ボニボニ

 

My hotelier 89. - 激怒 - 

 




『発信:シン・ドンヒョク
 申し訳ない。 今日の予定はキャンセルさせてください。』


珍しいこともあるものね。
ジニョンがメールに 首を傾げる。


いつだって 万難を排して デートの予定を守る彼。
珍しく 向こうから断ってくるなんて。
「よっぽど 大事なお仕事なのね。」

振られちゃったから イ先輩とご飯でも食べにいこうかな?
ジニョンは 気軽に 気分を変えた。

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「ソ支配人? 理事・・どうかなさったの?」
「え?」


ハウスキーパーの2人が ぴょこぴょこと争って覗くように 聞く。

「サファイア・ヴィラ。 ずっとDon’t disturb なの。 昨日も今日も。」
「あら 何だろう? 部屋にいるの?」
「鍵は かかっているんですけどね。」
確か 仕事で忙しいはずよ? でも 何だか変ね。


メールを送って見たけれど 一向に 返事が戻らない。
「うん・・?」

そうこうしているうちに 厨房までが聞いてくる。
「理事どうした? 全然ホテルで食事しないぞ 昨日も今日も。出張か?」
「出張? 聞いてないけど   ・・・食事 していないの?」


携帯にかけてもつながらない。オフィスにかけると若いスタッフが出て
ボスは 不在です と言った。
「どうしたのかしら? ドンヒョクssiが 消えちゃったわ。」


支配人オフィスに顔を出して 指示をしていたテジュンが 言う。
「ハッ 野生の獣が姿を消すのは 獲物を狙う時か ・・・痛んだ時じゃないか?」
「テジュンssi・・・?」 


そういえば・・・ ベルスタッフがふと 思い出した。
僕 一昨日の夕方 理事に似た人を見ました。 

「何だか うなだれて歩いていたから 別人かと思いましたけど・・・。」
「!」



突然 ジニョンの顔がこわばる。 ドンヒョクのオフィスを もう1度呼ぶ。
「レオさんを 呼んでください。 ・・・いるんでしょう?」
「あの・・・。」
「早く 呼んでください!!」


「ジニョンさん・・・。」
おずおずとしたレオの声が 受話器の向こうに聞こえる。
「嘘は つかないで下さいね。 ドンヒョクssi・・・病気なの?」
「ジニョンさん・・・。」
「答えて! 病気なの?」

インフルエンザなんです。ホテルの皆さんは 客商売だから 伝染したら大変だと。
「だからって 1人で閉じこもって 寝ているわけ?!」
「・・・一応 発生後に薬は飲んだ・・と言っていましたが。」


ガチャン!
レオの耳に 受話器が叩きつけられる。
痛む耳を手で押さえながら やれやれとレオが首を振った。

「ほらな・・。バレたらジニョンさんは 怒るって言ったじゃないか。
・・・ボスには 面倒を見てくれる人ができちまったんだから もう 頼らなきゃ。」

それでもこれで ボスは大丈夫だな。レオは ふふっと肩を揺らした。




サファイア・ヴィラへの坂道を 憤然として ジニョンがのぼる。
ドアの前で仁王立ち。 フン!と怒って 鍵を開けた。


バンッ バンッ!


立て続けにドアが開く。 寝室のドアを 壊さんばかりの勢いで開ける。
「ドンヒョクssi!」


ベッドの周りは寝乱れて シーツに埋まるドンヒョクは 荒い息を吐いている。
「・・・・来る・・・な。」

「バカな事を言わないで! あなた 私を何だと思ってるの?」

私 あなたの恋人じゃないの? 妻になろうって女じゃないの? 
あなたが病気の時に なんで面倒を見られないわけ?! 冗談じゃないわ!
「ど・・・なるな・・頭が・・痛・・い。」


鬼神のごとき憤怒の形相で ジニョンが 額に手を当てる。
「ああ・・こんなに熱い!! 汗もひどいじゃない! もうっ!」
ジニョンが涙声になる。
面倒をみてもらった経験がないなんて もう! 許さないわよ!

おばさんごめん! 手伝って。
ジニョンが ハウスキーパーを呼ぶ。 二人は先を争い 飛んできて
パジャマとずぶ濡れのシーツを変えた。

「だめ・・だ・・・。 インフル・・エン・・ザ・・・だ・か・・ら。」


ああもう! うるさい! 理事はもう 黙って寝て。
私たちは 客商売よ! 皆ワクチン接種はしているの。
ほら また熱が上がってきてる。 寝ないと承知しないわよ!

薬と水を流し込まれて シン・ドンヒョクが シーツに埋まる。
怒りに満ちた恋人を 熱にうるんだ眼で眺めながら 程なく彼は眠りに落ちた。

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いったい どれ位たっただろう?


シュウゥゥ・・という 機械音に 風邪引き男が眼をさます。
ベッドの傍にはジニョンがいて 加湿器の具合を直していた。
「・・・ジニョン・・。」
「・・・・・。」
「・・ジニョン?」


知らない。 病人は 黙って寝ていなさい。
ふくれっつらの恋人は 枕元にくると ドンヒョクの脇に体温計を挿した。
「ほら・・まだこんなにある。・・・お水は?」
「少し・・。」


だめよ 身体を起こさないで。 恋人をベッドに押さえつけて
ジニョンが口元に水のみを運ぶ。コクコクコク・・と喉をうるおしながら
幼い日に 母に看病された日を ドンヒョクは 思い出していた。

「・・迷惑を かけてしま・・・。」
「ヤ! シン・ドンヒョク!!」
ジニョンの瞳が ごうと火を噴いて その剣幕にハンターは唖然とする。


ジニョンの大きな 大きな眼がいっぱいに開いて そこに涙が盛り上がってくる。
「許さないわよ。 今度こんなことをしたら破談にします!」
「・・・ジニョン・・。」

「これじゃあ 健やかなる時も病める時もって あなたと 教会で誓えないもの!!」


ぽろぽろ流れる涙を 乱暴に手のひらで拭って 心配したわ と ジニョンが言った。

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“今度 風邪を引いたら 何があっても 皆に面倒を見てもらおう・・。”


それから回復までの3日間で ハンターは 思い知らされる。


ジニョンの夜勤時間になる頃には ぷりぷりに怒ったジェニーがやって来て
ぶつぶつ文句を言いながら 兄に お粥を食べさせた。
「アタシはオッパの妹じゃないの! なんで アタシには言わないの?」
「・・・・・。」

料理長カンカンよ。 なんて不義理をする奴だって。
「特上のコンソメ 作ってくれたんだから。 ・・・後で食べてよね!」
「・・・・・。」


夜にはテジュンまでが やってくる。

「あぁ 年末のホテルは忙しくて。 サボる場所も見つからない。」
―だいぶ良さそうじゃないか。 鬼の霍乱っていうから 笑ってやろうと来たのに残念だ。

「ジニョンが泣きべそかいてたぞ。 繁忙期に支配人を泣かせないでもらいたい。」
―まったく 馬鹿みたいに不器用な奴。 人に甘えることも知らない。


「社長が わざわざ・・・こんな所へ・・。」
―僕・・の恋人だ・・ジニョン・・と 呼ぶな・・・。

「こんな所とはご挨拶ですね。 ソウルホテルの誇るサファイア・ヴィラを。」
―ざまないな。せいぜいジニョンに可愛がってもらえ。けっ。



そして朝には ハウスキーパーがやってきて ウニの如くの チクチク嫌味。

「ま・・アタシたちなんか 頼りにならないもの。」
「そうそう『Don’t disturb』 あっち行けって感じなのよね。」
「・・・・・。」

いいのよいいのよ どうせアタシたちじゃね。 そうそう看護もできないし。
2人は手早く 水やらタオルを替えて ついでに熱も測ってゆく。

「ま・・・ アタシたち お医者の知識もないからね。」
「これでも コドモは育てたけどねぇ。」
「・・・・す・・み・・ません。」


どうやら僕は ソウルホテルを 丸ごと敵に回したらしい。
冷却剤を額に貼って ハンターは首をすくめていた。

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「お水はどう?」
「少し。」

水のみを取り上げるジニョンに 病み上がりのハンターが 甘えてみせる。
「僕なら そんな物で飲ませないな・・。」
「オモ。」


少し元気になったのかしら? コップの水をひとくち含み ジニョンがそっとキスをする。
「もう少し・・。」
「インフルエンザじゃ なかったの?」

可愛いジニョンの眼がうるむ。 怒っているのよ ドンヒョクssi。
皆と生きると 決めたんでしょう? もう 一人では 痛まないで。
「迷惑を かけたくなかったんだよ。」
「迷惑?」
「・・・・・悪かった。」


おいで ジニョン。 ・・・ちょっと・・だけ。
ハンターが 毛布から手を伸ばす。

元気な時だけ寄ってくるんだから。 ジニョンがにらんで 恋人の手を毛布に戻す。
「きゃっ!」
つかんだその手をぐいと引いて ハンターが獲物を引き入れた。
「お陰様で 回復したみたいだ。」

また 風邪がぶり返すじゃない。 弱った僕に 優しくしてくれないつもり?
毛布の中で じたばたと 恋人たちが争っている。

「頼むよジニョン。 少しだけ。」

風邪の時に有効なのは 
温かい飲み物と ジニョンだな。
だけど僕は もう少し 栄養補給が必要だ。

「もう少し ・・脚を開いてくれよ。」
「だめよ本当に。 ドンヒョクssi もうおしまい・・。」

こんな所で終われない。聞き分けのないハンターは ふらふら獲物を押さえ込む。

「ぶりかえしたら ・・・怒るわよ。」



呆れ顔の恋人は ゆっくりと 愛撫する手に眼を閉じた。

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