ボニボニ

 

My hotelier 99. - 僕のもとへ来る日 - 

 




December 31
7:00 a.m.  


アイスバーンにならないように 施設管理がまめにケアするお陰で
ソウルホテルの敷地内道路は 凍るような寒さの日でも 走りやすい。
この 特別な日の朝も シン・ドンヒョクは やはり走った。


白い息を吐き ウェアのジッパーを喉元まで上げて走る。
うつむきがちなランナーは バラ園の近くまで来ると そわそわと 周りへ弱気な眼を走らせる。
そして彼が 期待する通り  老いた庭師はそこにいた。


「何だい 理事さん。 今日は結婚式だろう? 健康のためかなんか知らないが
 花婿になろうって日にまで  まぁ ご苦労なこったな。」


ええ・・
「ガーデナーこそ こんな寒い日にも 庭仕事なのですか?」
俺はよ。 ちょっくら温室に行かなくちゃ。
「理事さんのブートニアのカサブランカを 朝摘みするんだ。」

2人を飾る花だしな しかたない 俺が咲かせなきゃしょうがあんめぇ?
なあちょっと 顔を見せてくんな。 こんくらいね。
「あんまり花がでかいと間抜けだからな。 ブートニア用には小ぶりに咲かせろって
 フローリストの姉ちゃんからの ウルサイ注文でさ。」


じゃあよ。
片手を上げ ひょこひょこと歩き出したガーデナーが けげんな顔で立ち止まる。
「どうしたい? 理事さん 所在無さげだなあ。」
「・・・何だか 落ち着かないんです。」


へやっ、へやっ、へやっ・・・

ガーデナーの 一本抜けた前歯から 白い息がこぼれ出る。
「まあなあ・・。いくら理事さんだって 自分の結婚式の日にまで
 落ち着き払っていちゃいけねえや。  そんな奴ぁアホウだよ。 
 式は夜の7時からだっけ? まあ 今日1日 せいぜいソワソワするこった。」

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10:00 a.m.


ホテリアー達の 仕事の都合を考えて
ドンヒョクとジニョンは ナイトウェディングを選んだ。

チェックアウトの 顧客を送り出してしまえば
当日宿泊のゲストは
2人の披露宴の関係者だけになる。

メインロビーで チェックアウト客を見送ったホテリアーたちは
さあ いよいよ・・ と笑みを浮かべた。

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6:30 p.m.


「夜の 結婚式なんてなあ・・。」


ソ・ジョンミンは 不満顔だ。 お天道様に顔向けできないみたいじゃないか?
「パパってば・・・もぅ。」
子どもじみた父親の不平に ジニョンとママが 呆れ顔をする。
―・・昼間に式を挙げたら どうせ 別のクレームを見つけ出すくせに。


それでも ジニョンの瞳が揺れる。
あとわずかだけの 娘の 時間。
花嫁のトレーンを直しながら 陽気なママも ときどき口をつぐむ。

ジニョンのウエディングドレスは
凝った織りの絹を使った シンプルなデザインだった。

胸元から 鎖骨を見せて肩先まで きれいなラインのカッティング
スリーブレスのドレスは 後に長くトレーンを引いて。
キャスケイドタイプのブーケからは 大輪のカサブランカが滝のようにこぼれおちる。
そして
うなじを見せてアップした髪には ドンヒョクの養母のピンがそっと挿されていた。

「きれいな 花嫁さんだわ。」
「・・・ママ。」
「幸せに ・・なるわね?」
キラキラと 幸せと涙で光る眼で ジニョンが こくりこくり・・とうなずく。

バタン!

こらえきれない ジョンミンは 怒ったように控え室を出て行った。
「・・もう しょうがないパパね。」
ちょっと 慰めてきてあげなくちゃ。
ママが席を立ったと同時に イ・スンジョンがやってきた。

ふう・・ふう・・

「まあまあ スンジョンさん。 大変なお身体なのに どうもありがとうございます。」
どうぞ ジニョンの傍に いてやってください。
「本日は 本当におめでとうございます。」


ママの姿が見えなくなると いきなり顎をつんと上げて
イ・スンジョンが 花嫁の値踏みを始める。
「私ほどじゃないけど・・ まあまあね。 素敵なドレスだわ。」
「何よ イ先輩。 ドレスだけじゃなく 着ている美女をほめてほしいわ。」
まあ ぬけぬけと ところで貴女something borrowed は見つかったの?

「それが・・仕事が忙しくて忘れちゃったの。 イ先輩 ハンカチでも貸して。」

そういうと思って持ってきたのよ 私が結婚式でした手袋。
「さすがぁ! ・・・・・あ・・?」
「何?」
「イ先輩。 この手袋・・・指が短くて入らない・・・。」
「オモ! あんたってまあ びらびらと指が長いんだから もう。」
やっぱり自分の手袋にするわ。  
「something fourが揃わなくても  私 間違いなく幸せになるもの。」


コンコン・・

「ジニョン? ・・入って いいかな?」
オモ ドンヒョクssi。
扉の陰から 眼を伏せたドンヒョクが 居心地悪そうに顔を出す。
「ちょっと 君に・・・・。」

そして 長い 呆然。

「ドンヒョク・・ssi?」
「・・・!・・え?」
どうしたの?

―息が ・・・止まったんだ。

まいったな。 ジニョンのウエディングドレスなら 試着から見ていたはずなのに。
ウエディングドレスを着たジニョンと 花嫁のジニョンは 別物だ。
「あれ? お義父さま達は どうしたの?」
「パパは 結婚式にむくれて 逃亡中。」
「はは・・・。 式までに戻ってくれるといいけどね。」

軽口を叩きながらもドンヒョクは ちらり ちらりと花嫁を見る。
なんて・・可愛い 僕のジニョン。

2人のもじもじした様子に イ・スンジョンがフン と言った。
「ほらほら理事! べたべたするのは 式を挙げてからにしてくださいな!」
「はは・・。 あの ジニョン?」
「え?」

“教会で 待っています。”
「!」

「今夜こそは・・ 来てくれるだろう?」
ジニョンの瞳が 切なげに揺れる。 ええ・・。 ええドンヒョクssi。
「必ず 行きます。」
「良かった。 その言葉が聞きたかったんだ。」

じゃあ後で。  扉を開けたドンヒョクが 背中のままに立ち止まる。
「?」
どうしたの・・・ジニョンの問いが 途中で消えた。
身をひるがえしたハンターが 愛しい人を抱き寄せて こらえきれないキスをする。
「ん・・!」

瞬間びくりと凍った花嫁は やがて ゆっくり恋人の腕に溶けた。
「・・・ごめん・・。」
「・・もぅ。  神父さんに怒られるわよ。」
すまない。 じゃあ行くから。

「ドンヒョクssi?」
「何?」
「あなた 口紅が・・着いちゃったわ。」
「!」

薔薇300本が あんなにどぎまぎするなんてねぇ・・。
すっかり視界から外されていた イ・スンジョンが にやにや笑う。
「ねえ・・・。 見つかったわよ“something borrowed”」
「何?」

「これ。  貸してあ・げ・る。」

 イ・スンジョンが艶然と笑う。 その指先に ルージュがあった。

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7:30 p.m.


「お待たせいたしました。 それでは 新婦の入場です。」

礼拝堂の高い天井に ハン・テジュンの朗々とした声が響く。
テールコートのドンヒョクが 半身を引いて 入り口の方へ振りかえる。


まぶしげな顔のジュニーがいる。その陰に身をすくめるように アボジがいる。 
相棒レオは 金髪の派手な脇持を両側に置いて しきりに眼鏡を拭いている。
トムとマリアは息子の為に十字を切り 
居並ぶVIPの中から ジェフィー夫妻が 満面の笑顔で手を振った。

スンジョン女史はいるけれど オ・ヒョンマンは ここにはいない。
料理長も ユ支配人も ソムリエの姿もここにはない。
だけど・・・

ドンヒョクは 身体中に “彼ら”を感じる。
この一瞬。 ナイフをかざして肉を切りながら きらめくグラスを並べながら 
会場の埃を払いながら  “彼ら”は  この祭壇を思ってくれているに違いない。

―今夜 僕は本当に ソウルホテルを手に入れる。

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「皆様 どうぞ拍手で お迎えください。」
 


あの夜。
どれほど祈る気持ちで振り返っても 人影が見えなかった その場所に
父の腕につかまって  花嫁姿のジニョンが立っている。

君が 来る。
幾千の時間を待ち続けてでも 手に入れたいと思った人。

“Excuse me?!”
最初の一言から すべてが 僕を魅了した人。
君が やっと 僕のもとへ来てくれる。


「・・・・?」

ソ・ジョンミンは 動けなかった。
馬鹿げたことだ。 自分で解っているのに。
身体中の細胞が 愛しい娘を放すことを拒んでいた。


「・・・・。」


ざわ・・

ざわ・・・ざわ・・


あまりに長い硬直に 教会中が 困惑する。
レディ・キムさえも小首を傾げ プリンスがひそやかに侍従長を見る。
ジニョンはそっと父を見上げ ドンヒョクを見て 途方にくれる。
娘と共に歩かなければ! 全身から冷汗が流れても 花嫁の父は 動けなかった。



「・・・ジニョン・・・?」

水を打ったように静まり返る礼拝堂に シン・ドンヒョクが ひっそりと呼びかける。


「ジニョン?」
―来ない・・のか?  君は ・・今夜も 来ないのか。
「・・ジニョン?」


“ジニョン” それは 何という声だったろう。
半身を奪われた片割れの 切ないまでの 求愛の声。
おいで ジニョン おいで・・

ベールに深く埋もれたジニョンの眼から はらはらと涙がこぼれ落ちる。
「ドンヒョクssi・・」
私 行かなくちゃ・・
するり と父の腕をほどき ジニョンが独りで 一歩を踏み出した。

「だめだ!!」
瞬間 ジョンミンが 娘を捕まえる。
「・・・パパが ・・・連れて行く。」

解けた呪文。 

父と娘は夢から醒めたように バージンロードを歩き出す。
ため息のような トレーンの衣擦れ。
その後を ベールが 長く尾を引いてついてゆく。

祭壇の前に たどり着いたとき 父親は低くささやいた。
「待たせたな。 ・・・さあ 交替だ。」
「ありがとうございます。」

この男は 娘を生涯離さない。 私は・・・ 目出度くお役ご免だ。
ソ・ジニョン。
お前は確かに 半身に 出会えたな。


ドンヒョクとジニョンの誓いの言葉を 
列席者たちは どこかうわの空で聞いていた。


“ジニョン?”

“ドンヒョクssi・・”

2人が呼び合った互いの名前が 居合わせた人達には 誓いの言葉に聞こえた。


それでは 指輪の交換を。

やっと向き合えたドンヒョクは ベール越しに 愛しい人をうっとりと見る。 
ぽろり・・ ジニョンの大きな眼から 涙がこぼれて
慌てたドンヒョクはベールの中に手を差しいれて 花嫁の 頬の涙をぬぐってしまう。

コホン・・
神父様のイエローカード。 指輪が先です ドンヒョクssi。
「あ・・・はい。」

そして2人の指に揃いの指輪がきらめいて やっと ベールが上げられた。
「ジニョン・・。」
ふうっと 大きな手が花嫁の頬をなでる。
恥かしそうにうつむく人を 両の掌ですくい上げ シン・ドンヒョクがキスをする。


―おいおい・・。
 それは 教会でする キスじゃないぞ・・。

ハン・テジュンが やれやれこいつはと 頭を振る。
冗談じゃないぞ! トドとデブ2がブーイングをもらし
プリンスは 薄く 苦笑いをする。


列席者の騒ぎ立てる声に ふと 花婿が唇を放す。


「We’ve Just Married.」
もう 誰にも文句は言わせない。

大輪の笑みを浮かべるハンターは もう1度 キスに戻っていった。  

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