ボニボニ

 

My hotelier 121. - クール・ビューティ - 

 




美人は それだけで幸せの半分を持っている。


そんな言葉をよく聞くけれど 
人は知らない。 そこには ただし書きが付いていることを。
『ただし とっつきにくい美人を除く。』



その夜の主任は 投げるような足取りで歩いていた。

人生の中で 何度も 言われたその科白。
“君といると 気後れするんだ。”
でも 彼にだけは 言って欲しくなかった。


はぁ・・・。
私は ただの 引っ込み思案の女なのに。
誰かの気持ちを見透かすことも 誰かを冷笑することもしないのに。 ・・だけど
「この顔のせいで そう見えないのよ。」

繊細な筆で引いたような高い眉。 
白磁の肌に 鋭利なナイフで切り出した美しい一重。
ソウルホテルの誇るクローク主任は 寸分の隙も無いクール・ビューティだった。
「何が クール・ビューティよ・・。」

自暴自棄なひとり言。 主任は ショットバーの前で足を止め
少しのためらいの後に ドアを押した。


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「・・・来られないと言うのは どういうことかな?」


カウンターの隅で シン・ドンヒョクが物静かな声を出した。
電話の向こうでは ソ支配人が 機関銃のような勢いで言い訳をしていた。

「わかった。 ・・それでは。」
悪いけれど今夜はこれ以上 君の得意な“お客様が”という言葉を聞きたくない。
ハンターはうつむいて 静かに携帯の電源を落とした。


いらっしゃいませ・・

バーテンダーの声に何気なく眼をやると 女が1人で入ってきた。
「?」
「あ・・ら・・。」


隣に ご一緒させていただいていいですか。理事。

「いいですよ。 僕を 理事と呼ばなければ。」
軽く冗談めかした言葉に 主任は 戸惑いの顔で立ちすくむ。
理事で結構ですよ 主任。 お座りなさい。
「どうも・・・ すみません。」

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“なんか・・・ この客たち。 迫力があって気圧されるな・・。”

カウンターの内側で 眼前の男女を盗み見ながら バーテンダーは 少し怖じていた。
怜悧な美貌の男と女が 笑いのない顔で並んでいた。


1人でバーに来る女性も いいものだね。
「良く来るの?」

―ジニョンなら バーじゃなくて屋台に行って焼酎だろうな。
愛しい妻と思い較べて ふとドンヒョクの口の端が上がる。

「いえ・・。 あの 今日初めてです。 ドキドキしています。」
「そう? 落ち着いて見えるけれど。」


グラスの中の液体をひと口飲んで ドンヒョクの眉根が険しくなる。
ドンヒョクは カサブランカのバーテンダーを思い浮かべて 後悔する。
浮気して 他の店でマティーニなんか頼まなければ良かった。

「あ・・の・・・。 私といるのは 気詰りですよね?」
「いや?  あぁ すまない。」
僕はあまり 女性を楽しませるような話の出来るタイプじゃなくて。


ぽろ・・・

「主任・・・?」
「そうなんです。 私って 相手を楽しませることが出来なくて・・。」
「?」
「自分なりに 愛想良くしているつもりなのですけど 考えている事がわからないとか
 冷たいとか 冷笑されているみたいだとか。・・そ・・そんなことを言われても・・。」


いきなり泣き出したクール・ビューティに 
ドンヒョクがうろたえる。

「その、・・できれば もう少し 状況から話してくれるかな?」

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憶えていらっしゃいますか?

理事は 私のクロークカウンターに “愛しています”という言葉を
お預けになったことがありました。 ソ支配人に渡してくれと言って。

「あの日。 ジニョンさんに“愛しています”と言葉に出して言ってみたら
 何だか私  温かい気分になって・・。」
 
私に交際を申し込んでくれた人に 会いに行ったんです。
来てくれるまで 毎日8時に駅のホームで待つ と言った人。


電車を降りて近づいたら その人 信じられないような顔をして。
「やった!って。  どうもありがとう!って。 すごく 嬉しそうでした。」
「そして ・・つき合い始めた?」
「はい。」

食品系の商社に勤めている彼は 気さくで 優しくて よく冗談を言って。
私は いつも話を聞いているだけなのだけれど でも楽しくて・・。

―・・・・この主任の のろけは どこまで続くのだろう?


なのに。 今日言われました。  君は 僕といても楽しくないだろうと 
「君といると ・・・・気後れするって。」
「・・・・・。」
「私 不器用なんです。 思っていることが 上手く言えない。」


シン・ドンヒョクの長い指が ゆっくりとカクテルグラスを持ち上げる。
届かない想いを 抱きしめた日を思い出す。
僕は ジニョンをつかまえた。

「彼が 好き?」
「・・・はい。」

僕も ジニョンを好きになった。
ライバルがいても 避けられても 諦めることだけは出来なかった。


“失えない恋に出会ったら つかまえなくちゃ。”

「え・・。」
不器用でも 引っ込み思案でも それは言い訳にならない。 
自分でちゃんと手を伸ばさなければ 失くせない愛には 届かない。

涙の引いた顔で まじまじと見るクール・ビューティを
まっすぐ見返して ドンヒョクが言う。
「僕は そうした。・・不器用だったけれど ただの一度もあきらめなかった。」

違うな。 あきらめられなかったんだ。
身体中の細胞が ジニョンから離れることを拒否した。


「君が女性でも それは 変わらないんじゃないかな。」

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午前0時。
主任は 男の部屋の呼び鈴を押した。

いきなりやってきたクール・ビューティに 商社マンは 呆然とする。
何故来たとも 言わないままに 主任は突然話し出した。
「あ、あの・・、私といると 気後れするって! それは、あのっ! 
 貴方は気詰まりなのかもしれないけれど。で、でも私はあの貴方といると!その・・。」

ああ だめだわ。
私には こういう事が上手く言えない。
悔し涙が盛りあがる。 神様。 私は 美貌なんていらなかった。



“僕は そうした。 ・・不器用だけど ただの一度も あきらめなかった。”
「!」

冷たげに眼鏡を光らせた理事の言葉が いきなり 主任の胸を打つ。
氷のようと言われたあの人が 恋人に見せる 愛しげな笑顔を思い出す。
理事は・・ 失くせない恋に 本当に 必死で手を伸ばしたんだわ・・・。

すうっと 男の手が伸びた。

ぴくりと上げた主任の頬に おずおずと触れた手が涙をぬぐう。
「・・ともかく 中に入らない?」



私ったら何てことをしちゃったのかしらああもう真夜中過ぎているのに明日はお休みじゃないのに大体こんな時間に1人暮らしの男のアパートに厚かましく押しかけて相手の迷惑も考えずにそれに良く考えたらアパートなんてまだそこまでの仲じゃないというかきゃああ私ったら何を考えてそんなことよりこれからどうしたら・・・!!


「ん・・・。」
「!!」

ふわりと抱かれた 柔らかいキス。
主任の 切れ長の眼が大きく開く。
「気をつけ」をして かちかちの身体は 相手の仕草に応える余裕もない。


貴女・・ いや君は 想像以上に 可愛い人だったんだね。
僕は君の 何を見ていたのかな。 怜悧な美貌に気圧されて つい君から・・眼を伏せた。


「ねえ? 君の眼は大好きだけど キスする時は閉じてくれないか。」

そして 自分を離さない男の腕の中で 主任は ゆっくりもう一度眼をつぶった。

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「・・・怒ってる? ドンヒョクssi?」

「別に。」


お夕飯キャンセルしちゃったけど・・・ どうして 帰りがこんなに遅かったの?
「バーで 少々 話しこんでしまって。」
「話・・? バーテンダーと?」
「いや 女性。 ジニョンに負けない美人だな。」
「え?!」


さて 寝よう。
薄く笑ったハンターは あっさり1人でベッドへ入る。
夫の顔を覗きこみながら ジニョンが慌てて追いかける。

「あの・・? ドンヒョクssi? 女性って 誰・・・?」
「話すと 長いから。」
笑いをこらえるドンヒョクは 妻に顔を見せずに シーツへ滑りこむ。


ねえ 主任? 
いい事を教えてあげよう。 冷たい顔というのも 悪くないんだ。 
こんな時 ポーカーフェイスで ジニョンに罠をかけられる。

わざわざジニョンに背中を向けて ハンターは 獲物を待っている。
程もなく 筋肉質な背中を乗り越えるように ジニョンの困り顔が覗きこんだ。

「・・・ドンヒョクssi・・・?」
「ご用ですか?」
「え? ええ、そう。 あの・・話を。」
「僕と 寝物語をしたい?」
「え・・・。」


仕方がないな My hotelier。

「僕は 紳士だ。 奥さんのお誘いを断るような無礼は しないよ。」

いえ話を というジニョンの声は もちろん枕のそばに捨てられて 
ハンターはいそいそと 可愛い獲物の身体を組み伏せた。

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ソウルホテルの 午後8時。

上機嫌なドンヒョクが やってくる。
失点を返したいソ支配人が珍しく時間前に待っていて ハンターの顔を笑顔に変えた。


「行こうか。」

愛する妻の腕を取って ロビーを歩くシン理事へ 
クローク担当主任が 控えめな笑顔を見せて 会釈をした。
あの顔では 「失くせない人」をつかめたな。 ドンヒョクは 彼女の恋を思って微笑む。


「ねえ? クローク主任が・・。ドンヒョクssiに挨拶していたわ。」
「うん? ああ またデートしようってことじゃないかな?」
「えっ?!」


「ふふ・・ ジニョン。その辺の事情は 後でゆっくり・・。」

寝物語でね。 抜け目のないハンターがほくそえんだ。



           *   *   *   *

 ●この話に出てくる女性は、以前書いたサイドストーリー
  My hotelier sidestory ―クローク― の主任です。
  クローク読んだことない方、よろしかったらご一読ください。 

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