ボニボニ

 

My hotelier 77. - 支配するひと - 

 




ソウルホテルの秋は バンケット需要で忙しい。


結婚式はもちろんのこと 種々のシンポジウムやイベントで
眼の廻るような忙しさだ。


“ジジッ・・! ソ支配人 ご返答ください。”

“はい! こちらソ・ジニョン。・・何?”
“バンケットミーティングに 第3会議室へお願いします。”

「ああ もう! また?!」
カモシカのような脚をひるがえして ソ支配人がターンする。
「30分で開放して。 じゃなきゃ 行かないわよ!」

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「VIP担当の責任者が 女なのか? ・・・このコ大丈夫なの?」

経済同友会の会合には 各界のお偉方も来るんだよ・・・。
うさんくさそうにジニョンを見て その失礼な男は 言った。


「ソ支配人は有能なスタッフです。女性と申しましても これでも
 ホテル専門学校の名門UNLVを出た才媛なのですよ。」
ユ支配人が ややあせり気味に説明をする。


―いいのよ! そんな余計な事を。
キュッと先輩を横目でにらみ ジニョンが丁寧な笑顔を見せた。

「ソ・ジニョンと申します。心してサービスに努めさせていただきます。」

「ふん・・。 しっかりやってくれよ。」


やがて打ち合わせが 進むうちに 男の態度が 少し 変わってくる。

にこやかに話を進めながらも ジニョンの質問は 細微にわたり抜けがない。
反対に男から聞かれた事には なめらかに 十分な答えが返ってきた。


「その他 ご質問はございませんか? 
 私の方からお伺いすることは 聞かせていただきましたので
 後は バンケット担当とお打ち合わせいただければ・・・。」
「ああ・・。 じゃあ・・ たのむよ。」
「それでは また何かご要望がございましたら お知らせください。」

すらりと 綺麗なお辞儀をして ソ支配人が立ち上がる。
ご苦労だったね。ユ支配人が へこへことしてねぎらった。


パタン・・

コツコツと 大股でジニョンが歩く。
「あー! もう 感じ悪い!」

サービス業の女に対して 必要以上の高姿勢に出る人間は 多い。
いくら慣れっこのジニョンとはいえ 決して 気持のいいものではなかった。


“そういう時こそ最高のホスピタリティ。それがホテリアーのプライドだよ。”

父の様に可愛がってくれた 亡き会長を思い出す。
ホテリアーの中のホテリアーだった人。

「そうよね。ホスピタリティ・・。 あー!でも 感じ悪い!」

えいっ! 
人目がないのをいいことに ジニョンが宙に向かってキックした。


「こら! きれいな脚をふりまわすな。 他の男を誘惑するつもりか?」
「オモ!ドンヒョクssi。 ・・テジュンssiのところへ来たの?」

いきなり現れた恋人に ジニョンが慌てて服や髪を整える。


ぐいっ・・。

近づいたドンヒョクが ジニョンの頬をわしづかみにする。
にっこり微笑んで それはそれは 優しい脅しをかける。


「テジュンssi? ・・そういう時は 役職名で呼んでもらいたいな。」
「はい・・理事。」
「僕はいい。ハン社長の方だけ。」
「ドンヒョクssiは・・社長の所へ来たの?」


ちらと周りに眼を走らせて ドンヒョクが素早くキスをする。

「もう終わった。帰りがけにキスする相手を 物色してたんだ。」
「もぅ・・。」

・・・ところでジニョン? そのキック。
「次のオリンピックに テコンドーで出たいの?」

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経済同友会のレセプションは 盛大だった。

会議室では様々なセミナーも行われ 
懇親会の名簿には 政財界の重鎮が ずらりと並んだ。


「おい君! VIP控えの間の方は大丈夫なんだろうな!!」
事務局担当のあの男が ヒステリックな声を出す。
飛ぶように歩くジニョンが にこやかに立ち止まる。

瑣末なチェックばかりを言って 駆け回るジニョンの邪魔をする男に 
彼女の我慢も 限界に近かった。
「はい。 皆様無事に到着なさって ご歓談中です。」
「それからあのな・・!」


「ダーァリン! ここにいたのかぁい?」
「ひっ!! 幹事長!?」
「まあ Mrジェフィー。 さきほど秘書の方が お探しでしたよ。」

ダーリンを探して ほうぼう歩いてしまったじゃないか。
どうだいソ支配人? 今日の懇親会は 美味いものが喰えるのかな。
べたべたとまつわる代議士を あしらうようにジニョンが笑う。

「名簿にお名前がございましたから シェフに申してありますよ。」
お好きな鮑もあるはずですという声に トドがみるみる 相好を崩す。

「やっぱり ジニョンはワカってるねぇ~。 控えの間はこっちかな?」
「ご案内いたします。 ・・・事務局長 お話はもういいですか?」
「あ・・はい。・・どうぞ。」

ソ支配人に案内されていそいそと去る代議士を 事務局男が呆然と見送る。

「何だ・・・。あれは?」

ユ支配人が にこやかにもみ手をして 男の疑問に答えてやる。
「我がソウルホテルは 普段からVIPのお客様が多うございますから・・。
 ソ支配人はそう 大概のVIPの方と 顔見知りでございます。 ええ。」
「・・・・・。」


事務局男が こっそりとVIP用控えの間を覗いてみる。
くるくると立ち回るジニョンに あちらこちらから 親しげな声がかかる。
どうやらあの支配人は VIPたちのお気に入りらしい。
「・・・・まいったな。」


「失礼。 通していただけますか?」 

背後で 深い声がして 事務局男が飛び上がる。
「あ!・・・あなたは シン・ドンヒョクssi!」
気難しく 懇親会などめったに出ない彼が なんと 今回やって来た。
今回のレセプションは成功だな。俺も 事務局長としての責任を・・・。

「ジニョン!」
「!!」

あんぐり口を開けた男の脇を 
いそいそと シン・ドンヒョクがすりぬける。

VIPの間からは 笑い声。 やっぱりな レイダースは出てきたか。
「ソ支配人が仕切る 懇親会じゃな。」

どこかでそんな声がする。
事務局男はよろよろと 廊下の植栽の影に 立ちすくんだ。

ジニョンがハンターの袖を引いて 控えの間から 廊下に出る。
「・・・私は仕事なんだから お願い! ドンヒョクssi。」
「何でデブ2が ああも 君にベタベタと・・」
「お願いだから頭取と呼んで! もう! 邪魔するなら帰ってください。」

「じっ・・! 冗談じゃない!」
「?」「え?!」

シン・ドンヒョクssiは 今日の懇親会の大物ゲストだ。
「き・・君はいったい! 何を馬鹿な事を 言っているんだ?!」
真っ赤になった事務局男が ジニョンに向かって居丈高に怒鳴る。

ドンヒョクは恋人の腰に腕をまわし ジニョンが 慌ててその手をはずそうとする。
「・・ええと失礼。 あなたは事務局長・・なのかな?」
「は・・はい! 私が今回の・・。」
「僕の婚約者なんだけど。 ・・彼女。」
「え・・ええっ?!」

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懇親会は なごやかに 成功のうちに幕を閉じた。
すべての ゲストを送り出し
チーム長の号令のもと 会場は 一気に撤収作業に入る。

ゲストのお見送りを済ませた後で 
クロークをチェックするソ支配人に
事務局男が 近づいて おずおずとした声をかけた。


「あ・・の ソ支配人・・。」

「はい?」
ジニョンが振り向き 最初の時と 寸分変わらぬ笑顔を見せる。

「ええと・・その・・・。」
男はうつむき また目を上げて ソ支配人に向かって言った。
「来年の・・レセプションを こちらにお願いしたいのですが。」


ぱっと ジニョンの頬が輝く。
ああ美しい人なんだ・・。 事務局男が 今さらながらに驚く。


“ホスピタリティー それがホテリアーのプライドだ。”
会長の声が ジニョンの中に響く。

とても美しいお辞儀を ひとつ。 ソ支配人がにっこりと笑った。


「ありがとうございます。それでは ご予約をうけたまわります。」 

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