ボニボニ

 

My hotelier 147. - 牙王1 - 

 




―“あれ”に しようかな。




丁寧な礼をして去ってゆく イケてる脚の 女支配人。

ホテリアーなどでは簡単すぎるけれど この年末だし 手頃だよな。
J.C.ライリーがそう思ったのは 出張先での用件が終わった時だった。

どうせ シカゴに戻っても クリスマスホリディだ。

所帯持ちの友人たちは 馬鹿馬鹿しい12夜を 家族と送っているのだろう。



数日間の滞在の間 ソ・ジニョンというVIP担当支配人の
感じのいい応対といささか硬いガードに 男は興味をそそられていた。
彼女の指に光るシックで上質な指輪は 気にならなかった。

― なにも結婚しようって訳じゃない。ちょっとした“友好関係”だよ。


彼が そこまで驕慢なのは 充分ハンサムと言っていい外見と
30万ドルを超える年収の 有能なビジネスエリート。
そう 自分を評価しているからだった。

「まあ。 まずは 定石から行こうか」

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「・・ねえぇ? 最近 理事とうまく行っていないんでしょぉ?」

顔の色が冴えないし お肌も荒れている感じ。
「心配事なら あたくしが相談に乗ってさしあげるわ」

仕事も 結婚に関しても 「あたくしの方がずうぅ・・・・・・・っと 先輩だから」



はいはいはい。

半眼でルージュを塗りながら ジニョンはうんざり聞き流した。
イ・スンジョンがこうして親切ごかしを言う理由は 決まっている。
赤ん坊の世話にちょっと疲れて 私を理由に息抜きがしたいのだ。

“ジニョンが大変そうなの! 話を聞いてあげなくちゃ・・”


まったく 冗談じゃないわよ。この年末の繁忙期に。
腹立ちまぎれにコンパクトを閉めると 目の前にメッセンジャーが立っていた。
「すみません。 ソ支配人?」
「ええ・・私に? ・・・・・何 それ?」


3段に積まれたギフトパッケージには 派手なリボンがついていた。

ジニョンはそっとため息をついて 
片眉を上げた彼の 悪戯そうな表情を思い出した。 もぉ・・また オフィスに。
「サインね?」
「ええ・・・でも あの・・・・」
「え?」
「理事からではありません。」


きょとんと固まるジニョンの脇を ぷりぷりとヒップがすり抜けた。
「まあぁ! 一大事じゃない?! J.C.・・ライリー・・って 誰?」
「オモ・・」




パールヴィラのチャイムが鳴った時 ライリーは時計を確かめた。

― 早いな 僕のハニーは。 まったく躊躇無しか。


まあ その方が面白い。 にこやかにドアを開けてやると
重なったボックスの下からきれいな脚が見えた。
「ジニョンさん・・・」

「全部女物です。 僕に返されても使えない。 自宅へ送りましょう。」
「箱も開けていませんから返品可能ですよ。お客様」


お気持ちだけ 有り難く頂戴しますが 規則・・・
「ストップ!」
「?」
「判りました。規則違反はさせません。 では これなら?」

男は 自分が最も魅力的と思われる とびきり感じのいい笑顔を見せた。
小さな革のケースを取り出して 3秒間 相手にロゴを確認させる。
カタン・・と小さな音がした。 ダイヤを配したネックレスだった。


「きれいですね。」
「付けてあげましょう。 これなら 傍目にはわからない」
― そのために オフィスへ贈り物を届けたんだ。
 あれで釣れたらイージーすぎる。 まあ 妥当なゲームだったな。

「申し訳ありません。お客様から金品をいただくことはできない規則です」
「!」
「お気持ちだけ頂戴します。 どうもありがとうございました」


どうぞお気兼ねなく ご滞在をお楽しみください。

晴れやかな笑みを浮かべて ソ支配人は踵を返した。

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サファイア・ハウスの24時。

ドンヒョクはジニョンの身体をシーツへ放し 満足そうにキスをした。
反らした顎にもキスをして うなじのチェーンを優しく揺らす。

よろめくような指先が たくましい背中からすべり落ちて
シャリリ・・と淡い音をさせるペンダントの きらめくトップをそっと包んだ。
「よく似合うよ。 気に入った?」


こくり、こくり・・

うっとりとまぶたを閉じたまま 愛しい人が肯定する。
可愛いジニョン。 明日いや もう今夜だな。 
「2人の夜に これを付けておいで」




一体 なんて大晦日になったんだ。 男は バーで不貞腐れた。

― あの女。 きれいですねで片付けやがった。
2000ドル以上したんだぞ。 そりゃあ 綺麗に決まっているだろ!
「まったくホテルの従業員風情じゃ あのブランドは 知らないか。」


「マティーニ!」「My hotelierですね?理事」

カッとカウンターを叩く音と バーテンダーの声が重なった。
「?」「!?」
「・・あ すみません。お客様」


かまわない。 そちらを先にしてあげなさい。

端正な美貌の東洋人が にこやかに女性バーテンダーへ言った。
さも済まなそうにその男を見てから バーテンダーは こちらを向いた。
「失礼いたしました。マティーニのお代わりでございますね?お客様」


“お客様”

客と呼ばれた男の頬が ゆっくり歪んだ。
カウンターの端にいる落ち着き払った奴は お客様とは 呼ばれなかった。

ライリーは どんな店でも常連ぶりたい男だった。
バーテンダーがドンヒョクの声も聞かずに オーダーを言い当てたことに嫉妬した。
「いや・・。 My hotelierと言うカクテルは 旨いのかな?」


ぴくり・・

バーテンダーが凍りついた。ちらりと 理事を盗み見る。
ドンヒョクは物珍しそうな顔をして 悠然と了承のまばたきをした。
「・・・こちらの方専用の 当ホテル・オリジナルでございます」
「?」「な!!」

少し視線を下げたまま バーテンダーは硬い声を出した。
今夜 他のお客様に My hotelierは作れなかった。
「・・・バーテンダー? かまわないよ」
「いいえ 理事」 



その時 階段に音がして きれいな脚が降りて来た。

踊り場で 少し立ち止まり 小腰をかがめてカウンターを覗く。

上げた髪から毛筋がこぼれて 清楚と妖艶を同居させる
シンプルなスリーブレスのドレスを着た スリムな女性が顔を見せた。


階段の残りを得意気に降りる美女がソ支配人だと 驕慢な男はいきなり気づく。
その表情を一瞬で読んで ハンターの眼が細くなった。
「どお? ドンヒョクssi・・今夜は遅れなかったで・・」

オモ!オモ! ちょっと・・



すらりと立ったドンヒョクからは 温和の影が消えていた。
片手でジニョンを抱き寄せると 氷の眉で 男をねめつける。
― 僕のものだけど 何か 用かな?

ゆっくり伏せたまつげから 虎の瞳が持ち上がって ライリーを震え上がらせた。



「ジニョン? こちらは ご存知のかた?」
「え? まぁ! こんばんは」
パールヴィラのお客様よ。 担当を させていただいているの。
「すみません。 私 今日はもう退勤で。 ・・あ、あのぅ 主人なんです。」
「は・・あ」

うふふ♪ ご同席させていただいてすみません。

「今日が結婚記念日なものですから。 ね?」
虎の眼をした危険な男は 自分の獲物をしっかり抱えている。
しかし ジニョンの位置からは 牙をむくドンヒョクが見えなかった。


「ああ。でも お邪魔だから 僕たちはもう行こう。君もお腹が空いただろう?」
「え? あっそうね。 では Mr.ライリー 良いお年を!」
「・・は・・。 ああ 良いお年・・・」

にこやかに会釈をしたジニョンの首に シンプルなネックレスが揺れていた。
返された革のケースのブランド。 だけど・・

― あ れは・・・ 一桁違うシリーズじゃないか。

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「ねえねえ。 そういえばドンヒョクssi このブランドって流行なの?」

ビキューナのコートに包まれて ジニョンが無邪気に首を傾げる。

ダイアモンドヴィラのダイニングでは 
2人のテーブルが待っている。
「流行・・・というタイプの店じゃないな。 なぜ?」


うーん・・昨日 あのお客様も ここのアクセサリーをくれようとして。
「ええ?」
にこやかに笑うドンヒョクは ジニョンの腰を抱き寄せる。
「もちろん断ったわよ。お客様から 物はもらえないもの」



―あそこにはアクセサリーはないよ。 全部 ジュエリー。
  それに 1000ドル以下の物もないだろう。下心あり だな。
「君は 過去一回だけ 規則破りをしてないか?」
「いじわるね。 理由はわかっているくせに。」


判っているよ My hotelier。 
「今夜 再確認させてあげようかな。」
「オモ! ふふ・・」


― そして ライリーと言ったな。君にもね。

たまには何か噛まないと 牙が鈍って仕方ない。
君とは 少し遊んでやろう。
まずはジニョンで腹ごしらえして・・ 虎はにこやかに笑っていた。

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