ボニボニ

 

My hotelier 85. - 不埒 - 

 




ソウル郊外の見知らぬ街を  シン・ドンヒョクが 義父となる人と並んで歩く。


ジニョンの父親は結局 『Merger and Acquisition』の本を 買った。
「企業買収に 興味がおありなんですか?」
「・・・息子の仕事に 興味があるんだ。」


ソ・ジョンミンは 不思議な人だった。
愛想が良いわけでもないのに なぜだか 頼りたいような気持にさせる。

「君は 海外養子だそうだな。」
「はい。」
「ハーバード・ロウ・スクールを出たのか?」
「はい。」

うつむいて歩いていたジニョンの父親は 歩みを止めて 天をふりあおいだ。
「・・・シン・ドンヒョク。」
まっすぐに ドンヒョクに眼を向けて 教師であるという彼は 言う。


「よく・・ 学んだな。」

本当によくがんばった。 独り言のように 義父は言う。
心から 一直線で飛んできた言葉。 ドンヒョクは もう少しで涙ぐむところだった。
「君という教え子を持てた教師は さぞ誇らしいだろう。 ・・君は 本当によく学んだ。」
「・・・。」


ジョンミンは ゆっくりと歩いた。

「・・・・東海の父上には もう 結婚の挨拶をしたのか?」
「はい。こちらへのご挨拶が後になってしまって 申しわけありません。」
「そんなことはいい。 ・・・許せたのか?」
「・・・。」


シンプルで 心の真ん中を問う 言葉。
僕は アボジを 許せたのだろうか?
ドンヒョクは 今さらながらに 自分に問いかけた。

見知らぬ街は もう 冬の気配がしている。
澄んでゆく空気の中に 落ち葉の燃えるような 匂いがした。
ふうっと1つ息をして 一人語りのように ドンヒョクが話し出す。



「・・・・ジニョンと故郷の海を歩いた時。 ・・・夕凪だったんです。」

どうしてこんな話をする気になったのか。 ドンヒョクは自分をいぶかしむ。
ジョンミンが発した問いは  もしかしたらドンヒョク自身が 
自分に 確認してみたい事だったのかもしれない。


「その時は 風が 止まっていました。 だけど しばらくすると 
 風がそれまで吹いていたのとは 逆の方向に吹き始めて。 
 あの時 僕は ・・・自分のするべきことがわかったような気がします。」
「・・・。」

「アボジは弱くて・・・ 子どもを守り切れる人では ありませんでした。 
 だから これからは僕が強くなって アボジを 守ればいいんだと。」
「・・・。」
「僕は多分もう それができる。 ・・・ジニョンがそばに いてくれるからです。」



うっうっう・・・

「・・?・・」
ドンヒョクに負けないほど大柄な背を折って ジョンミンが 顔を伏せて泣いている。
ぼろぼろぼろと 両目からこぼれ出る涙が 鼻先で1つの流れにまとまって
ぱたぱたと 地面に染みを作ってゆく。

ジニョンの父親。
地中海式愛情の持ち主 ソ・ジョンミンは 臆面もなく泣き続け
ドンヒョクのハンカチで 洟をかんだ。


「ドンヒョク。」
「はい。」
「まだ結婚式前だ。 私の前で ジニョンを呼び捨てにするな。」
「・・・す、すみません。」
「さっさと歩け。 ジニョンが家で 首を伸ばしている。」
「はい。」

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料理上手のこの母親に  ジニョンは まるで甘えていたな。


ジニョンの実家の夕食は ドンヒョクにとって 
くすぐったいほど 温かかった。

ジニョンは父親に ぽんぽんと 遠慮もなくものを言い
その度に彼は こんな酷い妻でも君はいいのかと 娘の婚約者を脅す。
ジニョンのママは ハンサムな息子が 大層気に入って
隙あらば クロスワードを解かせようとした。


「今夜は家に泊まれ。 私と飲めないのなら 結婚は許さん。」

伝家の宝刀を振りかざすジョンミンに負け
ドンヒョクは かなりの酒量をつきあった。

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「ふう・・。」

ずいぶんつき合わせられたわね。 ごめんなさい。
「はい お水。」
お義父さんは? 酔っ払って寝ちゃったわ。


恋人のために 客間の布団を整えるジニョンの 華奢なうなじが 白い。
ドンヒョクが 照れくさそうに 嬉しそうに 微笑んだ。
「そうしていると・・ 僕の 奥さんみたいだ。」

ぽんぽんと シーツの皺を伸ばしながら
うつむくジニョンが 赤くなって微笑む。

「・・・奥さんになるじゃない。 もうすぐ。」


そうだねジニョン。
もうすぐ 本当に 君を手に入れる。

「ああだめだ ジニョン。 キスだけでもしよう。」
さすがに両親の監視の下で 不埒な行いは できないからな。
「・・・ん・・。」
そう言ったそばから 口先ばかりのドンヒョクは キスの合間にいろいろとする。
「だめ!ドンヒョクssi。 ・・もう! おやすみなさい。」

するりとジニョンが すり抜けて 哀れな眼の恋人を 置き去りにした。

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階下に降りてゆくと スヨンは 1人でお茶を飲んでいた。


「私も もらおうかな。」
「・・ドンヒョクssiは?」
「飲みすぎたって言っていたわ。パパが あんなに飲ませるから。」

仕方ないわよ。パパってば ついにお前を盗られるのかって 昨日は大変だったのよ。
「・・・。」
「レイダースってどんな奴だ?と言って ネットで調べていたわ。」
「ま・・。」


アメリカでは 結構有名な人なのね。なんでこんなエリートの金持ちが
うちのジニョンなんかを選ぶんだって。
「まあ・・・しっつれいしちゃうわ。 私の父親のくせに。」

・・・・だけど 彼の経歴を読んで パパってば ぼろぼろ泣いていた。

「そういうのに 弱いものね。」



とても素敵な旦那様だわ。 ジニョンは 彼を 幸せにしてあげられるのね?

「・・幸せにしてあげられるかどうかは わからないけれど 
 でも 私は 間違いなく幸せになるわ。それだけは 判っている。」
「まあ ちゃっかりしているわね。」

夜更けのキッチンテーブルで 母娘が 静かな笑い声をたてた。

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ヒタヒタ・・と 夜中の廊下をジニョンが歩く。
ドアの前で少したたずみ 意を決したように 部屋に入って行く。


「・・・来てくれると 思ってた。」
 
低い声が 嬉しげに揺れる。 ドンヒョクは 寝床に身体を起こしていた。

「ちゃんと 寝てるかどうか 見に来ただけよ。」
「ちゃんと起きてるかどうか 見に来たんだろう?
 もちろん寝られないよ。こんなに近くにジニョンがいるのに 離れ離れで・・なんて。」
「・・・また そんなことを言う。」

「おいで。」


眼鏡を外したドンヒョクは  普通より少しだけ 視線が強くて
ジニョンは もじもじと 臆したようにそばへ寄る。
ずるいわ そんな眼をするのは。 階下には 私の両親がいるんですからね。
「・・・・一緒に 寝るだけ・・よ。」
「大丈夫。 僕は紳士だ。君の嫌がることはしない。」

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ジニョンは 素敵だ。 
千回も 一万回も 同じような手に引っ掛かってくれる。


「一緒に寝るだけって 言ったでしょう・・。」
「撫でているだけだよ。 静かにしないと 下に聞こえる。」 
「ドンヒョクssi・・。 もぅ うそつきなんだから・・・。」
「うそはついていない。 ジニョンが嫌がることは していないだろう?」
「・・もぅ・・。 ・・あ・・・」
「だめだよ。 声は 我慢して。」

ジニョンの白い手に 指をからませて ドンヒョクがしっかり恋人を捕まえる。
結局 不埒なハンターは 夜に乗じて愛を囁く。


パパとママとの 眠る上。
シン・ドンヒョクは ちょっと首をすくめながら 愛しい人を揺すっている。
恋人の口からこぼれる声を 丁寧に 優しいキスで吸い取っている。
「ん・・・・。」


―見つかったなら ・・殴られればいい。
 不埒な僕は 結婚前に ジニョンを抱いてしまったから 
 パパには2,3発殴られても しかたがないな。

でも先生。結構パワーありそうだったな。 殴られたら青アザになるかもしれない。


「ドンヒョクssi・・? 何を・・・笑っているの?・・」
「・・・え?」
他の事を考えてたわね! もういい 私 部屋に帰るから 離して。

慌ててなだめるハンターに ジニョンがふくれてそっぽを向く。
「ねえジニョン。 ジニョン? 愛しているよ。」
「知らない。」
「知らない? じゃ もう一度教えてあげるよ。 ・・・愛している。」
「・・・ぁ・・」

大きな手が 柔らかな頬を撫でてゆく。
恋人の胸に すっぽりと抱き入れられて 
気持ち良さそうに ジニョンの身体が ドンヒョクの肌をすべる。


「ドンヒョクssi・・。」
「ジニョン。 僕たち 幸せになろう。」 


肩の荷が下りたハンターは  うっとり 恋人を味わっていた。

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