ボニボニ

 

My hotelier 140. - 君の元へ帰れない日 - 

 




コツ、コツ、コツ、・・・・



長い指が 万年筆を弄び デスクの上を叩いている。
不機嫌そうに上げた眉に レオが びくびくとした視線を送った。
「・・・・・遅い時間に予定を入れるなと 言ったはずだ。」

「相手が どうしてもこの時間じゃないとだめだと言い張るんだよ。」
「お前のプライオリティ・ワンは僕だと思っていたが クライアントなのか?」
・・・・ボォス

もういい。 
ハンターは 片手で部下の言い訳を制して 手元の書類に目を落とした。
要は手早く終わらせるだけだ。 That’s all, no problem.

「行くぞレオ ぐずぐずするな。」

書類の内容を頭のHDに叩き込み ドンヒョクは上着を手に取った。


大股で もう歩き始めたボスの背中を 呆れたようにレオが見る。
―・・・まったく 変われば変わるもんだな。
 「仕事より魅力のある女がいるなら お目にかかりたい」と言ってたくせに。


「レオ!」

「O.K.O.K! すぐ行くよ。」

ガサガサと 手元の書類をアタッシュケースに詰め込み
忠実な部下は ボスの後を追った。

-----



「・・・・・・・・・。」


二本の指がすいと伸びて 眼鏡の鼻梁を静かに持ち上げた。
「・・・これは 何だ?」
「ま、ま、まったく。 どこの馬鹿がこんなことを。」

冷や汗を 優に1リットルは飛ばしながら レオは車の窓から手を入れて
クラクションを鳴らしてみる。
「ちっ! 何処へ行きやがったんだ ドライバーは!」



すぐに出かけられるようにと パーキングから出してオフィスの前に置いた車に
かぶせるように違法駐車が停まり 行く手をふさいでいた。

「すぐおまわりにレッカーさせるよ。 ちょっと待ってくれ。」
「もういい、それはオフィスの誰かにやらせろ。タクシーを拾え。」
これ以上 余計な時間を取りたくない。

―今日はジ・ニョ・ン・の 誕生日なんだ! 早く帰してくれ。



「おおう!ドンヒョク! 困っているな! 乗れ乗れ!」


スタイリッシュなビジネス街に不似合いの 胴間声が後ろで聞こえた。
・・・・今日の僕は 厄日なのかもしれない。 
ハンターは不機嫌に眼をつぶる。

仕方なしに振り向くと 豪勢なメルセデスの後部窓を開けて
トドが 満面の笑顔を見せていた。


「ジニョンのところへ行くんだろう? 私もだ! 一緒に行こう!」
「Mr.ジェフィー・・・。」
僕の妻です。 呼び捨てはご遠慮ねがいましょうか。
大体 何であなたが ジニョンに会いに行くんですか?


「え? だってジニョンの誕生日だろう? 私も花を 買ったしさ。」
「僕・の・妻・です。」
「・・・今の所はそうみたいだな。」
「未来永劫 そうです。」


ふん・・

ジニョンはそろそろ退勤です。 「愛する夫と」デートの予定ですから。


「いや、退勤は出来まい。VIP顧客がこれから行くと電話してある。」
「・・・・」
「来月 政友会のパーティがあるんだ。ちょっと打ち合わせになぁ。」


ぎり・・と ハンターの眼の底が光り 大物政治家の身をすくませる。

―コレコレ この虎の眼が たまらないスリルなんだよ。
 私にこんな眼を向けることのできる男など 韓国中で こいつくらいだ。

「まあ、私は早めに退散するさ。 だから 乗っていけ。」
「あー申し訳ありません Mr.ジェフィー。 ボスは生憎これから仕事がありまして・・」
「レオ!!」



・・・本当に 今日は厄日なのかもしれない。

うかつにもレオが失言をして 大物政治家を喜ばせてしまった。

「何だぁ?! シン・ドンヒョクは 妻の誕生日に仕事を優先させるのか?!」
ほら見ろ。鬼の首を獲ったように トドの野郎が浮かれている。
「ああ かわいそうなジニョン。 私なら 誕生日を1人にはさせないぞ・・。」
「・・・・・・・。」 

-----



クライアントの応接室には 緊張感が充満していた。


汗をかきかき やたらと長い説明をする事業部長に レオが困惑顔をする。

ちらり・・
探るように横を見ると ドンヒョクは静かにうつむいている。
怒るほどに冷静な顔になるボスを知る部下は 黙って 背筋を凍らせた。

「お話は もうわかりました。」
「あ・・で・・でも! ・・この辺の背景事情を もう少し詳しく・・。」

“事情”なら こちらでリサーチします。

「これ以上僕を拘束すると かなり高くつきますよ。」
「で・・ですが! それでは私が怒られ・・」
「?」


立ち上がりかけたハンターが 怪訝な顔で動きを止めた。

心臓発作でも起こしかねない顔をして どぎまぎとする事業部長を
じっと見ていたドンヒョクは いきなり 猫撫で声を出した。

「つかぬことをお伺いしますが。 御社のメインバンクは どちらでしたか?」
・・・・ソウル中央銀行?
「ひ! あ・・あの!!」
「・・・・なるほどね。」

ドン!

いきなりテーブルを叩いて レイダースが立ち上がる。
挨拶もなしに 帰っていく男に 事業部長がうなだれた。





―まったく手の込んだことをする奴だ。だから 銀行屋は嫌いなんだよ!

かんかんに怒るドンヒョクの後を うろたえたレオがついて行く。
「ボォス! 何だってんだよ 一体!」
「茶番だよ。今日の打ち合わせは 裏でデブが糸を引いている!」


大方 今頃ジニョンの傍で これ見よがしに僕の悪口だ。

“誕生日に仕事だなんて そんな薄情な旦那は捨てろ”とでも?

ちっ・・
おまけにそこへトドの野郎が加わって 想像するだにおぞましい。


「僕・は・帰る! さっきの仕事はごっそり報酬を取ってやれ。タクシー!」

-----



「頭取・・。あの すみません。私ちょっと 急ぎの打ち合わせが・・。」

「何だよソ・ジニョン。大して重要な話じゃないだろう? 部下に行かせなさい。」

管理職研修セミナーの会場 ソウルホテルにして欲しいんだって?
「私が 総務に声をかけてもいいと思っているんだ。」
「・・・・本当ですか?」



「気に入らんな! 君 そいつはパワーハラスメントだぞ!」

会議室のドアがいきなり開いて トドが花束つきで入ってきた。
大体何だ? そのけしからん距離は!!
私のジニョンに 気安く近づかないでいただきたいね!


「何だと? 打ち合わせ中だぞ! 部外者は出て行ってもらおうか!」
「こっちだって 打ち合わせがあるんだよ!」
「オモ・・」

「そんなのはオ支配人とやれ! ジニョンはもう退勤時間だ!」
「だからこうして私が花を持って迎えに来たんだ。 ねえ?ジニョン?」
「あの・・」



バン!!


丸い顔を突きあわせ 言い争う頭取と政治家の背後で 怒りに満ちた音がした。
振り向くと シン・ドンヒョクが両腕を広げ ドアを一杯に開けていた。
「あ。」
「ドンヒョク。」

「・・・・・・。」
見下ろす眼鏡のフレームが ガン・メタリックに冷たく光り
レンズの中に潜む眼は 凍りつくほどの冷気を放つ。
ゴク・・  その度はずれた迫力に トドとデブ2は震え上がった。


「やあ・・チンピラ。」
「遅かったな・・・レイダース。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まずいな。相当怒らせたみたいだ。 デブ2が そっと汗を拭く。
―まったくコイツときたら いい歳をして 全然ユーモアが通じない奴なんだ。


コツ・・ コツ・・ コツ・・・


「ド・・ドンヒョクssi・・。」

怒りに満ちた恋人にジニョンは怖じた顔を見せた。 怖い・・わ ドンヒョクssi。
「ジニョン?」
氷の炎を噴出す瞳が ジニョンを見て いきなり和らぐ。
「退勤だよ。」
「あ、え、ええ。 でも・・打ち合わせがまだ・・」


愛しい人の戸惑いに ドンヒョクはそっと眼を閉じる。
端整な横顔がゆっくりと振り向き 冷たい視線が 無粋な客を射通した。
「・・・・打ち合わせが まだなんですか?」

ゴ・・ク・・・
「い、いや! わしの方はもう終わりだ! き・き・・貴君は?」
「あ? ああ ええと私の方はその・・次の機会にでも。」


では もういいですね? 「帰ろう ジニョン。」

-----



サファイア・ハウスの寝室で ハンターが獲物を捕まえている。




もお・・ 頭取もMr.ジェフィーも・・・あ・・・超VIPなんだから・・。
「わかっている。」

わかっていないわドンヒョクssi・・・ん・・あなた・・睨んだでしょう?・・・
「睨んでいない。」

先の不機嫌は何処へやら いそいそとした愛妻家は 白いうなじを吸っている。



まったく 困難な帰宅だったな。 油断のならないデブどもだ。

愛しい半身の扉を開けて 深く挿し込むドンヒョクは華奢な身体を抱きしめる。
・・・・あ・・・
ジニョンの顎が高く上がり 首筋が朱に染まっていく。


柔らかく腰を使いながら ドンヒョクはうなじに見とれている。
僕に抱かれて染まる肌に 色を揃えたピンクダイアモンド。
「ジャストカラーだったな♪」
「・・・え・・?」


こっちの話。 愛しているよ 僕のジニョン。

「Happy Birthday, 奥さん。 ・・今年のプレゼントは 気に入った?」

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ