ボニボニ

 

My hotelier 132. - 浮気 - 

 




オフィス街は「今年」を終えて 帰路に着く時間になっていた。

シン・ドンヒョクのオフィスでも もう あらかたのスタッフは去り
静かなデスクでハンターは ぼんやりとモニターに向かっていた。



「ヘイ ボォス? 帰らないのか?」
オーバーコートの首元に 念入りにスカーフを押し込みながら
レオは 上司より先に帰るのが気詰まりなように問いかけた。
「ん? ・・帰るよ。」


席を立つタイミングを 逸していたんだ。
相棒の声でスリープが解けたように すらりとハンターが立ち上がる。
ボス 車はどうしたんだい? 


「ジニョンの仕事が早く終わったら 呼び出して飯を食おうと思ってね。」

飲んで車を置いていくのが面倒だから 今朝は タクシ―で来たんだけど・・。
「ハハ・・また“お客様”に ジニョンさんをかっさらわれたか?」
「僕の方が イイ男だと思うけどな。」
男は顔じゃない。相手は金を持ってくるんだ。


「ちょうどいい。 乗っていかないか? これからソウルホテルなんだ。」
「?」
「“お迎え”に。」
「・・ああ・・・。」


駐車場には 巨大なリムジンが停まっていた。

レオが 車寄せのプラットフォームに立つと
ボブ・サップのようなショーファーが ぴたりと前に車を止める。
「何だ? このリムジン?」
「へへ・・。 ちょっと 腰が痛くてね。伸びの出来る車にしてるんだよ。」

―アウトビアンキでも伸びが出来そうだけどな レオの場合。


相変わらず趣味が悪い相棒に やれやれと頭を振りながら
それでも ドンヒョクは有難く部下の車に同乗した。


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ソウルホテルの 従業員口に 派手な2人が姿を表した。

彼女達が優雅に羽織る ブルーフォックスのコートよりも 
こぼれ落ちるブロンドの方が 夜の中ではまばゆく光る。
「アンニョーンー!」
「チャルジャヨー♪」

あられもないほど頬を染める「同僚」のホテリアー達へ 
上機嫌な2人は愛想良 く投げキスを振りまいてゆく。



そんな彼女達の目前に 気取ったなりの男が立った。

「やあ。今 帰り? パーティでは楽しかったよ。」
「Hi・・? オ客サマ。オ楽シミイタダケテ嬉シイデス。」
お礼に一杯ご馳走するよ。さあ 乗って。
身体半分後へ向けた男が どうぞと招く先に 派手なメルセデスが停まっていた 。

「Sorry. No,thank you.」
「家族ガ 迎エニキマス。」


しみったれて いるんだな。
家族が迎えに来るなんて。俺が ちゃんと送ってやるよ。
男がいささか強引に言った時 メルセデスの横へ豪勢なリムジンが後進してきた 。
「DTSリ・・リムジンが ・・・バック?」



呆然と 男が立ちすくんでいる場所へ ピタリと車が停止する。
ボブサップのようなショーファーが 後へ廻ってドアを開けた。

「言っただろう? こんな車にするからだ。」

従業員口の方はドライヴウェイが狭いんだから でかい車は邪魔なんだよ。
ぶつぶつ文句を言いながら シン・ドンヒョクが現れて 
キザな男は 顎を外した。

― お・・い・・・。これって フランク・シンだよな。


男は 外資系の投資コンサルタントであり
彼にとってフランク・シンの存在は すでに生きた伝説だった。



「Wao! Frank!  一緒ニ帰ルカ~?」
― い・・一緒に 帰・・る・・?

「ジ・ニョ~ン ドコ~? パーティスル~?」
しないしない。ついでだから乗ってきただけだ。
邪険に払うドンヒョクの手を ブロンディーズは もちろん無視する。


イイジャナ~イと2人がかりで ハンターを座席へ押し戻し
心得たボブ・サップがドアを閉めた。
「!!」

ススス・・とスモークウィンドウが下がり
天から降ってきたようなブロンド達は
置き去りにする“オ客サマ”へ 最後の愛想を忘れない。


「Sorry,“オ客サマ”私達 オ客サマト私的ナ時間ヲ過ゴスノハ・・。」
「規則デー 禁ジラレテオリマス。 Have a good night!」


だから! 僕は 家に帰るんだ。 ソレナラ 私達モ一緒ニ行クネ~♪

クジラほどもありそうな巨大なリムジンの後部座席で
天から降ってきたようなブロンドと 伝説のレイダースがもめている。
キザな男は混乱のまま そのテールランプを見送った。


-----



ソウルホテルのバックヤードを きれいな脚が飛ぶように歩く。

ホテリアー達へ言葉を投げ 休みなくインカムに応えている。



―ああ! もう 遅くなっちゃった。怒っているかしら 
ドンヒョクssi?

早く仕事が 片付くようなら 連れて行きたいレストランがあるんだ。
今朝の彼はそう言って 車に乗らずに出かけたのに。
「怒って・・・ いるわよねえ。」


ホテルという 眠らない城を職場にすることは
エンドマークが永遠に出ない 射撃ゲームをするようなものだ。

常に仕事が立ち上がり ホテリアーへと向かってくる。
どこかで 仕事を諦めない限り
シューティングヤードからは降りられない。
そして ソ支配人にとって 仕事を投げることは至難だった。



「ああ!もうっ 絶対帰るんだからっ!」

険しく眉根を寄せながら ジニョンはバタバタと服を脱ぐ。
ドンヒョクssiは 居間のソファで 冷たく眉を上げているのかしら?


ヒールを鳴らして走るジニョンは 
ルームサーヴィスから戻るベル・スタッフとすれ違った。

「お帰りですか?ソ支配人。」
「ええ お疲れ様。・・・それ どこのヴィラ?」
こっちにヴィラはないはずだけど?怪訝そうな支配人に ベル・スタッフが笑った。
「お宅ですよ。サファイア・ハウス。」
「・・・え?」


お客様がお見えのようです。
シャンパンとイチゴとオードゥブル。
「?」


-----


玄関のドアが 音もなく開いて 大きな瞳がキョロリと覗いた。


お客様が来るなんて 聞いていないわ。
シャンパンと イチゴとオードゥブル?
ひょっとして・・ 私のために?

うふふ。ドンヒョクssiったら。 
肩をすくめてこっそり笑ったジニョンの耳に 女の声が聞こえてきた。
「!」



女は なめらかな英語だった。

応えるドンヒョクも早口の英語で ジニョンはクラリ・・と世界が揺れた。
― 今 ・・・なんて 言った?

“私の方が魅力的でしょう? 彼女は ワーカホリックよ”

ドンヒョクssiは・・・それに応えて何て言ったの? 


私 心臓が喉へ詰ってし まって 彼の言葉が聞けなかった。




灯りを落とした玄関ホールに ジニョンは 1人で立ちすくむ。
“彼女は ワーカホリックよ。”
女の声が 心に刺さった。


「・・・・。」
うつむいて 唇を強く噛んでみる。
今夜もキャンセルした食事。 「そう。」とだけ 彼は 静かに答えたけれど。

「ドン・・ヒョクssi。」

それは 怠慢だったのかもしれない。私の 甘えなのかも。
だけどある日こんな風に 壊れるなんて思いもしなかった。
「どうしよう・・。 私こそ彼を 失えないのに。」




バタン バタン。
いくつかドアの音がして リビングがしんと静まった。
ジニョンが そっ・・と覗いてみると そこには誰もいなかった。

「?」

きょろきょろと居間を通り過ぎて 寝室のドアに手をかける。
まさかね。 カチャリとドアを開けると ブランケットが人型に膨れ
クスクスと忍ぶ笑い声と共に 2つの丘が動いていた。


グラ・・・。 とジニョンの地面が崩れた。

自分の身体が 砕けて 割れる。
上あごに張り付く喉を引き剥がし あらん限りの声でジニョンは叫んだ。
「やめて!!」


私のせい なのかもしれない。 だけどこんなのは酷いじゃない!
何を言っているのかも判らない程 涙と声が溢れ出る。
引き剥がされたブランケットから驚いた顔が現れた。
「ジ ニョ・・。」
「ア?」


ジニョンは両手で枕をつかみ ブロンド達をめちゃくちゃに叩く。
ワアワアと泣く女の悲鳴に バスルームのドアが開き
濡れ髪のままのドンヒョクが ローブを引っ掛けて走ってきた。
「ジニョン!!」

・・・お前達?! そこで何をしている?

ともかくジニョンだ。 ドンヒョクは慌てて 妻を抱きしめた。


何なの酷いわドンヒョクssiどうしてこんなここは私とドンヒョクssiの!!
「違う! ジニョン?! 聞け!」
驚くほどの抵抗を見せて ジニョンは腕の中でもがく。
チッと舌打ち。ハンターは狙いを澄まして ジニョンを襲った。
「・・・んっ!・・」




Waaao・・。 ブロンド達が驚くほど それは強引なキスだった。


がっしりと大きな手で捕まえられて 白い頬に指の形が赤く染まる。
押し返す手は握り取られて ジニョンはねじ上げられるように抱かれた。


ジニョン ジニョン。 落ち着いてくれ。

僕の心が聞こえるか?


悲鳴を上げて抗っていたジニョンが だんだん力を失ってゆく。
それに合わせてドンヒョクの腕は 粗暴から抱擁へ移って行った。

「は・・・。」
ほんのわずかの間だけ ハンターの唇がジニョンを離れる。
愛しい人に少しの息をさせると もっと深く口づけた。
「・・・ん・・・。」


シン・ドンヒョクは全てをかけて ジニョンへ愛を口移しする。
ジニョン ジニョン? 愛しているよ。
ベッドで見つめるブロンドの胸にも 深い声が響いてきた。

「・・・・。」
ジニョンと唇を合わせながら ハンターの眼が白く光った。
ふざけの過ぎたブロンディーズへ 「行け。」と 視線が言い捨てる。

戸惑う2人はベッドを滑り出て とても静かにドアを閉めた。




「・・・・ジニョン?」
ようやくドンヒョクが声をかけた時 ジニョンはベッドに横たわっていた。
心配そうな恋人が 傍らで 優しく頬を撫でている。
「大丈夫かい?」
「・・・ドンヒョクssi。」


遊びに来たんだ あいつら。 いつまでも飲んでいて。
僕は先に休むから ナイトキャップでも何でも勝手にしろと言ったんだ。
ゲストルームにはレオも寝ている。
「・・・レオ・・さんも・・?」

おおかた僕をからかうつもりで シャワーの間に隠れたんだろう。
まったく失礼な奴らだよ。僕たちの大事な愛の巣に。
「驚いただろう? 後できつく叱ってやる。」


みるみる ジニョンが朱に染まった。
怒り狂って 私ってば 2人をめちゃくちゃに叩いたわ。

くす・・と ドンヒョクが柔らかく笑う。

ジニョンの腕を取り上げて 自分の身体に巻きつけた。
「心配した 奥さん?」
「・・・ドンヒョクssi・・。」
「抱きしめて。」
僕は君の半身だ。一緒に生きると 誓っただろう?


ジニョンはぽろぽろ涙をこぼして 安堵と共にしがみつく。
ほどけるような笑顔を見せて ドンヒョクは華奢な背を撫でた。

「ジニョン。」
「えぇ。」
バスローブの襟を持ち上げて ハンターが少し胸元を見せる。
「準備は出来ているけど 僕の愛情確認は?」

ぼっとジニョンが沸騰した。
「だってジェーン達。・・・レオさんもいるんでしょ?」
「!」

眉を上げたハンターが ベッドを起きてドアへ歩く。
バンッと大きくドアを開くと 張り付いていたブロンド達が固まった。
「・・・・ハァイ。」
「ジ・ニョーン ミアネヨ。冗談ナノ。」
「う うん。」


Go away. この先は 僕達の時間だ。

すごすご引き上げるブロンディーズを 背中までじっと確認して。
バンッとドアを叩き閉めると ハンターはフンと鼻を鳴らした。



「ね? もうあいつらは引き上げた。ここの防音は完全だよ。
隣にいるのがロー マ法王だって 気にする必要がないくらい。」
「でも・・・。」
「いいじゃないか。夫婦なんだし。」
「う・・ん・・。」

ジニョンが半分迷ううちにも ハンターは獲物の皮を剥ぐ。
禁止の声が上がる前にと ジニョンの中へ入り込んだ。
「・・・あ・・。」
「愛しているよ。いいだろう?」



・・あ・・あ・・あ・・あ・・

「ふふ いいかいジニョン? もっと感じて。」

はた迷惑な奴らだけど 何だか今夜 僕は儲けたな。
あんなにジニョンが取り乱すなんて思わなかった。やっぱり僕を・・。
「愛しているかい?」
「ん・・。」

うんじゃだめだな。 ちゃんと言えよ。
得意げな笑顔をほころばせて ハンターは恋人を追い詰める。

快感と愛に揺らされて ジニョンが甘い声で鳴いた。

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