ボニボニ

 

My hotelier 103. - ディフェンス - 

 




鏡の前に置かれた小さなトレーに ジニョンの指輪が光る。



それを見ながら シン・ドンヒョクは 考える。
これから 僕は“ディフェンス”なんだ。

いつだって “攻撃” が 自分のスタイルだった。 
仕事でも 人生でも そして
ジニョンとの恋に関しても・・。



追いかけて 追いかけて やっとのことで手に入れた ソ・ジニョン。

だけどこれからは
つかまえたジニョンを抱えての “ディフェンス”だ。
失えない愛を 僕から奪おうとする すべてのことから 
何があっても守り抜いてみせる。

「・・・ジニョン? おいで。」

はい なあに?
「手を出して。 マリッジ・リングを はめてあげよう。」
ハンドクリームを塗るから外したの。 だめだよ 忘れないようにしないと。
「僕の奥さんだと 皆に 念を押さなくちゃ・・ね.。」


うふふ はい。 
白い手が掌に乗る。 指輪をさして 抱き寄せる。

「ドンヒョクssi・・ 誓いのキスは もういいのよ。」
「僕の奥さんだと 君にも 念を押さなくちゃね。」

さあ 行こう。
君と結婚して初めての パートナー同伴のパーティだ。

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「あの性格の悪い男のことだ。 来る以上は 得意満面で見せびらかすでしょうな。」


懇親会の 控え室で
巨大な腹のVIP達が シャンパン片手に 苦虫を噛み潰す。


ああ ソ支配人。

君は今でも 愛らしいソ・ジニョンなのに
「あいつめ。わざわざ Mr.& Mrs.Sinと書いてきおった。」
「確信犯ですな。 可哀そうなソ・ジニョン・・。  シンの姓を被せられて。」


いや本日は あやつを大慌てさせるために 刺客を用意しましてな。

「刺客?」


身長182cm、 奴より高い。 髪はブロンド眼はヘーゼル。 超が3つほど付くハンサムだ。
「おまけに大学は イェール。」
「・・・それは 好敵手。」
「ひと頃 University of Nevadaの キャンパス近くに住んでいた。」
「おお! ジニョンの留学先か。 それは懐かしい話が 弾むな。」

なかなか いいじゃないか。
そいつを使って 奴から引き剥がし ジニョンを我らの手に。
「ラストダンスは 私だ。」
「何を! ま・・あ・・・仕方がない。 今日は君の計画だ。わしは ではその前で。」


細工は流々 仕上げをご覧じろだ。
ドンヒョクみたいなギャングは 付けあがらせると 手に負えないからな。

くくく・・・

大きな身体に不似合いな 秘めやかな笑い声。
VIP達は寄り集まり 小山のような巨体の連山となって 笑いを揺らした。

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きれいなうなじを見せて きりと高く結った髪。
前から見る分にはハイネックだが
後ろにまわると襟下から背中が大きく開いて なめらかな肌が 美しい。


「ジニョン。 その後ろ 開きすぎだな。」
「ドンヒョクssiが これがいいと選んだの。  文句は 聞かないわよ。」
ジニョンはずるい。 背中がそんなに開いているなんて 言わなかった。



「Good evening, Mr.& Mrs. Sin.」

アメリカン倶楽部のパーティ会場。

グリーターが 美しい夫婦に にこやかな声をかける。
ジニョンの背中を隠すように寄りそって ドンヒョクがパーティルームに入ると
集まっていたゲスト達から  思わずほぅ・・とため息が漏れた。

「実に許しがたいことだが ・・確かに見栄えはしますな あのチンピラ。」
バー・カウンターの前に陣取った悪党達が 憎まれ口をきく。
「ドンヒョクときたら ウドの大木みたいにでかいですからな フン・・。」
「制服のスーツも清楚でいいけど ドレスアップするときれいだなぁ・・ ジニョン。」



さてさて そろりと行こうかね。 

もこもこと 小山のようなVIP達が 移動する。
Mr.ジェフィーと頭取の音頭で結成された
『Jin-Yeong Crusades 』(ジニョン十字軍)の面々。

“奪われた聖地”ジニョン を奪還するハザード(聖戦)が密かに始まっていた事を 
まだドンヒョクは知らなかった。


「ようよう レイダース!  ちっとも公の場に出てこなかったな。」
Mr.ジェフィーの軽口に にこやかなハンターが 身構える。
「申し訳ありません。 “最近妻を娶りまして” プライベートが多忙でした。」

結婚式に出たくせに 両者一切 それには触れない。
「改めて紹介させていただきます。 “僕の妻”のジニョンです。」 
むっ・・・
トドの顔がぴくぴく引きつる。 腰に回した その手をど・け・ろ!


「Mr.ジェフィー? 披露宴にご出席いただきまして ありがとうございます。」
「おお ジニョ~ン♪ きれいな花嫁さんだったね相手はともかく。
 少し痩せたみたいだな。 苦労をしているんだね 可哀そうに・・・。」
「え? いえそんな 少し 太ったんですよ。 困っちゃって。」
ぺろり と小さく舌を出すジニョンを トドとハンターがにっこりと見る。

「そうだ シン・ドンヒョク。最近のホテル株価の乱高下についてだが・・」
打ち合わせ通り 政治家が金融・株式の話を始め
ジニョンは2人に遠慮して 飲み物をいただいてくるわと傍を離れた。


そっと ボーイに合図をして シャンパンのトレーがやってくる。

クープグラスに手を伸ばした時に 横からすいと 男の手が伸びた。
「おっと失礼! アフター・ユー。」
「いいえ どうぞお先に。」

とても感じのいい笑顔を見せて グラスを2つ取った男性が どうぞ と1つ手渡す。
きれいな方だなあ。 アメリカン倶楽部なんて 
オエライサンとその大奥様ばかりと思ったけど・・

「こんなに若くてきれいな女性も いるんですね。」
「ま・・ どうもありがとうございます。 そんなに若くは ないですけど。」

「いや!すごく素敵です。『トリオ・パームツリー』のクランベリーアイスみたいだ。
 ・・・といっても わからないでしょうけど。 あはは。」
「『トリオ・パームツリー』・・・? それって UNLVの近くの?」
「ネバダ大をご存知ですか?」


シン・ドンヒョクの眼鏡が光り 刺すような視線が流れる。
ジニョン・・ 誰と話している?   あんな奴 アメリカン倶楽部にいたか? 

「ここらで長期プライムレートの見直しがなされないと・・なあ? ドンヒョク。」
「は? ええ そうですね。」
奥さん? 君・・ すこし愛想よく笑いすぎだな。


「!」
音楽が始まり 男が ジニョンの手を取って踊りだす。
ジニョン! 僕以外とは 踊らない約束だ。
くるくるときれいなターンを返しながら 男の肩越しにのぞく ジニョンの戸惑い顔。
ムッとして 妻へ歩きかけたハンターの脳裏に 何かがコン・・と突き当たった。


―なんだか ・・・変だな。

ゆっくりと ハンターの視線が 話し相手に戻る。 長い指で 眼鏡を少し持ち上げる。
―どうして このトドは 冷静なんだ?
 ジニョンとダンスに目のない奴が 若造に先を越されて ・・どうして黙っている?

ふっと ドンヒョクが眼を伏せる。 そういうコトか 黒幕はこいつだ。
よかろう幹事長 僕はディフェンスだ。 そして

―・・・ 最大のディフェンスは “攻撃”だ。



「Mrs.ジェフィーは 今日・・・?」
「ん? 来ておるよ。ハニー♪」
なあに?と近づくMrs.ジェフィーの手を にこやかにドンヒョクが握りしめる。
「披露宴にご出席いただいて ありがとうございました。 
 それにしてもマダム。 今夜は いつにもまして魅力的ですね。」

まあ・・ とマダムの頬が染まる。 握った指先に 敬愛のキス。

愛妻家のトドが ゾウアザラシの様に 大きく眼を剥く。


「僕の妻はどうやら他の相手を見つけた様です。 今夜は マダムにお相手いただけませんか?」
「!」
何だと! トドの怒声より一瞬早く  まあ喜んで!とマダムが答えて
ハンターとMrs.ジェフィーがフロアへ滑りだした。


“シン・ドンヒョク! お前!お前!お前! 私の大事なハニーを!”
ああ また君が そんなチンピラに 嬉しそうに 赤くなって 微笑むな!
どたどたと 政界の大物が地団太を踏む。
Mrs.ジェフィーを軽やかに抱えて くっくっくと ハンターが笑う。

やれやれと 肩をすくめて マダムが囁いた。
「まったく男って 何時までも子どもなんだから・・。ドンヒョクssi? 貴方もご同輩ね。」
「は・・。」
「お正月の交歓会で 『Jin-Yeong Crusades』 が結成されたのよ。」
それじゃ 僕は イスラムなんですか?
「貴方たち夫婦は 当分 ダーリン達の遊びの標的ね。」
「それは光栄だな。 ・・・マダム?」

え? と見上げるMrs.ジェフィーの頬へ ハンターの唇が近づいてゆく・・

「だぁあああ!!」

ドカドカと トドが フロアを踏み鳴らしてやってくる。
ジニョンと踊るブロンドの青年へ指を立て さっさと離れろ と指示を出す。
「ドンヒョク! おい!」

何でしょうか? 
きっちりマダムをホールドして ハンターが澄まして眉を上げた。

「あ~、ホラ・・ 君の その・・奥さんが 一人で寂しがっているぞ。
 だめじゃないか 他の女性にうつつを抜かしていては・・。」
「ああ ジニョン! これは大変だ。 ・・・では Mrs.ジェフィーを お返ししましょう。」

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「何だよ。 刺客を放っておいて 自分で引っ込めるなよ。」


頭取が ぶうぶう文句をたれている。
「仕方なかろう? あの野郎 うちのダーリンを誘い出しやがった。」
「攻めに出たら 本陣を襲われたみたいなもんだ。 君は 細君に弱いからなぁ・・」


何だと じゃあお前がやってみろ。望むところだ 今度は私がやる。
トドとデブ2が角を突き合わせ 周りのVIPが止めに入る。
揉める男たちのその先で ハンターが愛妻と踊っている。


「他の男とは 踊らないという約束だろう?」
「だって 断る隙もなかったんですもの。」


心配だよ My hotelier。
ホテルという河を越え テジュンという山を越え
君を手に入れたら 今度は 皆が追ってくる。


『Jin-Yeong Crusades 』 だと?  あいつら 余程 ヒマなんだな。
・・・まあ それも悪くないか。 せいぜい相手になってやろう。
だけど憶えておくがいい。 イスラムの掟じゃ“目には目を” だ。

「ドンヒョクの奴 満足そうですな。」
「ああ ジニョンの背中を あんなに嬉しげに撫でている。 ・・許しがたい。」 



「ねえ・・ くすぐったいから 背中を撫でないで。」

撫でてはいない。 むき出しだから 人目から隠しているんだ。
「やめてください ・・ってば。」
どうして 奥さん?  ひょっとして 感じてしまったのかな?
「な・・なにを 言っているのよ・・」
それじゃあ 早めに家に帰ろう。 でも 今夜はもう少し 君を見せびらかして踊りたい。



妻のうなじを 吐息で撫でて シン・ドンヒョクが陽気に踊る。

とろけるような2人の踊りに フロアの皆がため息をついた。

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