ボニボニ

 

My hotelier 95. - 相棒 - 

 




「だから申し訳ないが その話は受けられない。 ・・・報酬? 
 いや フィーがどうこうという事ではなく 完全にこちらサイドの事情なんだ!」



シン・ドンヒョクは腕を組み デスク向こうのレオを見る。
・・・電話じゃ見えないのに ずいぶん派手なジェスチャー付きだな。

やれやれと受話器を置き レオがこちらへやって来る。
「まいるよな。 チェンバーグループの話。 断ったのに まだ食い下がってくる。」

「何だっけ? シンガポールの ホテル買収か。」
「ああ・・・。アジア地域も だんだんと欧米のホテル資本が 
 ビジネスとして重視する規模になってきたな ボス。」


じゃあ 僕たちのソウル移転は 先見の明があったってことか?

「先見の明? 俺の記憶では ソウル移転は“きわめて個人的な事情”からだったと思ったけどな?」
くっく・・と笑うハンターに  レオが 呆れて見せた。


ところで ボス・・ こんな時期に何なんだが 休みをもらえないか?

「クリスマスホリディ?」
「いや・・その前には戻ってくる。 ちょっと・・あっちに行きたいんだ。」
「・・・・・。」 

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コトリ・・


カサブランカのカウンターに 黒檀のピックを挿したマティーニが乗った。
長い指が ステムを支え
ドンヒョクが眼を伏せて グラスの縁に 口づける。

「今夜は お待ち合わせですか?」
・・ん? いや。
「ジニョンは夜勤。 今日はバーテンダーに遊んでもらおうと思ってね。」

口では軽いことを言いながら 今夜のカウンター客は沈みがちで
グラスにリネンを回しながら
バーテンダーは 少し いぶかしむ。

「レオが・・・休暇を取ったんだ。 今 アメリカへ帰っている。」
「お家の方に何かあったのでしょうか?」
「家族は いないんだ レオ。」
「・・・・。」

そうさ 家族なんてものは 僕たちのボキャブラリーには無用だった。
「敵」と 「ディール」と タッグを組む「相棒」。
それだけが 僕たちの世界だった。
殺伐としていたけど それなりにスパルタンで ゴージャスだった。

「帰っちまうのかな・・・。」
「はい?」


レオと言うのはね。 あれで すごく有名な弁護士なんだ。

僕が学生だった頃から 業界じゃレオナルド・パクっていったらビッグネームだった。
裁判になった時のロジックが 大胆で 緻密で 鳥肌が立った。
「よく・・ 僕なんかと組んでくれたよな。」

「1度 お2人の出会いの事を お伺いした事がございますよ。」
「・・70ドルで ウォール街一番の弁護士を買ったって?」
「・・・・・。」


そうだ。 僕には 過ぎたくらいの相棒だったんだ。

「マティーニを もう一杯。」
「かしこまりました。」

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レオが休んで 5日経つ。

彼が仕込んだスタッフは 何の支障もなく 仕事をこなしてゆく。
その中で ドンヒョクだけがただ1人 レオの不在に ため息をついていた。


―レオ・・・ 行くのか?

レオが行くのなら 僕に引きとめる権利はない。
だけど 彼を失うのは・・辛いな。 ビジネスのことではなく。

「まあ・・仕方がない。 僕は 全てを捨ててたった一人の女を捕まえた男だ。」




サファイア・ヴィラの 午前3時。


ジニョンがご機嫌伺いに寄ると 
ドンヒョクはベランダで ぽつん・・と 夜を見ていた。

「どうしたの? 寒いでしょう?」
「ああ。 よく来たね。 コーヒーでも?」
「ありがとう。 披露宴のゲスト名簿を チェックをしてくれる?」

・・・しかし 大人数になってしまったね。
ドンヒョクが パラパラと名簿をめくり レオナルド・パクの名前に 指を止める。

「あ! そうだレオさん。 ジェーンとバーバラを連れてくるわよね?
 も~ あの派手な2人が来ると ホントにぎやかなのよね。 困っちゃう。」
でもねぇ ユ支配人や若いスタッフは ブロンド大歓迎だから しょうがないか・・。

ふうふうとコーヒーを吹く恋人に ドンヒョクが薄く笑う。
「ジェーンたち? もう帰っただろう?」
「帰るどころか本格的に移住でしょ? レオさん 手続きに帰ったじゃない。」 
「・・・え?」
「休み取って アメリカ行ったでしょう?」
「え?」

どうして君が そんなことを知っているのかな?

にこやかなハンターが 愛しい人を抱き寄せる。 な・・何よ。
「だって あの2人。 時々 私と屋台で飲もうって誘いに来るんだもん。」
「なるほど。」
で? 君は あの派手な女たちとつるんで夜の街を徘徊しているわけだ。 初耳だな。

「ドンヒョクssiが 忙しい時とか・・・本当に たまによ。」
「ふうん?」

ジニョンの話に すっかりご機嫌のハンターが 獲物の頬を片手でつかむ。
「僕の花嫁さんは なかなかすみに置けないんだな。」
「ド・・ンヒョク・・・ssi・・」

ドンヒョクssi、ドンヒョクssiってば もう! 休憩時間なんだから だめよ・・

「大丈夫だよ こんな夜中に呼び出す奴はいないさ。
 もしも インカムが鳴った時は “ソ支配人は理事に呼ばれて仕事中”と言え。」
ちょっと待ってよ! バタバタと可愛い人が抵抗するのを
胸の曇りが 一気に晴れた 陽気なハンターが押さえ込んだ。

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空港の到着ロビーは たくさんの人で溢れていた。

著名なラグビチームが アメリカから帰国するとやらで 
ファンやプレスが 人垣を作る。

その人垣の中を 申しわけなさそうに 小柄なビジネススーツの男が通る。
何だよ・・ さえねーオヤジかよ。
お目当ての選手が来ないので 若い男が 悪態をついた。

ぐいっ!

若い男の胸倉が すごい力で締め上げられる。

「お前・・・。 彼が誰か 知って言っているのか?」
眼鏡の底を光らせて シン・ドンヒョクが 男に凄む。

「知・・・りませ・・ん。」
絶対に只者でなさそうなハンターに 若い男は震え上がる。
「す・・・すみません・・。」
もういい。ハンターが男を振り捨てる。ごほ・・とむせた男は 人混みに逃げた。


「ボス・・?」
どうしたんだ? 空港に何か用があったのか。
「誰かの 見送りか?」


その時 黄色い声が上がり ラグビーチームが姿を現した。
一斉に動く人波の中 ドンヒョクが くるりと踵を返して歩き出す。

大股で歩くドンヒョクの後を レオが小走りについてゆく。
背中に小さな足音を聞いて うつむくドンヒョクの 口元が 笑った。
「・・・ボス?」
何か変だなボス。 トラブルか? 段取りは組んでいったはずだけどな。 

「いや・・・。」

照れくさそうに ドンヒョクが振りかえる。
「うちのスクラムハーフを 迎えに来たんだ。
 お前がボールを出してくれなきゃ スタンドオフは走れないからな。」
「ボス・・・。」
「お帰り レオ。」

はっ・・とレオが小さく笑う。 明日は きっと雪になるな。


乗っていくか? ジャグワーのドアを開けるボスに
すまなそうなレオが あっち・・と顎をしゃくる。

「Hi! Leo♪  Wao! Frank!」「 Frank! Darling!」
派手なブロンド2人が カマロのコンバーチブルから手を振っている。
「ぐ・・・。」

レオ。 悪いがここで失礼するよ。お前らと同行するのは 遠慮したい。
「明日から出社だ。 遅刻するなよ。」
ジャグワーに乗り込むドンヒョクに レオが小さな包みを 差し出す。
「何だ。」
「お土産だよ。 ・・・お留守番のボスにな。」

ぎりっとレオをひと睨みして ドンヒョクが包みを受け取る。
「ジニョンさんにだ。 ヘンリーベンデルで一番高かったんだぜ。」
「・・・何だ?」

「ブルーシルクの ガーターベルトさ。 Something Blueだろ。」
「最高だな。」
「最高だろ。」

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ソウル市内に向かうルートを シン・ドンヒョクのジャグワーが走る。

助手席のシートには 小さな包み。
僕の手で ジニョンにつけてあげようかな。

これが「僕へ」のお土産か。 さすがは僕の相棒だと ハンターが笑いを噛みしめた。

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