ボニボニ

 

My hotelier 133. - 記念日 - 

 




フランク・シンという男にとって
「記念日」という言葉には 何の意味もなかった。

日付は 仕事を進捗させていくための時間的な目盛りでしかなく
大切にするものでも憶えておくものでも ましてや祝うものでもない。


彼の中に記憶された たった1つの日付は
グリーンカードに記された国籍の取得月日であり


その日付は 彼が 父親と祖国から見捨てられた時点を表すものだった。


-----



サファイア・ハウスの夜明け時。

夜の闇が風に溶かされて 薄い青へ変わって行くのを
シン・ドンヒョクはベランダから うっとりと見つめ続けていた。
木立の向こうには ねぼけまなこのソウルホテルが立っている。


僕は今 何と沢山の「記念日」を持つ男になったことだろう。



ソウルホテルへのチェック・イン。
ジニョンや 自分の 生まれた日。
VIPへグリーティングカードを贈るのが 仕事の1つという妻のせいで
トドやデブ2の誕生日までが 海馬の隅にこびりつく。

それは煩雑なことであり そして 幸せなことでもあった。


すぅ・・っと 白い手が伸びた。

ハンターが眉を上げて見ていると 脇から差し込まれた細い腕が胸にまわり
背中に柔らかな温もりが抱きついてきた。
「・・・・ドンヒョクssi?・・。」
「雨が降るね。 ジニョンが こんなに早起きをした。」
「もう・・・。」


・・・・何を 考えていたの?
心配そうな妻の声に フランクの横顔が溶けて 笑う。

「この頃 君は後ろも好きみたいだなって。」
「もうっ!!」


シン・ドンヒョク!

愛しい人のふくれっ面に ハンターの幸せが眼を覚ます。
あははと抱き上げて 一気にベッドまで引き戻した。
「欲張りだな。もっと欲しいのか。」
仕方がない。 僕は紳士だ 可愛い妻のご要望とあらば聞かない事はない。

きゃあきゃあと跳ねる手足をすり抜けて
ハンターはローブを剥いで投げる。
ふざけているうちにその気にもなって いささか強引に入って行った。


「・・・あ・・・ねぇ・・?・・」
黙って。
たくましい背が獲物を組して 片手は腿を裏から押し上げる。
思うままに蹂躙しても 眼を閉じた恋人は抗わない。

愛しているよ。 耳元と身体の奥へ挿しこむと

絹のような声と共に 閉じたままの眼に涙が浮かんだ。


-----



「ねぇ・・・・ドンヒョクssi。 大丈夫?」


君は僕を誰だと思っているのかな?
「寂しがりやの 私のプーさん。」
「僕のお尻にウォルト・ディズニーのキャラクターマークはない。」


大丈夫だよ My hotelier. 幸福は人を強くする。

君に愛されている確かな自信が 僕にささやかな勇気をくれる。


「早めに出るよ。 道が混んでも行けないし。」
急いで無理に走っては嫌よと ジニョンは いらない心配をする。
「だめ」でなく「嫌」というのが可愛いな。 ハンターは 鼻の下を伸ばした。




嶺東高速道路から東海高速へ乗り換えて 北へ向かう。

ヤンヤン南涯港の灯台へ寄る事も考えたけれど
今日のハンターには 感傷に囚われない強さがあった。
私がいることを忘れないで。そう言って 君がキスをした。
「いい年をして いつまでも置き去りの子ではいられないな。」



北風の中では 磯の香りも薄かった。

独り暮らしの父の家は きちんと庭先を片付けて小さな鉢を置いていた。
一瞬 立ちすくんだドンヒョクの胸に ジニョンの声が響く。
「アボジ!」
思うよりも陽気な声が出て 息子は 庭先から父を呼んだ。


「・・・・・ドンヒョク。」

おずおずとした父の背が また少しだけ縮んでいた。

アボジ。そんなに縮こまると余計に早く萎びるぞ。
ジェニーがトクポッギも作るって。 荷物は? 僕が持とう。



「ジニョンさんは・・元気か?」
助手席の父は やっとのことで話をした。
やれやれ 僕とアボジときたら ジニョンがいないと話も出来ない。
「元気だよ。ホテルに客が一杯で うるさいくらい張り切っている。」

ああもうまったくあれもこれもえーとあれはどうだったかしら・・ね?ドンヒョ クssi


ふっと息子が吹き出すのを 父が意外そうに見る。
柔らかい横顔の思い出し笑い。
傷を持つ父は ドンヒョクの微笑みに安堵した。


-----



・・・・・・こういうシチュエーションだけは 避けたかったな。


サファイア・ハウスに 車を入れると 玄関先に舅がいた。
もう既に 感涙寸前の爆裂笑顔。
ああソ・ジョンミン。 勘弁してくれよ。
「どうにかならないのか? その 地中海式家族愛って奴は。」




大体 ジニョンが悪いんだ。

初めての結婚記念日を2人で祝おうと 僕はリゾートを物色していたのに。 
「家族」皆と 迎えましょうよだ? 君の企みなど底が見える。
途方もないほど温かくて おかげで僕まで 優しくなってゆく。


「ドンヒョク!」
はいはい。
「良かったなドンヒョク! お父上と年越しだ!嬉しかろう?」
「・・・・・。」
ソ・ジョンミン 貴方のほうが 千倍ほども嬉しげだ。



僕は 嬉しいだろうか。
「・・・・・。」

振りかえると 父は背を丸めていた。さあと腕をまわして前に押し出す。
瞬間 触れ合った身体から 思いがけない懐かしさがこみ上げて
サファイア・ハウスの玄関先から ドンヒョクはしばし動けなかった。


-----



「もぅ・・。 Mr.ジェフィー。今日は家族で祝うんですから。」

「そうだろうそうだろう ジニョン。なあ内輪でやろうじゃないか?」
「・・・・。」
私も 妻だけ連れてきたんだ。
「今日は我々だけ。 内輪で ささやかにいこう。」


ああ君? 花火の用意をね? あ・・いや・・ 小さいのでいいから。
くすくす笑いのホテリアー達が フロントの前を通り過ぎる。
先程からカウンターに張り付きっぱなしのトドに ジニョンは小さくため息をついた。


「だけど生演奏は入れるよなあ? じゃないとダンスが出来ない。」
「いったい誰がダンスを踊るんですか?!」


冷たい声が 後で響いた。

ほほ?と振り向く政治家の眼前で ハンターは怒りに燃えていた。
「誰が 貴方に・・。」
「ジェフィーさん!」「!」


娘婿を追い越して 舅がトドの手を握った。
「ご多忙中を娘夫婦の結婚記念日のために お越しくださったんですか?」
「おお!お父上。それはもう ジニョンは私にとって娘も同然。」
いや有難いことだな。こんなに思ってくれるとは。大晦日なのに・・
「なあ? ドンヒョク。」


「・・・・・・。」



僕という 男にとって 何の意味もなかったはずの「記念日」。

My hotelier?  たった1人 君と言うひとを手に入れただけで
僕の人生はこんなに変わった。

たっぷり1分。呆然としていたハンターは やがて笑って下を向く。
ジニョンを喰らわば皿まで か。人生は かくも温かい。




「ドンヒョクssi~・・・。」

困った顔の ソ支配人。何も心配することはない。
どのみち僕は ソウルホテルごと君を抱きしめてしまったんだ。
「ジニョン? 部屋を変更出来る?」
「開いているのは・・ あそこだけよ。」

かまわないよ。 お支払いはミスター・ジェフィーだから。
「えっ?!」


にっこりと それは優雅にハンターが笑う。僕たちの結婚記念日を
「祝って下さってありがとうございます。」
「!」
“今年だけとは言え”ご馳走になってしまって 申しわけありません。


どうだとにらむハンターに トドはあんぐりと口を開ける。
やがてニンマリ笑顔になった彼に ハンターはきっちり釘を刺した。
「ラストダンスは もちろん僕とジニョンです。」


-----



2006年が 過ぎてゆく。

年越し客で賑わうロビーを ホテリアー達が行きかう。


ホスピタリティと言うプライドをかけて 人をもてなすプロ達は
お客様の 休日のくつろぎと楽しみのために その情熱を傾ける。



「早く 早く! 遅いぞジニョン。」

今日のソ支配人は もう退勤だ。

慌ててドレスに着替えたジニョンが ばたばたばたと駆けてくる。
写真室のカメラマンが 右だ左だと家族を寄せ集めるところへ
最後にジニョンが飛び込んで ドンヒョクとジニョンの最初の記念写真は やたらと大勢が集まる撮影になった。


-----



「何だよ! ラストダンスどころか ずっとアイツが独り占めじゃないか!」


ダイアモンド・ヴィラの大晦日。ドンヒョクはジニョンと踊っている。
仕事を終えたホテリアー達が 三々五々にやってきて
内輪の会は 今やパーティになってしまった。



「あなたったら・・。2人は結婚記念日なんですよ?」
ミセス・ジェフィーがクスクスと トドのステップに合わせている。

「ハート形の出る花火だって 上げてやったのに。」
「それじゃあミスター・シンにお願いして 1回代わっておもらいなさい。」


私は テジュンssiと1曲踊っていただくわ。
「彼は まだ独身だし・・。 若くて 素敵だわ。」
「ハ・・ハニー。 それはダメだよ。」
「どうしてよ? あなたはジニョンがいいんでしょ?」

どのみち愛妻家の政治家が ごそごそと妻を口説く横をドンヒョク達が通りすぎる。



ね? 少し集めるとこうなってしまうんだ。来年は2人きりがいいな。
「そうねぇ・・・。」
ジニョンの腰を抱き寄せて 耳元へドンヒョクがささやく。
どこかでカウントダウンが始まり 2つの年が 交替をした。


Happy New Year!  今年に沢山の幸せを!



「ね! そうだろう? 約束してくれ“来年は2人だけ”って。」
「約束は 出来ないわ。」
「どうして?」
「・・3人に なるかもしれないじゃない?」
「え?」


うふふ ・・そろそろ考える?
恥ずかしそうにジニョンが言って ドンヒョクの口がぽかんと開く。
メンバーはまだ 増えるんだった・・・・。


ドンヒョクとジニョンの 年が明けた。

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ