ボニボニ

 

My hotelier 98. - 前夜 - 

 




『 Sold Out. 』


「大したもんだよなあ。」

コンピューターのプリントアウトをしげしげ眺めて 
ハン・テジュンが は・・と嘆息する。


ソウルホテル  大晦日の宿泊予定.
本館628室は ヴィラを含めて 見事に予約満室となった。

ドンヒョクとジニョンの披露宴に招かれたVIP達が 
これ幸いとホテルでの年越しを決め 家族を引き連れてやってくる。
彼らのお付きやSPの為に スタンダードが埋まってゆく。

さらに ホテリアーの宿泊用にとドンヒョクが200室を買い取って 

前代未聞のパーティが 動き出した。



「韓国中のお偉がたが ソウルホテルに大集結か。」
いい宣伝かもしれないな。 テジュンが フムとひとりごちるのを
オ・ヒョンマンが横目で見る。
「社長? そう喜んでばかりも いられませんよ。」

「どうして?」
「ソウルホテルのVIP担当が 誰かご存知ですよね?」
「もちろん・・・あ・・・・。」

はぁ・・ と 総支配人がため息をつく。

“今や ソウルホテルは VIPが放し飼い状態です。”

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「やはり ここは 彼女に 最後の意思確認をしておかんとな・・。」
「左様左様。」
「案外 ジニョンも 本当はこれでいいかと迷っていて。」
「誰かに背中を押される事を 望んでいるのかもしれないし・・・。」

ふむふむ。

サファイア・ヴィラ。 ドンヒョクの部屋の隣では
巨体を揺らす紳士達が こっそりコニャックを舐めながら
くくく・・と 良からぬ相談をする。

我々の後から それも アメリカなんぞから やってきて
マドンナをかっさらってしまうなど
あのレイダースは まったくもって けしからん奴だよ。


「強引な事をする奴だからな。ジニョンもきっと 無理矢理 花嫁に・・。」
「おおお・・・ なんて気の毒な。」
「待っていろジニョン 我々が。」
「君を あのヤクザから救ってやろう。」

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“VIPなんていう輩に 暇を与えておくと まったくロクな事がない。”


今日一日で 
シン・ドンヒョクが 得た真理。

いつものジョギングから戻ってくると
ヴィラの前には およそ朝の爽快さに似合わない女性がいて
タオルと ミネラルウォーターを 豊満な胸に抱いて 身をくねらせていた。

「・・・失礼。 それは僕のタオルです。」
「毎日走ってらっしゃるの? タフな男って・・素敵。」
めまいを覚えるドンヒョクは 女を無視してヴィラに入った。


プールでのスイムは もっと悲惨だった。

ひと泳ぎしてチェアに戻ると 女は4人に増えていた。
「僕の・・・ タオルを 返してもらおう。」
「いやん♪ そんな怖い眼。」
・・・・女じゃなければ 頬の骨を折ってやるところだ。


そして これ見よがしな声。

「ほら見てご覧 ソ支配人。 あれがシン・ドンヒョクの本性だよ。
 結婚式を明日に控えているというのに どうだい ハイレグ女に鼻の下を伸ばして・・。」
引きつり笑顔のジニョンの周りに 見慣れた顔がたかっている。

「やっぱり アメリカ人など 止めたほうがいいんじゃないのかねぇ?
 男は 誠実で恋人一途。  韓国男性が一番だ。・・・私の様な ね?」
「何を言っておる。 君など もう孫が高校生じゃないか!」
「何だと! 君こそ ジニョンより年上の娘が 先月嫁いだくせに!」

つかつかと 怒髪天を衝くハンターが 歩み寄る。
「ドンヒョク! そんなあられもない恰好で レディの前に失礼だぞ!」

ぐいっ!
まったく 油断も隙もない。
「ジェントルメン! 僕のフィアンセです。・・・ご存知ですね?」
「諦める気は ないのかな?」
「NEVER!」

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カサブランカの 22時。


VIP達との馬鹿げた攻防に 一日を費やしたドンヒョクが
深い息と共に マティニを飲む。

―結婚前夜の男なんか 行き場所のない 荷物のようだな。


うつむく男の隣の席に 空気のように ハン・テジュンが座った。
「・・ラフロイグ。 チェイサーはいらない。」


「・・・・。」
―1日の仕上げは やっぱりこいつか。

「理事も 今日は災難でしたね。 VIPの皆さんの祝福三昧にあって。」
―おかげで ソウルホテル中で コメディショーが見られたよ。

コトリ・・
バーテンダーが カウンターにグラスを置く。
2人の男は 同時に 黙って グラスを上げる。

「・・・・。」
「・・・・。」
低く流れるBGMが  雄弁な沈黙を 彩ってゆく。

「理事に 急がない依頼が1つ あるんですがね。」
「?」
「M&Aの相手を探して欲しいんです。西海岸で。」
「・・・ソウルホテルが M&Aを?」

以前から お客様の根強い要望がありましてね。
海外にいってもソウルホテルに泊まりたい と言うんです。

L.A.か その近辺かな。 規模は100室程度がせいぜいか。
昔ながらの風格が残るような リゾートタイプのホテルを。
「うちのアネックスにしたいんです。 急ぐ話では ありません。 
 気に留めておいて 気長に 探してみてください。」
「・・・・・。」

でもマネージャーは どうするつもりですか?
「ソウルホテルの真髄は『人』です。そればっかりはM&Aでは手に入らないでしょう。」
「私が行けば ・・・出来るんじゃないかと思います。」
「?!」

静かな眼をしたテジュンの顔を シン・ドンヒョクがにらみつける。
「どう言うつもりだ?」
―お前は ソウルホテルを守る男じゃないか? 逃げるのか?

眼の底を光らせるハンターに ふっと テジュンが笑ってみせる。
「だから・・ 急がない話だと 言っただろう? 
 まだまだ当分ソウルホテルには 俺が必要だよ。 まあ 老後対策みたいなもんだ。」
「・・・・。」
「いつかヨンジェが一人前になったら あいつにホテルを返してやらなくてはな。」

ハン・テジュン!

どうしてこの男はこうなんだ。 人の為に 皆の為に・・・。
ユンヒさんの事だって ヨンジェに 遠慮していないか?

「そんな依頼は 受けられない。」
「?」
「あなたがいてこその ・・・ソウルホテルだ。」

―だから ここが好きなんだ。 ジニョンがいて ハン・テジュン あなたがいる。
 僕は ジニョンとあなたの様に 生きていこうと決めたんだ。
 あなたが去ったら 僕の道標が 1つ無くなってしまう。

「どこへも 行かせない。」
「は・・・。」
―本当に我儘な奴だな。 欲しいものは 何があってもつかもうとする。

シン・ドンヒョクの 端正な横顔。
むっつり拗ねた少年のように きつい眼をして 虚空を見る。

「・・・子どもみたいだな。」
「!」
「ジニョンが 行っちまった理由が解るよ。 女は ・・・・子どもに弱いんだ。」
―欲しい欲しいって こいつみたいに言えれば良かったな。

「100室くらいのリゾートホテルは ホテリアーとしての 俺の夢だったんだよ。
 まあまだ10年位は ヨンジェも使えないさ。 M&Aのこと どこかに憶えておいてくれ。」
―しょうがないな。 寂しがり屋のお前のために まだ当分は付き合ってやるよ。


カサブランカのバーカウンターに  男2人が並んですわる。


バーテンダーは グラスにリネンを回しながら
うつむいたままで 目立たなく笑う。

「幸せに しろよ。」
「・・・・。」
「無理そうなら引き受けるぞ。」

コンと グラスをカウンターに置き 真顔のハンターが 恋敵を見つめる。
「僕以外の男は 彼女を 幸せにできない。」

「は・・・ すごい自信だな。」
―いったいどうやったら こんな男が出来るのかね?
「自信? とんでもない。 それは “ただの事実”だ。」
―あたりまえだろう。 でなきゃ 結婚なんか出来るものか。


“きっと 無意識なんでしょうけど・・・。”

女性バーテンダーは 薄く笑って 2人のやりとりを聞く。


この2人 並んでグラスを重ねるうちに ほんのわずかずつ
お互いの方へ身体を傾ける。
4杯5杯も飲んだときは 寄りそうような姿になる。

“意地っ張りな 仲良しですね”


結婚式の前の夜。 
男2人は 共に1人の女を思いながら 黙って 酒を飲んでいた。

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