ボニボニ

 

My hotelier 129. - つくろいもの - 

 




ふふん・・・。



ソウル市内のオフィスで 敏腕レイダースが 唇の端を上げる。
ジニョンが「つきあって。」と言うのは 何だろう?

「レオ? 今日は午後に 少し出かける。」
相棒の呆れ顔を確かめもせず シン・ドンヒョクは 書類をめくる。

2.3時間でいいからって?
スーツはダークなコーディネイトじゃなくて 明るいタイにしてくれって?
「ふ・・。」

どうやら可愛い奥さんは 本日仕事を抜け出して  僕と デートがしたいようだ。
この頃多忙で少々すれ違い気味だし まあこの天気では 無理もない。

「なぁボス? 相手は仕事を依頼したいと 言っているんだぜ?」
「話は うちの有能な弁護士が親身になって聞く。 That’s all, no problem.」
「ボォス・・。」

仕方がないだろ?  僕は 紳士だ。 愛しい妻を寂しがらせるわけには行かない。
2.3時間・・? ひょっとしたら 
昼下がりの情事でも 楽しみたい気分なのかもしれないな。

ふふん・・・♪



----- 


従業員口の方へ車を廻すと ジニョンは 先に待っていた。


ボウタイの制服に 明るいオレンジ色の花束。
―花束・・?  今日は 何かの 記念日だったっけ?

ドンヒョクは いささか慌てて 記憶をたぐる。
その間にジニョンが走り寄って するり と助手席に滑り込んだ。
「忙しいのに ごめんなさい。」

チュッと柔らかな唇が 男の頬で 音を立てる。
いそいそステアリングを廻しながら ドンヒョクの笑顔が 甘くなった。
「さて 奥様。どちらまで?」
「ソウル大学病院まで。」

キキッ!
「きゃっ!!」


いきなりグンッと前にのめって ジニョンの頭が 大きく振れた。
「びっ・・・。 ドンヒョクssi・・何よ?」
「病気なのか!」
キッと睨む 強い視線。 ステアリングを握り締めた男は 青ざめた顔で妻を見る。

「どうして言わなかった!」
「ド・・・。」
何があっても 僕は君を失えないと言っただろう?何故すぐに言わなかった! どこが悪・・
「お見舞いよ。」
「だから見!  ・・・見舞い?」
「ルームキーパーのおばさんが 膝の靭帯を 痛めちゃったの。」

コホン。 
ばつの悪そうなハンターは イグニッション・キーを廻してエンジンをかける。

眉をあげて 上目づかいのからかい顔。 
ギアに置かれたドンヒョクの手に ジニョンはそっと 自分の手を乗せた。

-----


まっすぐ 背筋を伸ばして立って。 うん 素敵よ。

「じゃあ これを持って。」
「・・・なんで僕が 花束の渡し役?」
だって どうせもらうなら 男性からの方が いいじゃない?


ドンヒョクが 差し出す花束を ハウスキーパーは 嬉しげに受けた。
「んまぁ 理事さんからお見舞い貰っちゃうなんて・・。 どうしましょう。」
「早く 良くなってください。」




「あらあら・・。 ハンサムさんから花束をもらって いいわね。」

2人部屋の 同室仲間。
品のいい老婦人が 朗らかな声をかける。
その冷やかしに照れながら ハウスキーパーは ジニョンへ言った。

「ねえ ソ支配人? 実は私 シャンプーしたくて閉口していたのよ。」
ちょっと 手伝ってくれないかしら?
ここの看護師さん達 すごく忙しいから あんまり手間をかけたくなくて。

ハウスキーパーの言葉に ジニョンがにっこり 席を立つ。
「あ・・と。 ドンヒョクssi は?」
構わないよ。 僕は少し 煙草が吸いたくなった。

「しばらく 庭にでも行ってこよう。」

-----



フウッ・・。

小春日和の 午後2時半。  ジニョンは 介添えで行ってしまった。
手持ち無沙汰で庭に座り 煙草をくわえたドンヒョクは
紫煙がゆるく流れる先を ぼんやりと 眼で追いかける。


くす・・。

「?」
開け放った窓の向こうは リハビリテーション・ルームだった。

先程 病室で声をかけた婦人が にこにこと こちらを見つめている。
慌てて煙草を灰皿へねじ込み  ドンヒョクは 煙を手で払う。
「すみません。」

「あら いいのよ。」
そこは庭だもの。 禁煙エリアではないのよ。
「すごく 美味しそうに吸うなと思って。」
私も以前は吸っていたけど ここへ入るのを機会に止めたの。 身体の為には 良くないわね。


「だけど 貴方が煙草を吸う姿は とても綺麗。」
「これはどうも・・。」

老婦人は 立ち上がる。 さあ もう少し頑張りましょう。
「転んで 骨を折ってしまったのよ。」
「・・・・・。」
「乳癌をしたり、骨を折ったり。 うふふ・・ 身体もあちこち壊れるわねぇ。」
「・・・・・。」




何を言えば いいのだろう。 シン・ドンヒョクは黙り込む。
ビジネスの場で 寸分の隙もなく話せる男は 目の前の女性に何一つ 話す言葉を知らなかった。

くすっ・・・。

いたずらそうに上げた眉。 
「気にしないで。 昔から つくろいものは得意なの。」

「?」
彼女の言葉に ハンターが眼を上げる。
ほつれたらね つくろえばいいの。 丁寧に 丁寧につくろえば また ちゃんと使えるわ。
人も着物も同じよ。 ・・ちょっぴり つぎはぎになっちゃうけどね。

「“パッチワークよ”って言えば お洒落でしょ?」
「は・・。」

さあ丁寧に つくろわなくちゃ。 それでは ごきげんよう。
歩行訓練用の平行棒を握り 彼女は ゆっくりと立ち上がる。
窓外にたたずむ男は 一歩一歩と足を運ぶ人の姿を  少し まぶしげに見送った。



カツン・・・ カツン・・・

白い廊下に ドンヒョクの靴音が響く。
ジニョン達はもう 部屋に戻った頃だろうか。
ふと眼をやると リハビリテーション・ルームには まだあの人の姿があった。

“ほつれたらね つくろえばいいの。”

引き込まれるように ドンヒョクの足が彼女へ向かい 平行棒のエンドに立つ。



「・・・あ・・ら・・?」
訓練の為に結んだ唇が ゆっくりとほどける。
笑顔になりかけた女性の口元は 途中で止まって ぽかん・・と 開いた。

にこやかに 愛おしそうな眼差しで
まっすぐに手を 彼女へ伸ばして シン・ドンヒョクは 微笑んでいる。


「さあ・・ いらっしゃい。」
「・・え?」
「ここまで来たら 僕に  貴女をデートに誘わせてください。」

まあ と 女性が笑い出す。 それは 励みになることねえ・・。


一歩 一歩と 進む足。 
一歩ずつ 2人の距離は縮まって 女性がエンドまで届く時
こらえきれない大きな腕が 彼女を 胸へ引き込んだ。

オモオモ・・!!  看護師が 眼を丸くする。
理学療法士が 器具を取り落とす。
小春日和の 午後3時。  リハビリテーション・ルームの中は ちょっと華やかな騒ぎになった。


「さあ。 では 何処へ行きましょうか?」

にこにこと女性を抱きしめて 上機嫌でドンヒョクが笑う。
まあまあ だめよ ハンサムさん。 
逞しい胸を柔らかく押し返して 女性は 胸から抜け出した。

「私 夫がいるんですもの。」
「・・・・・え・・?」
「彼に 怒られちゃうわ。 ごめんなさいね。」

-----



―まいったな。 断られるとは思わなかった。


フラレ男が 情けない顔で 頭を掻きながら歩いてゆく。 
背の高い後姿を見送りながら トレーナーが 婦人に笑いかけた。
「付き合ってあげれば 良かったのに。」

亡くなった旦那様だって それ位は 眼をつぶってくれます。
引き出しの中の お写真。 ちょっとの間だけ裏返しても きっと 怒りませんよ。
「そうねえ。 でも・・。」


女性をデートに誘うのに 花束も持ってこないなんて  彼って 少し失礼じゃない?
「!」

さあさあ 私は あとひと頑張り。
あーあ。  「つくろいものは 根が要るわねぇ。 ふふふ・・」



“それでも 丁寧につくろえば  また ちゃんと使えるもの。”


ふわりと笑ったその人は もうひと針 丁寧な一歩を 前に運んだ。

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ