ボニボニ

 

My hotelier 117. - ハンターの帰る場所① 高慢- 

 





ドンヒョクが永遠のチェックインしてから1年たった記念日のお話。
今回は ミニシリーズで お送りします。

        *         *         *         *


そこは 新大陸アメリカ。



すべての権威や 旧弊の呪縛から逃れてきた人々が 創りあげた 
自由と 平等と チャレンジスピリットの国。

意志と 才能と チャンスをつかむ握力さえあれば 
誰でもが アメリカン・ドリームに 手が届く。



・・・そんなことは もう 皆が知っている 幻想。 

天空まで駆け上がっていけそうな この国には
「グラスシーリング」。 近くまで行かなければ気がつかない 透明度の高い
しかし突き破ることの出来ない ガラス天井が存在する。



モーガン・スタッドレー4世は その ガラス天井の上空に住む。
この国の “貴族階級”の一人だった。

WASP(ホワイト、アングロ・サクソン、プロテスタント)の代名詞のような家に生まれ
メイフラワー号の乗船名簿まで  その歴史を遡ることが出来る。
アメリカ大手投資銀行の 最高顧問の座すらも
彼の場合は 誕生祝いのおまけとして テディベアと一緒に付いてきた。



「・・どうして私が 個々のビジネスについての報告などを 聞かなくてはいかんのだ?」


「顧問。 このM&Aには当銀行も 多大な先行投資をしております・・。」
モーガンは 苛立っていた。 ヨットクラブのオーナーミーティングに行かなくては。
一度帰宅して 新しく仕立てたスーツに着替えたいんだ。


「M&Aなど 成功させればいいことだろう? 相談などと 能のないことをするな。
 傭兵でも何でも使って 結果を出せばいいだけのことだ。」
「ボス・・。」
ほら 何と言ったっけ?  あの 成功率のいい“チャイニーズ”?
「ああ・・。 そうだ フランクと言ったな。 あれを使っていい。」


馬鹿げた額の報酬を 平気で要求する 外人傭兵。
カラードらしい抜け目の無さと 狡猾さで 魔法のように仕事を片付ける男。

「奴を 呼べ。」

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「ヘイ ボォス? 出張の手配をしとくから パスポートを置いておいてくれ。」

「・・・なあ。 優秀なレオ弁護士が行けば 今回の仕事は 片付かないか?」


あのな・・ボス。
頼むから 毎回毎回出張の度に 行きたくないのなんのと ダダをこねないでくれ。
「こっちだって どうしようもない場合以外 予定は入れないんだから。」

「ソウルは やっと いい季節になってきたんだ。」

米国も いい季節だよ。 
「そんなに長期間 行くわけじゃない。 季節も変わらないし 
 ジニョンさんの ボスを思う気持ちも変わらない!  だから パスポート!」
「・・・『ドナ・ドナ』 を 歌いたくなってきたな。」

バン!

小柄なスーツが 跳ねるように歩き レオは ドアの向こうに消えていった。

デスクの引き出しから パスポートを出して シン・ドンヒョクがため息をつく。
パラパラと 出入国のスタンプノートをめくっていたハンターは
やがてある頁の 日付に気づいて 眉を上げる。

そしてその時 レオの卓上の電話が鳴った。

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ソウルホテルの 午後8時。

インカム片手の ソ・ジニョンが 支配人オフィスにやって来た。
「オモ 支配人? 今日の勤務は 夕方まででしょう?」

まったくね。 さっさと帰ってしまわないと 次々に仕事が出来ちゃう。
「でも もう上がるわ。」
ドンヒョクssiから早く帰るってメールが来ていたから たまには奥さんもしなくっちゃ。


ばたばたと書類を片付けて ジニョンがバッグを取り上げた時
ジジ・・と鈍い機械音とともに フロントスタッフの声がした。
“ソ支配人・・ おられますか?”

「もう退勤時間を過ぎているもの。 聞かなかったことにするわ。」
「・・ふふ。」
“ソ支配人・・ フロントまでお願いします!”
プツン。  通信をオフにして ジニョンはオフィスを後にする。


「・・・フロントまで お願いします・・。」
更衣室まで あと5メートル。 ぽつりと 立ち止まったソ支配人は
ほんのわずかの躊躇の後で 踵を返して ロビーへ向かった。


まったく この性格 どうにかならないかしら!
「ホテルの仕事なんかエンドレスなんだから いちいち付き合っていたら 私生活が・・」


腹立ちまかせでカツカツと歩いていた ジニョンの足が 止まる。

フロントの前。 ロビーの ソファの間に立って
片手をポケットに挿した長身の男が 薄い笑いを 浮かべていた。


「・・・・?」
片手には ビジネススーツに不似合いな花束を下げて
ためらうように 照れくさそうに シン・ドンヒョクは笑っている。

ゆっくり ゆっくり 愛しい人へ。
慎重に足を運びながら こんなことが前にもあったと ジニョンは思う。
小首を傾げて夫の前に立つと すっと 花束が差し出された。 


「Happy ・・anniversary。」

「え?」
「さっきパスポートを見ていて 気がついたんだ。 “入国 May 15”」 
「え・・?」
「僕のチェック・インは 1年前の 今日だ。」


まんまるに 口を開けて固まったジニョンが ふと 気がついてまばたきをする。
慌てて 周囲に眼をやると ロビー中のスタッフが動きを止めていた。
「あ・・・。」

そこ ここから わぁ・・と明るい笑い声。

「ソ支配人! また見せてよ! 派手なラブシーン!」
「毎年恒例にするんですかぁ?」
「ば・・・ば・・ば・・。」

いきなりの騒ぎに 眉を上げて すらりと立ったドンヒョクが ロビーを見回す。
「・・・どうする? 僕はかまわないけれど?」
「ドンヒョクssi!!」

スタッフ達が どっと笑い ロビーを通る客は何ごとかと驚いた。

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「だから 悪かったよ。 来年は通用口の方へ 迎えに行くから・・。」

「絶対やめて! 怒るわよ。」
「怒る事は ないだろう。」
シャンパンの栓を揺らしながら シン・ドンヒョクが 陽気に笑う。

「もう・・・っ!  いつも言いますけれど  ホテルは 私の職場なんですからね!」
「その職場のロビーで 僕に抱きついたのは 君。 僕は 抱きとめただけだ。」
「な・・・。」

あぁでも・・ あの時は 僕 嬉しかったな。

ポン!と コルクを飛ばしてみせて ハンターはフリュートへ酒を注ぐ。
上唇をかみしめて ジニョンは 派手ににらみつける。
その手にそっと グラスを握らせたドンヒョクは  笑顔をすうっと引いて 囁いた。

「ねえ ジニョン・・?」


切なげで愛しげで 少し不安げな瞳に ジニョンの不機嫌が崩れていく。
 
「君のいるソウルホテルへ 戻ってくることができて  ・・・本当に 良かった。」
「・・・・・。」



「この1年間で 僕は  信じられないほど 幸せになれたよ。」

まっすぐに 心まで覗きこむような 愛しい人の視線。
じっと ジニョンを見つめた顔が ふんわりほぐれて笑顔になった。

ジニョンは どぎまぎと赤くなって 顔を伏せる。
あ・・ その・・・。 
「・・・・私も。」


じゃあ 乾杯。 幸せだった1年に。 そうしてこのまま ずっと続く未来に。

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・・・・ぁ・・あ・・・ぁ・・


「ふふ ねぇジニョン?  よく考えたら こっちの方も1st anniversaryだね。」


有頂天のハンターが あまり上品でないことを言い 
自分の軽口に気づいて 胸の下に組みしいたジニョンのご機嫌を伺った。

ほろ酔いのジニョンは 今夜はもう 怒ることを忘れて うっとり眼を閉じている。
サファイア・ハウスの24時。
2人の影は シーツの中で 幸せそうに揺れていた。



RRRRRRR・・・・

「ボス? 夜分申し訳ない。ちょっといいか?」
「取り込み中だ。 明日にしてくれ。」 ガチャン・・。


電話を切った15秒後に また レオから電話が来た。

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ボス・・ モーガン・スタッドレーから依頼なんだ。すぐに返事をしろと言ってきている。」
「Noだ。」
ガチャン!


やれやれ・・。

「どうやら 俺とボスってのは 大富豪になったらしいな。
 モーガン・スタッドレー投資銀行から直々依頼のでかいヤマを 即答でお断りとは・・。」
あの 不機嫌さでは どうやらボスはジニョンさんと 「取り込み中」か。
は・・と レオはため息をついた。


モーガン・スタッドレーだと?
自分の先祖が 金色のサルまで遡れると自慢している あいつか。
「これ以上 出張が増えてたまるか。」


「・・・ドン・・ヒョクssi?」

なんでもないよ可愛い奥さん。 残念だけれど 来週は 君のそばにいられない。
「ジニョンが寂しくないように たっぷり・・ ね?」
んもぅ・・

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「“フランク”から返事が来ました。 ・・『取り込み中につきNo 』だそうです。」
「な・・んだと?」


そんなこと。 「御大」に報告できると思っているのか?
あいつは近々 こっちへ戻ってくるそうじゃないか?  
「何が何でも 連れて来い!」

モーガン・スタッドレー投資銀行 M&Aセクションのプレジデントは 
眼の下にたるんだ皺をふるわせて 部下に一喝する。

「今となっては あのチャイニーズが 頼りか・・。」

今回のM&Aが上手く行かなければ 自分の座る椅子は 今期限り。
窓の向こうに N.Y.シティを見下ろしながら
プレジデントは 苦虫を噛み潰していた。

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