ボニボニ

 

My hotelier 96. - マリッジ・ブルー - 

 




サファイア・ヴィラの25時。



冷え込んだ夜空のどこかには きっと煌々と 月が出ている。
ベランダに出るまでもなく 灯りを落とした室内が 月の光に浮かんで見える。

ベッドの上に腕を立てて たくましい背を折り曲げ
ハンターが 身体の下に組み敷いたジニョンを うっとり覗きこんでいる。


夜目にも白い なめらかなうなじが 小さく息づいて 上下する。
はぁ はぁ・・と 彼女の呼吸が乱れているのは自分のせいで
ドンヒョクには それが少し申し訳なくて この上なく 愛しい。


そっ と 片手でを頬を包む。
「・・・もう 寝たい?」

眼を閉じたままのジニョンの顔が ドンヒョクの掌を さけるように横を向いて
ええ眠い と小さく答えた。
「? ・・じゃあ おやすみ。」

ほんの少しの 違和感。
ドンヒョクは ジニョンの横へ身体を落として 腕枕を差し入れる。
いつもなら 掌の中の彼女は甘えるように頬を掌にすりつけ 寝かせてと言う。

―・・・疲れて いるのかな。

もちろん彼女の毎日は 眼がまわるように忙しい。
今夜は 無理をさせてしまったのか? 
ジニョンを背中から抱きしめて ドンヒョクは ぼんやり髪を撫でていた。


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「ジニョンさんの為に これまでの全てを捨てたんだろ?
 今のボスには とにかく結婚が重要案件だよ。 ・・仕事は 待たせておけばいい。」

相棒が そんな風に言ってくれて
今冬レオとドンヒョクは  早めにクリスマスホリディに 入ることを決めた。


大規模になってしまった披露宴の準備。
着々と進む新居の建設。
出来るだけのことを僕が引き受けよう。 ジニョンは Hotelierでいればいい。

そう言ったら 喜んでくれた・・・はずなのにな?

 


ソウルホテルの フィットネスクラブ。

シン・ドンヒョクは ジムのトレーニングメニューをこなす。


“理事のメニューはアスリート並みです。ビジネスマンのものではありませんね。”
トレーナーが呆れるほどの ハードメニュー。
そのメニューをこなすために必要となる 無我の集中が ドンヒョクは好きだった。
「はっ・・。」

きついマシントレーニングを終えたハンターが クールダウンを始める。
ゆっくり息を吐きながらのストレッチに
筋肉繊維が みりみりと伸ばされてゆく。


そして メニューをこなしている間は忘れていた 数日来の疑問が 
クールダウンの時になって ドンヒョクの胸に戻ってくる。


―どうして この頃ジニョンは 屋上に行くのだろう?

大きなお腹でふうふうと歩くスンジョン女史を 車で送ったときの話。

「ねえ? 理事 ・・・お2人 何か結婚に問題が あるんですか?」
僕の関知している範囲内では 問題は 何もないと思いますが。
「それが・・ 何か?」

ジニョンってば この頃 屋上通いが多いんです。
「問題がないとすると ・・・もしかして。」
「もしかして?」
「マリッジ・ブルーかもしれないわね。」


マリッジ・ブルー?
僕たちの愛は もう十分試されたのでは ないのかな・・。
ここまで来て 君はまだ 僕でいいのかと 悩むのか?

口元を覆ったタオルをばさりと投げて ドンヒョクが立ち上がる。
もう1クール ハードメニューをこなそう。
僕は 君を失えない。 
「誰よりも 君は それを知っているくせに・・。」

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鉄扉が 重い。

12月のソウルは 切るような寒さだった。
そんな寒風の屋上へ うつむきがちのソ支配人が歩いてゆく。
はぁ・・・。 ため息と共に眼をあげた彼女は 突然びくり・・と固まった。


「ドンヒョクssi・・・。」

ジニョンの声に 風の中に立っていたスーツ姿の男が 振りかえる。
「ドンヒョクssi寒いのに・・。 こんな所でどうしたの?」
「待っていたんだ。 僕でいいのかと君が迷う 理由を教えてもらおうと思って。」
「え・・?」

もっとも 簡単に言い表せるような事なら ・・君も悩まないか。

「・・・ハン・テジュンなのか?」
「ドンヒョクssi!」

ポケットに手を入れて ハンターが風に向かう。
捕まえても 捕まえても ジニョンは僕の腕をすりぬける。
ジニョン・・・。 得てから失うには 君はあまりにも 大きな存在すぎるよ。

「ドンヒョクssi・・・? 私と一緒になって ・・・ホントに 後悔しない?」
「?」


今週アメリカから来たという ビジネスマンを担当したの。
このホテルの理事は 本当に フランク・シンなのかって聞いたわ。

貴方の名声を知る彼ら。 私があまり解らないだろうと思って 英語で話していた。

“トップレイダースが アジアの こんな小さなホテルを手に入れるとはね。”
“彼も韓国系だったから 年を喰って里心がついたんじゃないか?”
“俺に彼の能力があったら こんな所はごめんだな。 ここじゃ宝の持ち腐れだ。”
“まあ ライバルがいなくなるのは いいことじゃないか。”



ふう・・。

ドンヒョクの肩から 力が抜ける。
「ジニョン・・・? その 話の結論は どういうものになるんだい?」
「私と結婚することで その 貴方が ・・。」

つかつかと 火の出るような眼のハンターが 大股で歩き寄ってくる。
とっさの恐怖に ジニョンが踵を返す。
バン!
逃げ込もうとした鉄扉を 一瞬 早く
ジニョンの肩越しに ドンヒョクが押さえつけた。

「君の言いたい事が その辺のちんぴらレイダースに舐められるな と言うのなら
 ビッグビジネスをたくさん取って 稼いで来いという事なら そうしよう。
 海外出張が多くなるから嫌なんだけれど ・・君の仰せなら 仕方ない。」
「ドンヒョクssi・・ 私は そんな。」
「じゃあ なんだ?! ソウルホテルの株を手放して
 ベラッジオを買えというのなら お断りだ!  そんなものは」
「・・・・・・。」
「僕の ソウルホテルの ・・・足元にも及ばない。」
「!」


ぱっちりと 大きく開いた恋人の眼がうるむ。
はっ・・ と ハンターがため息をつく。
神様 感謝します。  どうやら僕は 奈落に落ちずにすみそうだ。
「ジニョン? 許さないぞ・・。」

どれほど僕を悩ませたと思うんだ。 冗談じゃない。
マリッジ・ブルーだと? さっさと家を完成させて ジニョンを監禁しちまおう。

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ふうふう息を吐きながら イ・スンジョンが階段をあがる。
オ・ヒョンマンはおろおろと 妻の背中を押してゆく。

「ねえハニー 僕が行くよ。 ソ支配人だろ? きっとこの頃忙しいから
 さぼりグセが出てきただけだよ。 ね? 外は寒いから・・ここで待っていて。」
「お願いよ。 でも ジニョンは絶対変よ。 思いつめていないといいけれど。
 ・・・あら? どうしたの。 早く見てきて。」
「いや・・・ あの・・」

こそこそと オ・ヒョンマンが妻に耳打ちする。
この扉・・・ 今開けないほうがいいみたいだな。
「え?」

そして2人は こっそりと 鉄扉に耳を当てて聞く。
ジニョンの 小さな困惑の声。 だめよドンヒョクssi 誰かが来るわ。
低く くぐもる男の声には いたずらそうな笑いがにじむ。
「君のお陰で凍りそうなんだ。 責任 取ってもらわないとな・・。」

ちゅっと 小さく音がして もお・・とジニョンの声が甘い。

「・・・・・。」
「・・・・・。」

そーっと 鉄扉を離れる総支配人夫妻は  つま先だけで階段へ向かう。

「凍らないかしらね?」
「いいんじゃないか? 氷漬けでも一緒なら。」


だけど年末に 風邪をひかれちゃ困るよな。 

思い返した総支配人がゴン! と鉄扉を1つ叩くと ガタガタガタと何かが慌てた。

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