ボニボニ

 

My hotelier 94. - お客様 - 

 




ソウルホテルの 16時。
ロビーラウンジの片隅に シン・ドンヒョクが 上機嫌で座る。


―ジニョンは 何を着てもよく似合う。
 それがウェディングドレスとなると・・・ どれほど美しいか。


結婚間近でにやけている男など 軽蔑の対象以外の何者でもなかったはず。
ドンヒョクは 見事ににやけている自分の姿に いささか呆れて
読みかけの雑誌の陰に 笑みをかくした。 


「ねえ? ソ支配人 ずいぶん顔色悪くなかった?」
「そう?」
ドンヒョクの座るソファの後ろを ベルスタッフの声が歩いてゆく。
―ジニョンが? 具合でも悪いのか。

「年末で忙しいし結婚式も近くて 疲れているんじゃない。」
「でも あの顔色・・。 案外 オメデタだったりして?」
「え~っ? じゃあ フライング?」
「オモ! さすが理事 仕事はや~い!」

きゃー! と明るい声が遠ざかる。

Newsweekが静かに引き下げられて 呆然と眼鏡を光らせたハンターの顔がのぞいた。
「ジニョン が・・・?」

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うなじを見せてうつむく君が 美しすぎて 息が止まる。


ウエディングドレスの仮縫い室に にこやかなドンヒョクが座る。
結婚式まで内緒にしたいのに・・ ジニョンは 少し不満げだ。
―冗談じゃない。 こんなにきれいな君を 1日だけしか見せないつもりか?

「ま・・あ・・ 本当によくお似合いですよ。」

トレーンを長く引くシンプルなドレスは 襟元が開いて 華奢な鎖骨がのぞいている。
「首元が 寒くないかな?」
ウフフ・・ まだおっしゃる。あんなに揉めたのに。
「ご主人様は何があっても 他の方に奥様の肌を見せたくないんですね?」

いや それもあるけど。
―身体を冷やすのは ・・・良くないだろう?


「ウエスト。 ちょっとつまみましょうか?」
「ええ 少しゆるいです。」
パタンナーはリストに巻いたクッションから ピンを抜いて修正してゆく。

「あ・・の! そのままでいいんじゃないかな。お腹を締めては その 苦しいだろう?」
照れくさそうなドンヒョクの もじもじとした要求。
客とお針子は きょとんと見る。


もぉ・・ ドンヒョクssi?

「私が 披露パーティーで ご馳走をぱくぱく食べるだろうと言いたいわけ?!」
いや それもあるけど。
―身体を締めつけるのは ・・・まずい。

「いいから ドンヒョクssiは黙って。 大人しくしていてください。」



店を出ると 12月のソウルの街は ずいぶんと冷え込んでいた。
慌てて ドンヒョクはコートを脱ぎ ジニョンにかけて抱きしめる。
「ち・・ちょっと。 人が見ているわ。」
「他人がなんだ。 君が 身体を冷やしたら大変だろう。」
「だって私 自分のコート着ているんだから・・ ねえドンヒョクssi。」
「その靴! ああそんなヒールは もう止めないと。」
「は・・・?」

いったい彼はどうしたの? ジニョンは ん?と首を傾げた。

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サファイア・ヴィラの24時。

ジニョンの肩にかかった紐を ドンヒョクがそっとすべり落として
姿を見せた愛らしい突起に 吸い込まれるように 唇が寄る。
「・・あ・・・。」

ふと ドンヒョクの動きが止まる。
いったん唇を離してから 吸いこむようにしゃぶってみる。
ジニョン。 ・・・君 僕の子どもを産むのか? 

「ジニョン? 寒くない?」
「寒くないわ。」
―寒いどころか この部屋 少し暖房が強いくらいじゃない?

大きな手が 背中を支えて 愛しい人を そっと横たえる。
なめらかなシーツに埋まりながら ジニョンはうっとり眼を閉じる。
彼の手が なぜか今夜はためらいがちに おずおず身体を撫でてゆく。

覆いかぶさろうとして ドンヒョクは 腕立てのままで困っていた。
「・・・? どうしたの。」
ジニョンのお腹が つぶれるかなと思って・・。
「今夜はこのまま・・抱き合うだけにしようか。」
どうしたの? 本当に変よドンヒョクssi?

「ねえジニョン。 病院には行ったの?」
「え?」
「その 顔色が悪いって・・ スタッフの人が言っていたから。」

ふわり・・。ジニョンが抱きしめる。 まあ心配してくれていたの? もちろんだよ。
「ちょっと過労気味だったの。 でも大丈夫 注射してもらったから。」
「で・・ その 予定日は いつになるのかな?」
「何の?」
「えっ?」
「えっ?」

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―僕とした事が 情報の事実確認もせず いったい 何をやっているんだ。


ジニョンときたら 身体を折って笑っている。
「笑いすぎじゃないか?ソ・ジニョン。 元はといえば 君の部下のガセネタのせいだ。」
「ドンヒョクssi。 それでレストランで ビール飲ませてくれなかったのね?」
「妊娠初期には 何があるか判らないからね。」

あ!ドンヒョクssi! またベビーグッズを 山ほど買ったんじゃないでしょうね!
「失礼だな。同じ過ちは二度としない。君にいろいろ聞いてからと思っていた。」
―実は・・・ 特注の木馬とベビーベッドだけは 注文した。

可笑しかった じゃあ寝ましょう。 
「冗談じゃない。」
いきなり恋人の頬をつかみ にっこり笑ったハンターが もう遠慮なしに押さえ込む。ねえジニョン? 
「お腹が空っぽで押しつぶす心配がないのなら このまま寝るなんてとんでもない。」
「オモ・・」


それにしても・・。

満腹顔のハンターが 腕枕にもたれる恋人を 愛しげに撫でている。
「ジニョン。 君 かなり疲れているだろう?」
「降参。くたくたよ・・・。」
「いや今はいいとして。 少し・・ 仕事をセーブできないのかな? 
 式の事なら 僕が出来るだけ手伝おう。 セクレタリをつけてもいいし。」

そうね・・・。 実は 悩んでいるの。

「料理長と厨房の皆には 何があっても 披露宴に出席して欲しいの・・・。
 だけど Mrジェフィーや プリンスまで来るのよ。
 ソウルホテルで彼らを満足させられる料理を出せるのは ノ料理長だけだわ。」
「・・・・・・。」
「ゲストには いつだって最高のソウルホテルを見て欲しいのよ。」

可愛い人の 大きな眼が潤む。
ああジニョン・・こんなときでもやっぱり君は お客様を 見つめ続ける。
君は 確かに ソウルホテルが結晶して出来た妖精なんだ。

「My hotelier。」
「え?」
「僕のソ支配人。 ・・・・心配はいらない。」
「え?」
「この問題は 理事が引き受けよう。」

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翌日からの 「シン理事」の行動は 眼をみはるものだった。
いつ書き上げたものやら 企画書類を抱えてやってきて
社長室に 総支配人や料理長と共に 閉じこもる。

ドアが開くなり 厨房業者・施工業者・・様々な取引先が待ち構えて
次々 打ち合わせが始まった。
何が 起きたの? 順繰りに スタッフ達が社長室に消える。
やがて ひょいと顔を出したドンヒョクが にこやかに笑った。

「ああジニョン。 ミーティングをするから 15時に会議室だ。」

「・・・ドン・・ヒョクssi?」

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15時にドアを開けると ジニョンの他は全員が席にいて にこやかな笑顔を見せていた。

「遅刻だぞ・・。 ソ支配人。」
デスクエンドのシン理事が いたずらそうな笑顔を見せる。
「さあでは 確認事項から行こう。」

明日から 業者作業所内に於いて厨房を組み立てます。
ノックダウンして搬入すれば 現場工期は48時間もあれば十分でしょう。
「いや 調整時間を大目に取ろう。もう6時間見てくれ。」
「あ・・・の・・・?」
「質問ですか? ソ支配人。」

「何を するの?」
「ダイアモンド・ヴィラの庭に オープンキッチンを作るんだ。
 ガーデンパーティ用の仮設備ではなく 配管して業務用厨房一式を組み上げる。」
「なんで・・すって?」

ジニョン? もしも僕が一流の料理人で 大切な人の結婚を祝うことになったら 
「僕なら テーブルに座って人の作った物を食べて 祝辞を述べるより 
 自分の料理で その人の船出を 祝ってやりたいと思う。」
「・・・・。」

ソ支配人の大きな眼が 料理長に向けられる。
糸のような眼を ニッと引き絞って 料理長が笑った。
「ジニョン・・ 私以外のシェフに 祝宴のテーブルを任せるつもりでいたのか?」 

その光景に グスと鼻をひとすすり ユ支配人がしゃしゃり出る。
「ジニョン・・ 私たちが 最高のサービスを見せてやるよ。それが祝辞だ。
 理事が言ったよ。 ソウルホテルが開く『披露宴という名のパーティ』をしようと
 主役はゲスト。 そしてホテリアーが提供するものは?」
「・・・ホスピタリティ。」
「大変だな。 君と理事は アイスカービングの代わりにお飾り物だ。」

あっはっは・・と 会議室が笑う。 ジニョン1人が 泣きべそ笑いをしていた。

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サファイア・ヴィラへの坂道を ドンヒョクとジニョンが上る。

「ドンヒョクssiは ・・良かったの?」
「ソウルホテルで披露宴をする以上 
 君は ソ支配人を脱ぎ捨てることはできないからね。」

―それに 僕はもう とっくの昔に“お客様”は 返上したんだ。
 結婚式の花婿なんて どうせアイスカービングの白鳥みたいなもんだ。
 せいぜい 皆に楽しんでもらおう。

ジニョンの肩を抱き寄せる。
僕は ソウルホテルごと 君を手に入れた。


「・・・だけど 頼むぜ。ジニョン 教会でだけは花嫁でいてくれ。」

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