ボニボニ

 

My hotelier 128. - 晩夏 - 

 




「D&Jが誕生日にヘリコプターで行った先は?」
 と言うレスが多かったので 時間が少しもどりますが。
 ・・・こんなヴァカンスでした。

         *      *      *      *

私 ね。

夏という季節だけは 毎年「消えてしまう」ような気がしていたの。



秋は 深まって冬になるし 冬は 緩んで春になってゆく。
他の季節はそんな風に 「移り変わってゆく」ものだけど。 
夏だけは 二ヶ月間いっぱいに輝いて 消えていってしまう。 そんな風に思っていた。

「だから ね あの蝉が鳴く頃になると。」
「ひぐらし?」 
「ええ。 あのカナカナ・・という声を聞くと たまらないような寂しさに襲われたわ。」



今も 寂しい?

ふわりと伸びるドンヒョクの長い腕が 
風の中で立ち止まった愛しい人を 守るように抱きしめる。

「ううん。」
ぺろりと小さく舌を見せて いたずらそうな顔が 腕の中から恋人を見上げた。
「ホテリアーになって 忙しく夏を過ごすようになったら 夏の終わりが寂しくなくなったの」


・・結局 夏休みが終わっちゃうのが 寂しかったというコトなのかもね。
詩的なことを言っていたくせに まったく叙情のない結論を 出してみせると
ジニョンは 腕をすり抜けて歩き出す。

自分から抜け出ていった温もりを追いかけるように
ドンヒョクは 砂を踏んで歩く彼女と並び その華奢な腰へ 手を回した。

海風が 遠慮がちに2人の身体を迂回して 通り過ぎる。
寄りそって続く足跡は 波打ち際に長く続き 時折 キスのために向かい合った。

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沖合いに浮かぶ小さな島に 出来たばかりのリゾートホテル。

ヘリを降りたジニョンは 東海へ行くはずだったでしょうと 呆れ顔で笑った。


「嘘は 言っていない。 ほら 向こうに見えるのが 僕の育った町。」
「なによ。 あんなに遥~か 遠くじゃない。」
「東海は 東海。」


うふふ・・と 困ったようにジニョンが笑う。

いつまでも 昔のことになると 少し不器用なMy hunter。
急がないわ。 私たちには これから たくさん時間があるもの。
忘れきれないあなたの傷は 2人で ゆっくりと癒してゆけばいい。


“愛しているわ ドンヒョクssi。”

「・・・ジニョン?」
「ええ。」
「海へ来ると 君はいつも とても 優しいね。」
「泳げないから 海に落とされたくないの。」



サファイア・ハウスにも 大きな池を作ろうかな。
そうすればジニョンが 僕の言う事を素直に聴く良い妻になるかもしれない。

憎まれ口を聞きながら ドンヒョクはジニョンを盗み見る。
ぷうっ・・と 盛大な膨れっ面。
My hotelier。 やっぱり君の怒った顔は 最高に可愛い。



プライベートビーチから ささやかなスロープを上って ホテルの庭へ入る。

コロニアルな雰囲気のプールを囲んで 緑の中に ゆったりとコテージが配されている。
シーズンの終わりに近いこともあって ホテルに宿泊する人もまばらだった。

ソウルホテルとまったく趣の違う ここを選んだドンヒョクの目論みは まんまと当たり、
いつもの「ライバル」チェックもすっかり忘れて ジニョンは のんびりとくつろいでいた。



― ああ やっぱり来て良かった。

シン・ドンヒョクはひとりごちる。
インカムのコールも フロントの呼び出しもないこの島で 僕は ジニョンを独占している。

彼女は きれいな脚に あのいまいましいストッキングをはくこともせず
シーツ1つを身にまとって 僕が運ぶ朝食のトレーを 甘えた顔で待っていてくれる。
大慌ての着替えも 上げた髪を直しながらのせわしないキスも ここにはない。



ふふ・・・。

“なあに? ドンヒョクssi。”

「うん? いい休日だと思って。」
夕方になったら シングルハンダーのセーリングクルーザーでも借りようか。
落陽の 金に染まる波の上を ジニョンと帆走したら 素敵だろうな。

風に髪をなぶらせる愛しい人を 満足そうに抱きこみながら
休日のハンターは上機嫌で プールへ眼をやった。


「!!!!」


「ねえ、ド・・・。」
「部屋へ帰ろう。」
「え?」
「急に・・・目まいがした。」

オモオモ 大変。 大丈夫なの? ド・・
心配げな声を遮るために 慌てた男が 妻を抱きしめる。
「んぷ・・・。」

「大丈夫だ! だから 早く部屋へ帰ろう。」

手荒くジニョンの肩を抱き 踵をかえしたハンターは 部屋へ急ぐ。
戸惑いながらドンヒョクを見上げたジニョンは 眉根を寄せて歩く夫に 首を傾げた。

-----


「・・・ぁ・・。」


・・ねぇドンヒョク ・・ssi・・クルー・・ズに行くんじゃ・・・なかった・・の?

棕櫚で編んだ 日除けの影が 大きな寝台の上に落ちる。
シーツの海へ腕を伸ばして 
ジニョンは肌に 朱をにじませている。

「ごめん・・。 気分が すぐれないんだ。」
もっと 上げて。 
華奢な腰をつかまえて 逞しい身体が 大きくしなる。


「・・あ・・・・ん・・・。 ・・・ねぇ・・。」
具合が悪いのなら こんなことしていちゃ だめ じゃない?

うつ伏せた身体の下から 快感半分 ジニョンの柔らかな声がする。
溶けるように笑ったドンヒョクは いいから・・とささやいて 可愛いクレームを閉じ込めた。




― そ・れ・に・し・て・も! 

なんで  あいつが ここにいるんだ!
さっきプールで見た河馬は あれは 間違いなくデブ2だ。
忙しい銀行頭取のくせに。  どうしてこんな所で 水に漬かっているんだ?
「水浴びなんか 漢江でやれ。」
「・・・え?」

なんでもない よ。 
白い背中へ唇を這わせて ハンターは 眼だけで画策をする。

デブ2がここにいることを ジニョンには 内緒にしておくほうがいいな。

「お客様」好きな 彼女のことだ。 
デブ2がここへ泊まっていると知った日には
奴に挨拶をしようなどと 恐ろしい事を 言い出しかねない。

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うふふ・・ あのね。

「スーベニアショップに素敵なスイムウェアがあったから 買っちゃった♪」


リゾート気分の恋人は どうやら 開放的になっているらしい。
大胆な水着にパレオを巻いて くるりとターンしてみせる。

「よく似合うよ。」
「ねえ! プールの中にバーがあるでしょう? 今夜の最初の1杯は あそこでカクテルでもどう?」
「え?」
「・・・まだ 気分がすぐれないの?」

『究極の選択』
可愛い水着のジニョンを連れて プールのバーで ブルー・マルガリータ。




それは なんて甘美なひと時だろう。 ・・・だけど水の中に あの河馬がいたら・・・。 
“僕らのヴァカンスは 台無しだ。”


首を傾げて 微笑んでいたジニョンが 夫の困惑を見て ぷんとむくれる。
「いいわよ 行きたくないのなら。」
私は 1人で行きますから。 どうぞ ドンヒョクssiは休んでいて。

ふわりと パレオがひるがえって 
見事な脚のラインが 腿まで見える。 

そんな君を 何があっても 1人でなんか行かせないぞ。 慌てたハンターが 後を追った。



―デブ2は いないな。

恋しい人の肩を抱いて ハンターは 抜かりなく四方へ眼を配る。
プールの中央。 小島のようにしつらえられたバーカウンターで
腰まで水につかったジニョンは 柔らかく ドンヒョクにもたれきた。

「!!」
今日のジニョンは 可愛いな。
いきなりハンターの 目尻が緩む。 
「ジニョン? 何を 頼む?」

ブルー・マルガリータのオーダーを聞くや ラフなシャツのバーテンダーは 
器用にシェイカーでジャグリングをして 見事に カクテルを作って見せた。
「オモオモ!すごい! ね? 映画みたいね。ドンヒョクssi!!」


フレア・バーテンディング(ジャグリングでカクテルを作ること)など
今時 珍しくもないけれどね。 ・・・でも 喜ぶジニョンが たまらない。
「そうだね。」
「もう1回見たいわ。 
 あぁ チッ、口惜しい! 私 マイタイなんか 頼まなければ良かった。」







ストローをくわえて ぷうっと膨れる可愛い妻に 休日男の目尻が下がる。

子どもみたいだな 僕の奥さんは。
仕方がない。 クイ とグラスを飲み干して ドンヒョクがまたオーダーをした。

-----


「ねぇ・・ドンヒョクssi。 もう一杯 飲まなぁい?」 

マイタイの酔いがまわったのか 甘えるジニョンの声が高い。


まったく 僕は ジニョンに弱いな。
夕食前の空きっ腹に ブルー・マルガリータ4杯は かなり効いた。
「もう勘弁してくれよ。プールに沈んじまう。」

それでも もっととねだられたら 僕は 断らないだろう。
とろけるように笑っているドンヒョクは その時 いきなり凍りついた。


「それでは ジニョン♪  私が 代わりにオーダーしてやろう。」

「オモ!? え? ・・・頭取?」
ざぶざぶと 派手に水から上がってきた 2トンはありそうなデブ2は
バーテンダーに指を立てて マティーニをくれと言いつける。





―しまったな。
 ジニョンに すっかり夢中になって 奴の事を 忘れていた。


「ふっふっふ。  ジニョン? 私なら カクテルの10杯は軽いぞ。」



大御所頭取のオーダーに バーテンダーは張り切ったのか
一段と派手なフレアを見せる。
最悪 だな。  僕らの楽しい休日は これで終わりか  ハンターは 暗い眼になった。

パチパチパチ・・

「いやぁ。 なかなか見事な芸だな。 なあドンヒョク?」
「そうですね。」
「ぐびぐび・・。 さあ もう一杯頼もうか? ジニョン♪ ん?」

―だ・か・ら 私の妻を呼び捨てにするな!
むっつりとドンヒョクは ふて腐れる。



「うふふ・・。 もう 結構ですぅ。」
ほんのり ろれつの怪しい口ぶりで ジニョンがデブ2に笑いかけた。

「頭取は 少しお酒を控えるよう 奥様から言われてますでしょう?」
「むぅ・・・。」
「お心遣いを どうもありがとうございます。  でも 私・・・。」
ジャグリングも楽しいけど ドンヒョクssiが面白くて ねだっていたんです。

「!」
「!」

「私の為に ちょっと無理してお酒を飲んでくれるのが 嬉しくて・・。」
悪い女 ですよね? だけど たまにリゾートなんかへ来たから
「私 浮かれているのかもしれません。」

ぺろり。 きれいなピンクの舌が いたずらそうに唇からのぞく。
「は・・・。」

2人の男は毒気を抜かれた顔で  頬を染めて笑うジニョンを ぼんやりと見つめていた。



“負けたよ。 もう 君らの邪魔はせん。 水入らずを楽しみたまえ。”

コソコソと ドンヒョクの耳元に デブ2が敗北宣言をする。
「・・その代わり ジニョンと一枚だけ 写真を撮らせてくれ。」
「仕方ない。 手を打ちましょう。」

ここで遭ったが不運 なんだ。 写真一枚は ・・・・我慢しよう。
デブ2とジニョンがバーカウンターに並んで にっこりとポーズを取る。
バーテンダーはファインダーを覗き そちらのお客様は?と 声をかけた。


「僕は 結構。」
誰が あんな河馬と 水着で並んで写真など撮るもんか。
嬉しそうに肩まで抱きやがって。 ドンヒョクは 不機嫌に眼をそらした。

-----


9月中旬 ソウル。
シン・ドンヒョクのオフィスに フォトフレームが 1つ増えた。

サンドレスで笑うジニョンの写真は 
来客の無いときだけ ハンターの机上を飾り
それを見るたびドンヒョクは 甘える恋人を思い出して溶ける。
「ふふ・・・。」
可愛かったな。 僕の ジニョン。



ドカドカドカ!!
「?」

“幹事長?! ボスはアポイントがないと! あ!ダメです!”
“ええぃっ!やかましい! あの チンピラは何処だ!”


パーテーションの向こうでがなり立てる 耳障りな胴間声。
ドンヒョクが写真を伏せると同時に トドが オフィスに押し入ってきた。

「どういうことだ! ドンヒョク!!」 
ピラピラと トドが 紙片を振り回す。
見るまでもなくその写真には 嬉しげなデブ2が水着のジニョンと肩を組んで写っている。

「聞けば お前が許したというじゃないか! 正気なのか?!」
眉間を細かく震わせて ドンヒョクは 静かに眼をつぶる。
―あの野郎・・・。 自慢したくてトドに見せびらかしたな。


「わ・・私のジニョンを あんなデブに・・。どういうことだ! おい!ドンヒョク!」

―だ・か・ら・妻を 呼び捨てにするな! だいたい「私のジニョン」ってのは 何だ!


ソウル市内のビジネス街にも 秋風が 通り過ぎてゆく。
晩夏に鳴いたひぐらしは消え 聞こえるのは ガアガアわめく 政治家の声。


来年のヴァカンスは たとえ遠くても トドも河馬も決して来ない場所へ行こう。
眉間を指でそっと押さえて ハンターは 心に誓っていた。 

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