ボニボニ

 

My hotelier 137. - 失礼な男 - 

 




キム・ナヨンと言う女性にとって 人生はすべて“奪い取るもの”だった。




アメリカまで行って取った学位も。 
ソウルでは破格の高額な給与も。

すべては自らの能力と才覚で 力任せに手に入れて来たものだ。
今 彼女が自分のキャリアに加えたいのは 自分に相応しいパートナー



そして今夜。  
彼女はついに 自分の要求に叶う「標的」を見つけた。






「ブルー・マルガリータ。」
「お久しぶりです ミスター・シン。 今夜はお待ち合わせですか?」
「たまには ね。」


男は機嫌良さそうに笑うと きれいな指をカウンターで組んだ。
その左手には 品のいいマリッジリングが光っていた。




―未婚かどうかは 問題じゃないわね。 

フリュートグラスの縁を 照準機のようにターゲットへ向けて
女はルージュの濃い唇で笑う。 あれだけの男ですもの 難易度は高いに決まっている。





「?」
「!!」

自分への視線を感じ取って ハンターが こちらを振り向いた。
シルバーフレームの中でゆっくりと閉じた瞼が そのままナイフの様に流れ
ほんの一ミリの狂いもなく まっすぐ 女を射すくめる。
「う・・・・。」



見たこともないほど 強気な視線。


男が 女をスキャンする。 何か用か?
女がたじろぐ様子を見て興味を失ったのだろう。 男は ぷいとむこうを向いた。
「桃はまだ早いかな。何が いいだろうね?」
「そうですねぇ・・。 ウォッカに漬け込んだヤマモモも悪くないですよ。」



カクテルの話をしているのだろう。
ミスター・シンと呼ばれた男は もうこちらへ振り向きもしない。
美貌に並みならぬ自信を持つ女は その無関心さに 衝撃を覚えた。



カタン・・・


女がテーブルを立つ。 バーテンダーが気づいて 注文を聞く顔になった。



「今晩は。 ・・・隣 いいかしら?」

相手の返事を待たないで 女はバー・スツールへ滑り込んだ。
ドンヒョクは少しだけ 眉を上げ マルガリータをひと口飲んだ。

「ねえ・・。 そのヤマモモのカクテルと言うの 私にいただけない?」
「あ はい。」

バーテンダーのジガーさばきにだけは 興味があると言う顔で
シン・ドンヒョクはカクテルの配合を じっと記憶している様だった。



「このお店は よく来るのかしら?」
「・・・・・申し訳ないが。」

待ち合わせを しているんだ。 話相手なら他を探してもらおう。 

前を向いたままの男に 女の柳眉がピクリと揺れた。
今までこれほど見事な男も これほど自分に冷淡な男も 見た事がなかった。




ふわり・・


その時 バーの空気が動いて 外気が流れ込んできた。
ゆっくりドンヒョクが 視線を巡らせ 扉を開けたジニョンを見つけた。
ふふ・・・
「ド・・! ・・・?・・・。」

笑いを帯びていたジニョンの目元が ドンヒョクの隣を見て困惑する。
ハンターは 立ち止まった愛しい人へ 何かなとばかりに笑いかけた。





いきなり溶けた笑顔を見て 隣の女は 唖然とする。

―な・・によ その笑顔。 これが同じ男?

「いかがですか? そのカクテル。」
「・・・・・え?」
「美味しいかな?」



今までの不機嫌はどこへやら ミスター・シンは愛想が良い。

何なの? この男 急に・・・。
連れの女が来た途端 氷の殻が破れた相手に 女は 対処できなかった。




―煩い女だと思ったけれど。これは かなり良いタイミングだったな♪


ほくほくと手をすり合わせて 悪戯者が笑っている。

僕の隣に女がいて 可愛いジニョンが むくれている。
ジニョンは意地っ張りだから 「そちらは誰?」と 聞けないのだろう。



「ヤマモモを えーと何年寝かせたんだっけ バーテンダー?」
「5年です。 いらっしゃいませ ジニョンさん。」
「え? ・・・ええ。」



―何よぅ・・ドンヒョクssi その美人は? 

たまには外でデートしようって貴方が誘ったくせに。 ジニョンの頬が盛大に膨れる。
そのふくれっ面を盗み見て ドンヒョクの口の端が 嬉しげにゆるんだ。




・・・本当に あきれた愛妻家だよ。

視線を落としたバーテンダーは ため息をついてグラスを拭く。
ジニョンさんの気を引けるとなったら なりふりかまわず何でもする人だな。




「ヤマモモはお好きなんですか? えーと お名前・・。」
「ナヨンよ。 キム・ナヨン。」
そうそうナヨンさんでしたね。 ジニョン? こちらはナヨンさん♪


シン・ドンヒョクは 拗ねた恋人を いそいそと席へ誘っている。
こ・・の男。 まったく私が眼中にないじゃない!!



ガタン! と 女は席を立った。こんなことは 人生初めてだった。
「失礼するわ!」
「まだ 飲んでいないようだけど?」
「最低ねっ!!」



上質なシルクのスカーフをつかんで 女はバーを出て行った。
叩きつけるようにドアを閉めても クローザーつきの扉はそっと閉まった。


突然怒り出した女に ジニョンは驚き おろおろと後を振り返る。
「ど・・どうしたの?」


「最低だそうだよ バーテンダー? ヤマモモが 悪くなっていたんじゃないかな?」

ん? 恨みがましい目でにらむバーテンダーへ ドンヒョクが笑う。
「キムさんのカクテル。ミスター・シンにお付けしますからねっ!」

「え? あ・・もちろん。」


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ソウル市内の 小洒落たバーで シン・ドンヒョクがにやけている。

焼もちを 気取られまいとする妻を 思わせぶりになぶっている。




「変だなぁ 奥さん?  君 何か機嫌が悪い?」

「そ・・そんなことないわよ。 ・・あのぅ キムさんって何処の人?」
「ん? 気になる?  あ!気になるんだろう?」
「べ・・別に! そんなんじゃないわよ。」



美人だよね 彼女。 もちろんジニョンの方が「・・いい脚してるけど。」



“ち・・ちょっと 触らないでよ!”
“しっ・・ 聞こえるよ。”



・・・聞こえていますよ。

バーテンダーは がっくりと ロックアイスを削っている。
この人 レオさんや仕事相手と一緒の時は 格好いいんだけどなあ。




まったく無礼なハンターが バーの隅で遊んでいる。


スカートの裾から忍び入る手を 同じ指輪の手が つねった。

“ドンヒョクssi!! もうっ!”

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