「・・・ねえ ドンヒョクssi・・? 波の音がしないわ。」
「ん・・? ああ・・夕凪だね。」
「夕凪。」


海辺の風は 昼間は陸に向かって吹き 夜は海に向かって吹く。
二つの風が入れ替わる ほんのひと時。 海は 風を止めるんだ。

「ふうん・・。それも ハーバードで習ったの?」
「・・・ジニョン。 これは小学校で習うことだよ。」

不勉強な学生がぺろりと可愛い舌を出して ドンヒョクの胸を温める。
入り江の防波堤にのぼると 海はトロリと静まっていた。


穏やかに拡がる 秋の海。
沖を見つめるドンヒョクが  遠くに 何かを見つけた。
「ジニョン・・・ Blowだ。」
「ブロー? ・・何?」
「風だよ。ほら あそこだ。」

夕焼けに照らされて 金を流したような海面を さざなみがやってくる。
波の上を ほうき星のように裾をひいて 2人に向かってやってくる。
「あれが 風?」
「そうだよ。 そろそろ・・風が変わるんだね。」


さああぁぁぁ・・・

「ああ 本当に風が来たわ!」
ジニョンが 明るい声をあげる。

―君の声も Blowみたいだな。
風に吹かれて ハンターが ジニョンの笑顔に眼を細めた。

 
「ねえ ドンヒョクssi。 お腹すいちゃった。お夕飯食べに行かない?」

潮騒が また聞こえだす。
夕凪が過ぎ 今夜の 新しい風が吹き出した。


出来れば夕飯は 皿から逃げ出さないものにしようよ。
もつれるように肩を抱いて 恋人たちが歩き出した。

-----


チェックインした リゾートホテル。
夜風に 波の音が混じる。
バルコニーに座るドンヒョクに ジニョンがグラスを差し出す。

コトリと置かれた コニャックの瓶。
「珍しいね。 こういう強いのは 苦手だろう?」
「あの日・・・。一緒に飲めなかったから。」
「え・・。」

私と一緒に 飲みましょうって。
あの時してあげられなかった事を 今じゃ・・遅い?
「ジニョン・・。」

―あなたのあの日を 抱きしめてあげたいって
 ずっと思っていたのよ。 ドンヒョクssi・・。

「これを飲んだら・・ あなたを抱かせて。」
「ジニョン。」
「私があなたを 愛しているって どんな時にも 忘れないで。」
「・・・・。」


Blow 
鉛色の記憶の上にさざなみを立てて 君の愛がやってくる。

ドンヒョクが 立ち上がる。
受話器を取って ナンバーを押す。

RRRRRR・・・

“ヨボセヨ・・”



「アボジ? 僕です。 明日・・会いに行きます。」

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ