ボニボニ

 

My hotelier 135. - バレンタイントーク - 

 




よく磨かれた靴が絨毯の上を進み ここという場所で立ちどまる。


長い指が フェルトの上にきれいなブリッジを作り

そのアーチに支えられたキューが ピタリと 目標に照準を当てた。



カシッ・・・・・

ヒットされたボールは 迷いもなく ゴトリとポケットで音を立てる。
難しい位置をクリアした見事なショットにも
シン・ドンヒョクは 顔色ひとつ変えなかった。



「・・・?」

チョークを手にしたハンターが キューを眺めて 眉を上げる。
手入れのいいソウルホテルのプレイルームには 珍しいことだが
キューに 少しだけ反りが出ていた。



-ジニョンに注意しておこう。“ソ支配人? 君の管理はなっていないぞ。”

オモオモ・・と あの顔で慌てるのかな。
口の端で笑うハンターが キュースタンドへ近づいた時
慌てふためいた音がして 物陰から 白いチュールがのぞいた。

「?」

-----




オーダーテイカーがやってきて サイドテーブルに注文を置いた。

「サインをお願いいたします 理事。」



ジニョンは まだ忙しい?
うつむいてペンを走らせながら ドンヒョクは判りきったことを聞く。
「も、申し訳ありません! その 今日はバレンタインで。お客様も多くて。」

ふ・・・・。

「君のせいじゃない。どうも ありがとう。」
-まったくジニョンはずるいな。 ソウルホテルの全員が 君の言い訳を僕に伝える。




「さて・・と。」


3本の指でグラスを下げ ドンヒョクが物陰へ歩み寄る。
「『バルザック』。 デザートワインにはいいと思うな。」
「・・・・。」


君なら フルーツワインがお好みかもしれないけど。
残念ながら そこまでお付き合いはできない。
「少し 舐めてみたら? 気分が落ち着く。」


コポコポと金の雫を満たして シン・ドンヒョクはグラスを置いた。
おずおずと華奢な若い指が伸びて グラスの脚をつかみとった。
コクン。
「わ・・ぁ・・・美味しい・・・。」
「それは何より。」
  


カシッ・・・!


もうハンターは ボールの方へ 興味を向き直した。
まったく自分を無視する男を見て 逃亡者は 物陰を滑り出た。
「あの・・? なにも聞かないんですか?」
「何を?」
「何をって・・・その・・どうして?・・とか。」


「どうして? どうして花嫁衣裳の女がプレイルームに隠れているか?」
「・・・・・。」
「“彼女にはそうする理由があったからだ” そうだろう?
 僕の関知する問題ではないし それ以上の疑問はない。」


カシ・・・・

キューボール越しに目標を覗く視線は 花嫁などそこにいないようだ。
その圧倒的な無関心さが 彼女を 少しだけ安心させた。
「結婚式なの・・。 今日。」
「そうだろうな。会社へ行く服装には見えない。」
クスクスクス・・・

―冷たい感じだけど よく見るとすごいハンサムだわ この人。




「貴方は・・・結婚しているの?」
「・・・・・。」
カシッ・・・。 
またボールが音を立てる。今度のショットはポケットを舐めた。


「結婚はしている。」
「・・・・・・・幸せ?」
「幸せだな。」 
首だけをこちらへ持ち上げて ハスラーがふわりと笑う。「とても。」



怜悧な美貌がいきなり溶けて 陽が差すように華やぐ。
その完璧な笑顔に花嫁は 少しショックを受けた。

―こんな風に はっきり言える男性がいるのね。
「・・・・本当に幸せそう・・。」
「君は そうでもないのかな。」


わからないの・・・。幸せだと思っていたのに 
式が近くなるとつまらない事でケンカばかりで これでいいのかなって。
「結婚する時 貴方もそんなことを思わなかった?」
「少しも。」
「少しも?」
「そう 少しも思わなかった。」


―ジニョンは 僕の半身だ。

コトリとキューを立てて ドンヒョクはうっとり顎を上げる。
ああ バージンロードの向こうの君 可愛かったな。
「人にはそれぞれ これを曲げてはまっすぐに立てないという芯がある。」
「・・・。」

「ジニョンへの愛が折れたら 僕は もう自分ではないんだ。」



閉じたまぶたがゆっくりと開いて 
穏やかな眼が 花嫁を見る。
静かに笑うドンヒョクの全身から こぼれるほどに愛が香りたった。


呆然と座る花嫁は その芳香に包まれる。

招待状のデザイン スピーチの順序 
何でそんなことにばかりこだわったんだろう。
ただ彼と一緒にいたい。
それが プロポーズを受けた理由だったのに・・・。



ぽろぽろと 花嫁の眼から真珠が散る。

薄く笑ったドンヒョクは ポケットからハンカチーフを差し出した。
「結論は出たのかな?」
「だけど・・・ 私 だめだわ。 式場から逃げ出してしまったんだもの。」
きっと 彼 怒っている。

「・・・・・・・。」


-----



支配人オフィスの電話が鳴った。

慌てふためくジニョンが出ると ベルベットのような声がした。
「ジニョン?」

オモオモごめんなさいドンヒョクssi!ちょっとブライダルの方でトラブルがあって
本当にごめんなさい随分待たせてしまっているけどもう少しだけ・・

「ジニョン!!」
「はい!」
「聞いて。」
「・・・・はい。」


チョコレートを持っているだろう?今すぐそれを持って来て。今すぐ。
「君のトラブルがそれで片付くから。」
「え・・?」




キツネにつままれたような表情で 
ジニョンはプレイルームのドアを開けた。
「ドンヒョクssi・・? 何でチョコが・・ オモ!・・お客様・・。」


ああこれだ。

しなやかに長い指先が ジニョンの手からチョコを奪い
震える白い手袋に そっと 包みを乗せた。
「こ・・・れは?」
「これはね。ソウルホテルの魔法の薬。」


恋を溶かして作った味がする。効き目は 僕が保証する。
“あなたにどうしてもあげたくて ちょっと抜け出した”
「そう言えばいい。」


「そんな・・。そんな言い訳が通るかしら?」
「彼は 君を愛しているんだろう?」
「・・・多分。」

じゃあ大丈夫。 男なんて単純なもんだよ。
愛しい人が花嫁衣裳で バレンタインのチョコレートだぜ。
「断れるはずがない。」


断られたら 帰っておいで。 
「このお姉さんが ヤケ酒に付き合ってくれる。強いぞ。」

「ドンヒョクssi!」
「うふふふ・・・。」


-----




カーン、カーン、カーン・・・


1時間遅れの鐘の音が ウエディングホールに鳴り響く。
幸せそうな花嫁は 花婿の口へチョコを入れる。

「すごく うまいなこれ。」
「これを食べると 一生 愛が折れないんだって。」
「1時間も探した甲斐があったな。」
「・・・ごめんなさい・・。」


“ジニョンへの愛が折れたら 僕は もう自分ではないんだ。”

まぶしいほどに言った人を 私 一生憶えていよう。
恋人の頬にキスをして 迷わない花嫁が微笑んだ。


-----



プレイルームの珠台にもたれて 悪戯者は駄々をこねる。

「僕のチョコレートは?」
「んもぅ・・。」

ドンヒョクの腕に閉じ込められて ジニョンは甘くふくれている。
ドンヒョクssiがあの子にあげちゃったんじゃない?
「あれは君の『退勤支援』だろ? 僕の チョコレートは?」


早くくれよ。

僕は 今や君のMr.バレンタインだぞ?
「ハン社長や デブ達にもやったくせに。知っているからな。」
「義理チョコでしょ? 焼かないでよ。サーヴィス業なんだから。」
「焼かないよ。だから本命チョコをくれよ。」
「もお!!」


それじゃ子どもだわ My hunter。
寂しそうで見ていられないと思った人が こんな悪ガキ君なんだから。

は・・・
ジニョンの腕がドンヒョクを抱いた。
愛しい腕の温もりに巻かれて 駄々っ子がとても嬉しそうに笑う。
一瞬身体を引いてから いそいそとしたキスが来た。
「・・・ん・・・。」


ソウルホテルの バンケットルーム。
結婚式は にぎやかに進む。
時間の遅れを 取り戻そうと ホテリアー達はさんざめく。
そんな喧騒も届かずに プレイルームの恋人達は甘いいさかいを続けていた。



「だめ!」

スカートの裾から入り込む手を 指輪をした手が振り払う。
同じ指輪の光る手が めげずにスカートへ忍び込む。

「大丈夫。 鍵はかけたから。」
「な、な、何を言っているのよ。 ここは職場よ!」
「神聖な愛を確かめ合うのに 好適な場所ですね。
 チョコをもらえなくて血糖値が下がってきたんだ。甘い物を補給しないと。」
だめだめだめだめ!! 
「う、家でして!」
「!!」


これは大胆なご発言。ドンヒョクの眉が高く上がる。
「家で して?」
「オモ・・!」

ジニョンの顔が沸騰する。 私 今ものすごい事・・・言わなかった?
愛しい人の失言を もちろんハンターは聞き逃さない。
なんて素敵なバレンタインデー。ドンヒョクははじけるように笑った。



「仕方がない奥さんだな。 ・・・家で したい?」

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