ボニボニ

 

My hotelier 136. - コール・ミー - 

 




「・・・それで? ジニョンの予定はどうなった?」


長い指がしなやかに動いて カフのボタンを留めている。

朝の慌ただしい時間にも 彼のまわりだけは淡々と 
特別な時が刻まれているようだった。

「僕たちのホワイトディの約束。 今日は 守られるのかな?」 



「・・ん・・・・、そぅね。」


仕事の時間調整に関して いささか才能に欠けるソ支配人は
口紅を塗りながら きょろり と上目使いをする。
鏡の中に写るすらりとした夫の背中へ もじもじと視線を投げた。

―・・・この前も デートをキャンセルしちゃったものね。


いくら優しいドンヒョクssiでも そう断わってばかりじゃご機嫌が悪くなる。 
ああでも 今日はあの会議があるし。打ち合わせも2つ・・3つ・・。
「あ!」




「ねえ?! じゃあ 電話をくれない?」


ハンターの眉が高く上がり 端整な横顔が振りかえる。
「・・・電話?」
「私 今日はずっとポケットに携帯忍ばせておくから。ね?」
「ふん。」
「だからドンヒョクssiの都合のいい時に 電話をちょうだい。」


ね? いいでしょ?
媚びた笑顔に自信満々。私ってば うまく切り抜けたじゃない。

得意げに小首を傾げる愛しい人に 夫は口の端で笑った。
「そうだね。 ・・それなら確実だ。じゃあ“必ず電話に出て”」
「もちろん!  絶対よ!」


そしてこの時 ソ支配人は 愛するハンターにロックオンされた。


-----



ソウルホテルの午後3時。


今夜の客が到着を始めて ロビーは 賑やかに動き出す。
フロントに立つジニョンの前に 次から次へと 旅人が来る。
「いらしゃいませ。 ソウルホテルへようこそ。」

なめらかな接客でチェックインを済ませ ソ支配人は客を送り出す。
ベルスタッフを見送った時 ジニョンのポケットが振動した。


「ヨボセヨ?」
“ハロー Mrs. シンはおられますか?”
「あら? うふふ・・。」


慌てたジニョンは笑いながら 物陰へ逃げて受話器を握り直す。
ドンヒョクssiったら まだ3時よ。

「どうしたの? ・・仕事で予定が変わったの?」
「僕のスケジュール管理はパーフェクトだ。予定は 変わらない。」
「オモ。」
「君がポケットに携帯を忍ばせるのを忘れていないか。確認のコールだよ。」


「しっつれいね。」
澄ました声のハンターに ジニョンの頬がぷう・・とふくれる。
「サービス業のクセに ふくれっ面をするな。」
「オモ! ドンヒョクssi・・・ど、どこで見ているの?」

ジニョン・・・君って 本当に素直だな。
「カマをかけたんだよ。」
ジニョンのふくれっ面は可愛いから あまり人に見せない様に。


夫は陽気にそう言うと じゃあ・・と先に電話を切った。
あっさりと去った愛しい声に ソ支配人はきゅっと肩をすくめた。

「なによ。愛してるくらい 言ってもいいんじゃないの?」


-----



くっくっく・・・。


今日は 楽しい日になったな。
デスクのレイダースが うつむいて笑う。


やに下がったその様を モニター越しの呆れ顔が見ていた。
「ボォス・・?」 
バンク・オブ・コリアの支店長 お時間があったらお会いしたいそうだ。

「お時間は 無い。」
「はぁ?」
「今日は忙しいんだ。」
つん とドンヒョクが横を向いて 忠実な部下の顎が開く。


忙しいって・・・? 今の電話はジニョンさんだろ?
「かみさんからかう時間はあるのに か?」
「当然だな。」

今日は ホワイトディなんだぜ。
「忙しい」が言い訳のジニョンを 追い詰めるチャンスだろう。

「狩りは タイミングを逸しては出来ないんだ。」
「は・・・。」


では ごきげんよう。
上機嫌なハンターは ハンガーからスーツジャケットを取る。 
「僕は 帰る。プレゼントを買いに行かないと。」
「おいおい! ボォス。」


“生涯醒めない恋に出会ったら つかまえるしかない。”

「レオが言ったんだろう?」


ドアへ歩みかけたドンヒョクが 慌ててまわれ右をして
デスクの上の携帯電話をすくい取った。
「これを 忘れると大変なんだ。」

では今度こそごきげんようと 長身の男が去ってゆく。 
鼻歌まじりの後姿を スタッフ達が唖然と見送った。


「は・・・・。」


本当に 行っちまったよ 

後に残った小柄な男が 1人お手上げのジャスチャーをする。
ホワイトディのプレゼントだぁ? 
あの 氷のフランクが。「幸せに・・・なったものだな。」

しょうがない。どのみちあれでは使いものにならない。
有能な部下は ボスの替わりに銀行屋さんとデートするか。

「せいぜい 仕事を積みあげておいてやるさ。」

-----



「バンケットルームの床補修は 木曜までに仕上げてください。
 週末に大きなレセプションがあるから 金曜をアロアンスにして・・。」


BBBBBB・・・

「オモ!」
油断していたジニョンの腰に 突然 携帯のバイブレーションがひびく。
ソ支配人は飛び上がり 業者に引きつり笑いをして席を立った。


「ヨ・・ボセヨ・・・?」
「あぁジニョン? 悪いな。道が渋滞していてね。」
約束の5時には ちょっと着けないかもしれない。
「怒って いないかな?」
「え? ええ・・大丈夫・・。」


パタン・・。
唇をかんだソ支配人が 携帯の蓋をこっそり閉めた。
―もう そんな時間?! 


「それでは床補修は木曜日まで いいですね!!」
「は・・はい!」
いきなり険しいソ支配人の表情に 内装業者は 背筋を伸ばす。
―どうやら状況は相当厳しいらしい。こりゃ 木曜仕上げは必達だな。



BBBBB・・・

「ヨ・・ヨ・・ヨボセヨ?」
「あぁジニョン? やっと車が流れ出して 6時までには行けそうだ。」
「!!!!!」
「怒っていないかい? せっかくのホワイトディなのに。」
「だ・・・大丈夫。」



くっくっく・・。

さぞや 慌てているだろうな。


ソウルホテルのエントランスで 悪戯者が笑顔を見せる。
お尻の重い僕の羊は これ位追わないと 早く歩かないからな。

「お帰りなさいませ 理事。」
ドアパースンが 笑いかける。今日は 随分ご機嫌ですね。 
「うん。今日はシープドッグの気分なんだ。」
「は?」


-----


ソウルホテルのバックヤードを きれいな脚が飛ぶように歩く。
もう5時20分? 
これからオフィスに戻って 申し送りをして着替えて・・。


BBBBB・・・

「!!!!」



『発信者:ドンヒョクssi』

スタッフヤードの通路に立って ジニョンは携帯を見つめている。
「予定より早く着けそうだ」なんて・・・。まさかそんな電話じゃないわよね?


携帯を覗くソ・ジニョンは 電話が留守番音声に変わるのを聞く。
その時 すいと腕が伸びて ジニョンを物陰に引き込んだ。
「き!!」


ふわり・・と愛しい人の香り。大きな腕が抱きしめる。
背中に 馴染みある体温を感じて 
ジニョンは 自分がまた罠に落ちた事を知った。



「“必ず電話に出て”と言ったのに。 君は いつも裏切る。」

もぉ・・・。渋滞で遅れるんじゃなかったの?
「僕の愛は千里を駆ける。」
「さっきの電話 どこでかけた?」
「ミスター・ソウルホテルの 3メートル横。」


は・・・。

「“絶対!” 電話に出る約束だったよね?」
「もぉ・・・。」


叶わないわ My hunter。 いつもいつも私は 罠に落ちる。
だけど 懲りずに罠にかかるのは 多分 幸せだからかな。

「許して・・くれるでしょ?」
「甘えれば許すと思っているだろう。 君は 時間管理が甘い。」

ちゅっ・・。
「そんな接待では 容赦できない。」

ちゅっ・・・。
「もう少し 情熱的にしてもらわないと。」
「できるわけないでしょ? ここは職場よ。」
「ここなら 誰も見ないよ。」




「イ主任・・やっぱり出て行っちゃまずいですかね?」

ジェヨンが情けない顔で 主任を見上げる。
「行けよ。そんな勇気があればな。 おれは ここにいる。」
「だって・・ここ寒いですよ。」

どうして理事も毎度毎度 備蓄倉庫の前に引っ張り込むかな。
「ジニョンさんも早いこと 理事に“情熱的なキス”して
 ご機嫌を取りつくろってくんねーかな・・・。」
「やれやれ 今日はホワイトディだもんな。」



恋人達の抱擁は 次第に 甘くなってゆく。



扉一枚隔てた中で コックが2人ため息をついた。

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ