ボニボニ

 

My hotelier 127. - リザベーション・プリーズ - 

 




Tokyo 溜池山王。


グラスウォールが林立するそのエリアでも 一段と 眼を引く高層ビルで
2人の男は エレベーターに乗り込み 高速で上階を目指していた。

シースルーで見れば 竜の如く天に駆け登っているはずのゴンドラは
最新鋭の機能を備えているらしく 
中の人間に ふわりとも加重を感じさせなかった。


エレベーターホールでは  スーツにIDカードを下げた女性が 2人の男を出迎える。

そこから目的のオフィスまで ワンブロック毎にセキュリティチェッカーがあり
先に立つ女性が チェッカーにIDカードをスキャンさせて行った。

「へい ボス。 すごいセキュリティーだな。 ここは ペンタゴンか?」
「店子にIT企業が多いからな。 最上階は 日本一の“ケータイ”会社だし・・・。
 きっと ここは 情報の宝物殿なんだろ。」
「なるほどね。」
「上海の資料は まとまったのか?」
「・・・・。」


「レオ?」
また、か。 ドンヒョクがいぶかしむ。 レオは 一体どうしたんだろう?
今回の出張では 何故か時々 彼の集中力が散漫になる。

どんな時でも平静で有能な 自慢の相棒にそぐわない 度々の放心。
ソウルに気掛かりがあるようだ。  だが 奴が抱えてる仕事に 何か面倒があったかな?

横目で伺うハンターは 不思議そうに 眉を上げた。

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「しかし・・・ 大したレイダース殿だな。」


米国大手投資銀行の担当者は 忌々しそうに ドンヒョクをねめつける。
「“アメリカまで行く時間は無い。 日本支社でなら 会う。”だと? はぁん!」

ミーティングルームの 巨大なテーブルの向こう側で
高く足を組んだハンターは 薄く笑って 眼を伏せた。
「当方には  そちらにお会いしたい理由が ありません。」

お話が アメリカまで出向かなかった事へのクレームだけなら もう 帰ります。
「一文にもならない嫌味を聞いているほど 暇じゃないのでね。」


言うなり ドンヒョクは席を立つ。
度肝を抜かれた 担当者は  ま、待ってくれ と 慌てふためいた。
「君・・いや貴方に 是が非でもこの件を受けてもらわねば 私の首が飛ぶんだ。」



不機嫌そうに ことさらゆっくり振り向きながら ハンターの眼が相手を射抜く。
―そんなに簡単に 相手に弱みを見せる奴は どの道 すぐに首が飛ぶさ。

そして その後の会談は すべてドンヒョクのペースになった。

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ああ こんなつまらない仕事は さっさと片を つけてしまって
一泊だけで ソウルへ戻りたいな。
明日は ジニョンが休みなんだ。
どさりとタクシーの座席に座り PDAにメモをしながらのドンヒョクがぼやく。

「打合せだけ終えれば ソウルで詰められるな? おい?  ・・・・レオ?」


バンッ!!

「!!」
「いつから私の弁護士は 夢見る少年になったんだ?!」
「・・・・ボス。」
「理由を 聞かせてもらおう。」



ビル風で ぼさぼさになった髪。 しょぼしょぼとうつむいた弁護士は 
どうも ジェーンが病気みたいなんだ と言った。
「ソウルを出る朝 ひどい熱でね。 医者に連れて行くよう バーバラには言って出たんだが
 ・・・メール連絡が 来ないんだ。」

ふん レオの派手なブロンディ―ズか?
あいつらは お前以上のソウル通じゃないか。 心配はいらないさ。


ああ そうだな。

納得しない相棒の 沈んだ声を聞いて ドンヒョクの眉がひりりと上がる。

「子どもじゃないんだ。 何かあったら電話してくるだろう?」
ふっ・・ と優しい男が 寂しげに笑った。 ボス? あいつらは 芯までプロなんだよ。
「“旦那”のお仕事中を邪魔するなんて 死にそうな時以外 決してしない。」


かあぁっ!

いきなりドンヒョクが携帯を出す。 一体 何を愚図ついているんだ?
pi. po.pi.pi.....po.pi....!!

「ボォ・・ス?」
「そんなに 気になるんなら さっさと 電話をすればいい。」
僕に 遠慮でもしているのか? あいつらは お前の「家族」なんだろう?


Hellow!!
やけくそのように呼びかけたドンヒョクは 電話の向こうに 意外なものを聞いた。
切なそうな 喘ぎ声。 けだるいような女の声が 誰?と問う。

最低の 女達め。
遠く離れた場所から こんなにお前たちを案じている レオの留守に そんなことか?

しかし 一瞬の後にドンヒョクは 自分の誤解にうろたえた。


「・・・ハァ・・・ハァ・・・ァ・・・。」
「バーバラ? お前も具合が悪いのか?」
「ケン・・チャ・・ナ。」
「救急車を呼べ。」
「No ・・worry・・・カゼ ヒイタヨ。」


電話の向こうの 声が弱い。 か細い 病んだ女の手が ソウルで受話器を握っていた。
「ボス?」
黙然と凝固するハンターへ 相棒が不安な声をかける。

「今すぐ車をそっちへ向かわせる。 聞こえるか? バーバラ。 
 ジェーンを連れて どんなことをしてもそれに乗れ! おい! 判ったな!」


ボス? 一体 何を言っているんだ?

事情の読めない弁護士へ 矢継ぎ早の指示が飛ぶ。
ソウルへ電話して 大至急ハイヤーの運転手をお前の家に向かわせろ。 2人を乗せたら
「ソウルホテルへ連れて行け と言え。」

その間にも 短縮をプッシュして シン・ドンヒョクが 電話をかける。



「お電話ありがとうございます。 ソウルホテル フロント支配人のソ・ジニョンです。」
「リザベーション・プリーズ?」
「オモ? ドンヒョクssi? 今は ニホンじゃないの?」


恋しい人の 明るい声に ドンヒョクの緊張が 柔くほどける。

―ああ やっぱり ここだ。

「サファイア・ヴィラをお願いしたい。 女性2名。 バーバラ&ジェーン・・・アボットだ。」
「ブロンド? 何よ? ねえ 冗談なの?」
「冗談ではない。 もうすぐタクシーが 2人を届ける。 ・・・よろしく頼む。」
「え? 何? ねえ? ドンヒョクssi!!」


そして その同じ時。 ソウルホテルの正面玄関では 
タクシーの座席から すべり落ちんばかりに降りたブロンドを 
ミスター・ソウルホテルが 抱き抱えた。


ソウルホテルのエントランスへ ソ支配人が飛ぶように急ぐ。

「ソ支配人!」
「ヒョンチョルssiは 手伝わないで!」
万が一 伝染性の病気だったら大変だわ。 ドアマンはジェーン達に触れたわね?
じゃあ 私と 貴方で担当します。

矢継ぎ早の指示。
医務室の医師が飛んでくる。
ソウルホテルのエントランスは しばし 緊張に包まれた。

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まったく ウチのホテルは 病院じゃないのよ!
手配するなら 救急車にしてよ。


両手を腰に 仁王立ちして ソ支配人が怒っている。
悠々と ネクタイを緩めながら 
出張帰りのビジネスマンは にぎやかなクレームを聞き流して 笑った。

「それで? 医者はなんだって?」
「食あたりだって。 体力が落ちているから 重くなったみたい。」
「何でもかんでも 喰うからなあいつら。」


それじゃあ 入院?
「ううん。 その必要は無いみたい。 “ご予約の” サファイアで休んでいるわ。」

もう ホテルの男どもが浮き足だっちゃって 大変よ。 
厨房じゃ 主任がはりきってスープを作っているし。
誰がサファイアへ食事を運ぶかって ギャルソン達は クジ引いているし。

「あははは! 美人は得だな。 レオの家より居心地が良さそうだ。」
「レオさん。 ・・すごく心配していたわ。 2人のベッドの側に ずっと座っていた。」


レオと ブロンド か。
背の低い“足長おじさん”と 2人1組の元高級コールガール。
世間の常識の外にいるけど あの3人も 半身同士なのかもしれない。


「じゃあ もう心配は無いな。」

「いいえ “お客様”。 確認したい事が 1つございます。」
貴方がリザーブしたのですから。 ご請求を廻させていただいて よろしいでしょうね?
「Yes. ソ支配人。 もちろん お支払いいたしますよ。」


ぷん とジニョンが まだからむ。 
「大変だったんですからね!」
ソファに座ったドンヒョクは 不満タラタラのふくれっ面へ 愛しそうな笑みを見せる。
華奢な腰を抱き寄せて膝の間に座らせると 甘やかな声でささやいた。

「本当は 怒っていないだろう?」
「どうしてよ。」
「君は 余程のことが無いと “お客様”には 怒れない。」


My hotelier。 
彼女たちは 救急車を呼ぼうとは していなかった。
遠く離れている僕には 彼女たちの様子が 見えなかったから 

「ソウルで一番“信頼できる人達”に 託したんだよ。」
「ドンヒョクssi・・。」
「ソウルホテルは間違いなく 僕の大事な人達を守ってくれる と 思ったから。」


「・・・・・は。」
ふわり と 白いジニョンの腕が ハンターの首にからみつく。
ずるいわね。 本当に 口が上手いんだから。
「そんな賛辞を いただいては 怒るわけに行かないじゃない。」



君への慰労は この僕が 心をこめて・・ね?
「言うと 思った。」
では さっそく。  いそいそと妻を抱き上げて シン・ドンヒョクがベッドへ向かう。

「ねえ ドンヒョクssi?」
「うん?」
「リザーブの名前なんだけど。  ジェーンの姓は アボットじゃないでしょ?」


うん まぁね。

数日ぶりの柔らかな肌に 上機嫌で 唇を這わせながら
シン・ドンヒョクが 薄く笑う。 あれは ちょっとした 洒落なんだ。
「洒落? ・・・・・・ぁ・・。」


あいつらは “足長おじさん・レオ”と 住んでるだろう? 
アボットって 言うのは 

「『足長おじさん』の主人公、ジュディの姓なんだよ。 ジルーシャ・アボット」


大きな腕に 閉じ込められて ジニョンはうっとり眼をつぶっている。
聞いているかい? My hotelier。  もう 聞こえないかも しれないな。

筋肉質な身体の下で 獲物の身体が すべらかにくねる。
ドンヒョクは それが幸せのすべてだと言うように 力をこめて抱きしめた。

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「1,10,100・・・・。  随分 高いね?」

「お支払くださるお約束でしたね? “お客様”」
「ああ うん。 それは もちろん。」

払うけどさ。
なんで サファイアの宿泊代が こんなにするんだ? 

「なんだ? ・・・ドン・ペリニヨン? ロゼ? ヴーヴ・クリコ?」
「皆さまに とってもお世話になったからと言って ブロンド達がパーティをしたの。
 厨房にベルスタッフにギャルソンに・・、ヴィラが壊れるかと思ったわ。」



ぴんと 背筋を伸ばして立つソ支配人が にこやかに笑った。

「良かったですね。 ドンヒョクssi。 “大事な方” が 元気になって。」


        *         *         *          *


医療関係者の方は 病人の取り扱いに関して
異論があると思いますが 
お話と言うコトで 今回はご容赦ください。
ぼにぼに


※かつて オノ・ヨーコの母親が病気になった時
彼女は N.Y.からタクシーを呼んで
母親を某ホテルへ チェックインさせたそうです。
旧き良き時代のホテルの格を見せつけられる
素敵な話なので 創作に使用させていただきました。。

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