ボニボニ

 

My hotelier 118. - ハンターの帰る場所② 追跡 - 

 




ドンヒョクの 大きな手が シーツの水面に差し入れられて
深く沈んだジニョンの頬を 愛おしそうに すくいとる。

「ジニョン?」
「ん・・・。」
「明日からの出張は中止にしよう。 やっぱり・・・君 寂しいだろう?」



ドンヒョクssi・・・

ため息とともに 華奢な 白い手が 身体の下からすべりあがる。
「寂しいわ。 ・・・でも お仕事に行って。」
「冷淡な妻だな。」

もぉ。  毎日 泣いて待っています。 だから 早く帰ってきて。
「“行かない” という選択肢も あると思うんだ。」
「だめよ。 レオさんが 荷馬車を用意して待っているんだから。」



ドナ・ドナ・ドナ・・・♪

「あーあ。 僕は 馬喰レオに連れられて N.Y.市場へ売られてゆくのか。」
名残惜しげに 恋しい人の細い身体を抱きしめてから
ばっと シーツをひるがえして  ドンヒョクが 朝日の中に立った。


きゃ・・

朝の明るい光の中。 見事に筋肉質な後姿に ジニョンが 思わず赤くなる。
「ん? ・・何を 悲鳴を上げているの? 奥さん。」
いそいそとした笑い顔。 僕の裸に 見とれたのかな?

「お望みなら もう少し 別れを惜しんでも・・。」
「お・仕・事・に 行ってください。」

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ポウ・・ン

“当機はまもなく着陸態勢にはいります。 シートベルトをご着用ください。”


それにしてもジニョンは最近  僕に 冷淡すぎるのではないだろうか?
アテンションコールを聞きながら 不機嫌なハンターは
バサリ と 資料を レオの膝に投げた。

「レオ・・今回のディールは 2週間で カタをつけるぞ。」

その為に ソウルで あれだけ準備を重ねたんだ。
オンラインマーケットで買える株は すでに 想定以上を買い占めた。
後は 穴に潜った獲物を数匹 燻りだしてやれば ゲームセット。
「いくらブロードバンド時代でも これだけは オンラインで 捕まえられないからな。」



到着ロビー。  カートを押すレオと うつむきがちなドンヒョクが歩いてゆく。 

『ジョン・F・ケネディ国際空港』
N.Y.シティへの正面玄関は アメリカの国王と呼ばれた男の名を冠している。
イミグレーション・カウンターに  ぽんとパスポートを置くと
太った黒人の女性担当官が “ウェルカム ホーム”と笑って ウインクをした。


“お帰りなさい” ・・か。

口の端を上げて 書類を受け取りながら  シン・ドンヒョクは 違和感を覚える。
ここはもうすでに 自分の帰る場所では なくなっていた。

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「どうして あの2人は ウォール・ストリートに現れないんだ?!」


どこにいるんだ? あのギャングどもは!
モーガン・スタッドレー投資銀行 M&Aセクションのプレジデントは
イライラと スタッフに声を荒らげる。


マンハッタン中を調べさせても ドンヒョクとレオの足跡が 上がってこない。

「すみません。マンハッタンの超一流ホテルは しらみつぶしに探したのですが・・。」
「とにかく 一両日中に 2人の居場所を見つけろ!」
「はっ!」
「フランクの行動をプロファイルして、出没しそうな所をピックアップするんだ!」

何があっても今回ばかりは あの男に働いてもらわねばならないのだ。 
「それにしても あの男。 モーガン&スタッドレーを 一体なんだと思っている?」



プレジデントが部下を怒鳴りつけている 同じ時。

彼のオフィスから数ブロック先の ミッドタウンにある「隠れ家」ホテル。 
『チャンバース・ア・ホテル』のステューディオで レオが 不満そうな声を上げていた。


「なぁ・・ボス。 小さい宿なら せめて『アルゴンクィン』あたりに行かないか?
 “スーパースノッブの隠れ家”かなんか知らないが  ここは モダンすぎて ・・落ち着かないんだ。」
「しかたないだろ? ジニョンが このホテルの写真を撮ってこいと言うんだから・・。」

まったく・・ソ支配人。  僕は マーケティングリサーチ担当じゃないぞ。
そう言いながらもハンターは 撮った画像を取り込んでは 
いそいそと 愛しいジニョンに メールを送る。

“すごいわ! ドンヒョクssiって 本当に写真が上手ねえ・・。”

My hotelier。 呆れるほど無邪気な笑顔で 君は きっとそう言うのだろう。
ホテルの事となると 君は本当に熱心で こんな写真を それはそれは喜ぶんだから。
「ふふっ。」

「ボォス・・。」
呆れ顔の相棒に チラリ・・と ドンヒョクが言い訳がましい視線を送る。
O.K.レオ。 明日は、お前の好きな『セントレジス』の スィートにしてやるからさ。
「さっさと仕事を 片付けてしまおう。  ・・明日で 取得株は半数を超えるかな。」


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マンハッタン。 N.Y.の午後3時。

人気の少ない 聖パトリックス教会の礼拝堂に シン・ドンヒョクが現れる。
黙って 1つの席に座り 両手を組んで 額をつけた。
「・・・・・・。」


“Mr.Sin・・・”

礼拝堂へ響く声に ハンターが ゆっくり顔を上げる。
この1年。 決して見せなかった氷の焔が 彼の眼中でゆらりと揺れた。

「・・・・・・。」
「あなたがここへ現れる確率は55% そうプロファイルされました。」 

ゆっくりと 眼鏡の中で まばたきをひとつ。
フランクと呼ばれた男は 表情ひとつ動かさない。
その狂気じみた冷静さに使者の方が慌てて 取り繕うように 用件を持ち出した。

今回の案件は 「御大」じきじきのご指名です。 是非とも受けて頂かねば。
「言っただろう? 今回は取り込み中で 対応できないんだ。」
残念だな これ以上のコンタクトは時間の無駄だ。 お引取り願おう。


「・・・N.Y.で 仕事ができなくなりますよ。」

最後通牒を 突きつけたつもりのメッセンジャーは 相手の 意外な反応に呆然とする。


「それは・・ いいな。」
そうすりゃ くそ忌々しいN.Y.出張も なくなる。
ジニョンときたら N.Y.と聞く度に 「あそこのホテルを見てきて」だからな。
「是非 N.Y.で 仕事が出来ないようにしてもらいたいと 君のボスに言ってくれ。」

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「な・・んだと? ・・・それで?」

プレジデントは 必死で目まいをこらえながら 部下の報告を聞いていた。

あの野郎。 辣腕を鼻にかけて どこまで傲慢な物言いだ!
「私が 直接話をする! さっさとセッティングしろ!
 それで?! 奴の行き先は確かめたのか? 今回 奴は どこの依頼で動いている?」
「それが・・・。」

何だ! はっきり言え! あいつを尾行したんだろう?! 見失ったのか?
「いえ。 その・・フランク は 聖パトリックスを出たあと・・・。」
「ふむ。」
「『シュワルツ』に 行きました。」


ドカン! バシン! バサバサバサーッ!!

プレジデントのオフィスから 派手な音が響き渡る。
報告をした部下はほうほうの体で部屋から出ると 頭を掻き掻き自分の席へ逃げていった。 

「『シュワルツ』だと?! ぬいぐるみでも買うつもりか?!
 あの野郎・・・・ 人を馬鹿にするにも 程があるぞ。」

はあはあと 肩で息をするプレジデントは 限界まで跳ね上がった血圧に揺れる。
その時 机上の電話が鳴って 秘書が 一番聞きたくない事を伝えてきた。
“ボス? 最高顧問がお呼びです。”

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眼鏡から 上目使いに眼をのぞかせ  レオが呆れて相棒を見る。

「ボス? ・・・そのクマは なんだい?」
耳に伝統のタグを付けた ファンキーな服装の テディベア。

「さあ? ジニョンにねだられたんだ。 何とかいう プレミアム・テディらしい。
 おかげで僕は マイホームパパよろしく 『シュワルツ』まで お使いだ。」
「は! 仕事もしないで かみさんのお土産を買いに?」


バサ・・・。


モニタを覗きこむレオの キーボードの上に 封筒が投げられる。
レオが 中を確かめると 「最後の」 株券が入っていた。
「・・・・・。 『シュワルツ』じゃ 株券も売ってるのか?」

残念ながら 『シュワルツ』じゃないよ。
「このホテルだ。」
「?」
「“スーパースノッブな”CGクリエーターさんが 残りの2%を持ってたんだよ。」


あんぐりと 大きく口を開けたまま 相棒の眼鏡はズレている。

「・・・知ってたのか? そいつが株を持っているって。」
「ヤマ感だ。 彼は株が趣味で 初期の作品は あのホテルを作業場にして作られていたから。」
「ジニョンさんに写真を撮ってこいと言われて ここに泊まったんじゃないのか?」
「・・・・もちろんそれが 優先順位の1位。」

は!! 
コメディアンのように大きな身振り。 レオが書類を振りかざす。
まったく ジニョンさんの“引き”の強さは 神懸り級だ!

すごいな ホールインワンだぜ。 

陽気に騒ぐ相棒の声に 伏目で 口の端を上げながら
シン・ドンヒョクは 愛しい人へ クマの写真を送っていた。

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“You’ve got a mail♪”


「あっ! きゃー!! ドンヒョクssi! すごい!手に入れてくれたのね!」

ソウルホテルの支配人オフィスで ジニョンが 明るい声を上げる。
添付のファイル名は「your favorites」 “君の お気に入り”。
なぁに~ぃ? と イ・スンジョンが覗き込んで 馬鹿にしたような眼を向けた。

「まったく子どもみたいね。 こんなものよりベイビーの方が ずっと可愛いわよ。」
「ふん! 大きなお世話。これ すごいプレミアムものなんですからね。」
「はぁ~ 理事もお気の毒ね。 どんな顔して・・・・。」

あんぐり。


彼って優しいわ うふふ・・。 臆面もなくのろけるジニョンは 
PCモニターに 上半身を差しこまんばかりに張りつく
イ・スンジョンのお尻に気づいて けげんな顔で 横から覗きこんだ。

「き・・・・!」
きゃあああああああ!!  ち、ちょっとぉ! やめてやめて! イ先輩だめ!

大文字で強調のファイル 「YOUR FAVORITES」。
“見とれたのかな?”
得意げに振り返った 朝日の中の彼を思い出す。

「もう! シン・ドンヒョク~~~!!」


スンジョンを PC画面から引き剥がしつつ
真っ赤な顔のソ支配人は 空の彼方へ 罵声を吐いた。

*         *          *          *

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※『FAOシュワルツ』は ご存知の方も多いでしょうが,
5番街の端のほうにある老舗のおもちゃやさん。 ぬいぐるみで有名です。
今もあるよね? なかったら ごめんなさい(^^;)

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