ボニボニ

 

My hotelier 148. - 牙王2 - 

 




『J.C.ライリー:

シグナム・コーポレーション アジアブロック担当マネージャー
金融機関を対象としたオンライントレード決済システム販売』


「ええと・・・、年齢は37歳。 独身。 現住所も?」
「男のねぐらに 興味はないな」
「は・・・」

でもこいつ ソウルホテルに泊まっているんだろ? 
「宿泊リストを見ればいいじゃないか。わざわざ調べなくても・・」

「とんでもない」
ソウルホテルは 「お客様」の情報を 漏洩なんかしない。
「あそこは ジニョンが愛する最高のホテルだからな。フン」

「で? その男は 一体を何やらかしたって?」
「3段重ねのギフトボックスと ダイヤモンドのペンダント」
「やれやれ・・・」



まったくうちのボスと来たら ブラックバス並みに縄張り意識が強い。
おまけに 少々退屈しているときては お相手する奴も気の毒なこったよ。

「その会社は どこへ上場している?」
「シカゴと・・。 ヘィ、ボス? なんだって俺まで付き合わされてるんだ?」
「俺たちは家族だろう? 家族の敵は 協力して排除するべきだ」


いつから僕はレオと家族になったと この前 大ムクレしていたくせに・・

「じゃあ 財務状況と企業プロフィールを僕のPCへ送っておいてくれ」

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「それでは今回は 狙った企業の追い詰め方をお教えしましょう」


まだ明けやらぬ夜の一室で ハンターは静かに「講義」を始めた。
プリンスに投資を教え始めて もう かなりの時間が経っていた。

「・・プリンスのお立場では 必要な知識ではありませんが。
ケンカの仕方も テクニックとして覚えておいて損はないでしょう」
柔らかく口の端だけで微笑んで ドンヒョクは椅子に沈み込む。

泰然とした牙王の姿に 若きプリンスはため息をついた。



「そうして座っているドンヒョクを見ると 背筋が凍る思いがするな」

貴公子然とした容貌を持つ この男。
端正な外見に惑わされて忘れてしまうが 冷徹な プロのケンカ屋だ。
どれほど多くの敵の息を その優雅な手で止めてきたことだろう。

今日は伝説のレイダースが ゲームを教えてくれるのだと言う。
プリンスは ごくり・・と固唾を呑んだ。



「そうですね。 では シカゴの市場でやりましょう」
「仮想の“獲物”にされる会社は 気の毒だな・・・」
「なに 本当に乗っ取るわけではありません。 これはエクササイズです」

「シグナム・コーポレーションか・・どうして この企業を標的に選んだ?」
「“たまたま”ですね♪」


オンライントレードを利用して 目立たずに株を買い進めましょう。

株価を無駄に上げないように 10買ったら9売り戻す。
釣られて他から買いが入って来るようなら 一旦売りを増やして高騰を防ぐ。
「値が下がったら ・・・思い切って買い占める。レオ?何%になった?」
「3%かな? いい調子だ」
「おぉ。 すごいなドンヒョク」


優しげなまつげを満足げに伏せて レオのタイピングに耳を澄ませている。
この男の仕草だけを見る人は 
彼が 音楽でも聴いていると思うかもしれない。

だけど今この男は 数千キロも彼方の企業の 喉笛に噛み付いているのだ。
深海の鮫の如く 草叢の虎の如く 誰にも姿を見せぬままに。

モニターをじっと見つめながら 指だけで 命令を出し続ける。
それはまるで株式相場が ハンターの指揮棒に反応して動いているようだった。
「そろそろ吐き出すな・・。15ドルで買い占めろ」
「O.K. ボス!」



シカゴ時刻で午後の相場が終わる頃 ドンヒョクの笑みが深くなった。

「まあ・・ これくらいにしておきましょうか」
取得株7%を超えると 先方にスクランブルの警報が鳴りますから。

今回は 本物の乗っ取りではありません。
「相手にはこれで充分な脅威です。 後は リアルワールドでのディール」
取得情報を流せば 先方から慌てて申し入れてくると思いますよ。

「ドンヒョク?」
「はい」
「・・なんだか嬉しそうだな?」
「気のせいですね」

「・・・」
何だろう? 今回のドンヒョクには 何か含みがある。

師の横顔が怜悧な笑みを浮かべるのを プリンスはいぶかしく眺めていた。


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年明け早々 自社株が相当数買い占められたと知って
シグナム・コーポレーションは 上を下への騒ぎになった。

企業買収に乗り出したと思われるのは どうやらソウルの投資家筋で
買占めをコールしてきたところを見ると
takeover bid ―TOB― も言い出しかねない状況だった。



「宿泊延長・・ですか?」

お客様の顔色の悪さを案じながら ソ支配人は 宿泊カードを取り上げた。
「ああ ちょっとこちらでトラブルが発生してね」
「まぁ・・左様ですか。 お早く解決されるといいですね」


J.C.ライリーは 本社から ソウルの情報収集を命じられていた。

投資家は代理人を使っている。 彼には 相手とコンタクトする必要があった。
「ところで この住所へは どう行けばいいかな?」
「市内ですか?」

ええと ここは・・・

出されたアドレスを覗き込むジニョンの眼が 丸くなった。
このビル。 この階・・これって・・・?


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そのビルのエントランスへ足を踏み入れた時。 

いささか怖じ気づいている自分を感じて ライリーは腹を立てていた。


エントランスホールは取り澄ましており 完璧な容姿の受付係が座っている。
カウンターの2人の女性を見て ようやく男は 自分の傲慢さを思い出した。
「いらっしゃいませ」
「アポイントは取ってある。 Mr. シンに取り次いでくれ」
・・・・ヒク・・
「?」

Mr. シンと言う名前を聞いて 受付係が緊張した。 ・・何だ?
受話器を取ってボタンをプッシュする頬が ほんのわずか 紅潮していた。
― そんなに 気難しい奴・・なのか?

これから交渉する相手を測るうちに 男のプレッシャーが大きくなった。
エレベーターの前に立つ頃には 手に 少し汗をかいていた。



オフィスの扉は 深い飴色のマホガニーだった。

クールなペールグリーンのガラスウォールと コントラストが美しかった。
スタッフは慇懃にドアを開け 虎の檻へ招き入れるような表情を見せる。
その部屋の主は 深夜のように周囲の空気を凍らせていた。

「・・・・」


「・・・・貴方・・は・・」

シルバーフレームが横に流れ レオに 視線が流された。

心得た相棒がデスクを立って 呆然と立つ客へ ソファをすすめた。
正面の巨大なデスクの上に ドンヒョクは手を組んでいる。
震える顎を上げた男は 虎の牙が 自分の喉笛をくわえていることを知った。

「Mr.・・・ライリーでしたね。 ご用件は?」





おいで ジニョン。

ヘアブラシを握ってそんなに鏡をにらまなくても いつもどおり可愛いよ。

待ちきれない腕がベッドから伸びて 愛しい人をすくい取る。
うなじに鼻をすりつける虎へ ジニョンは疑わしげな眼を向けた。
「ねぇ ドンヒョクssi?」
「しぃ・・・、話は後。 愛し合おう」


待って、待って、待って。

ぱたぱた抗うきれいな脚が シーツの海で溺れかける。
鍛え上げた背中は抵抗を無視して 腿を分けて泳ぎ入った。
・・・・・・・ぁ・・・・

「ふふ 愛しているよ 奥さん。 ・・・で、何だい?」
「待ってって 言ったでしょう?」
「君の話が長くなりそうだから 中に入って待っていようと思って」

この季節 外で待たされるのは寒いんだ。
「もぉ・・・」


動いても いいだろう?
身体の中でなめらかに動くドンヒョクに ジニョンの息が 震えはじめる。
・・だぁ・・って・・・聞き・・たいこと・・が・・あるのに・・・

しなやかな胴が シーツの上にきれいなアーチを描くと
すき間に逞しい腕が滑りこんで 愛しい人を抱き寄せる。
差し出されるように持ち上がった乳房を ハンターはいそいそと口に含んだ。

・・・・・・ね・・ぇぇ・・ドン・・ョクssi・・

「Mr. ・・イリー・・が・・ぁ・・・」
「誰?」
「Mr.ライリー・・・パールヴィラの・・・」
「知らない。 ジニョン? ベッドの中に僕以外の男を引き込まないで」

話は後。 でも 僕が離してあげる頃には きっと眠りへまっさかさまだな。
君がささやかな質問を忘れるくらい 熱い時間にしてあげよう。




“企業買収した上で 約1名 ペイオフしてやろうと思ったんだ”

デスクに軽く頬杖をついて ハンターはもう退屈そうだった。


ま・・さか 彼女の件が原因だなんてことが・・?
「君の素行がトラブルを引き起こしたと知ったら トップは怒るだろうね」
「全部? たかが女のことで? は・・・冗談でしょう?」
「たかが・・か。 自分の価値観が絶対だと思うのは 愚かだな」


レオが 気の毒そうに首を振った。
「ライリーさん。 それ以上怒らせると 本気で噛まれますよ」

ボスは奥さんのこととなると 常軌を失くすんです。
あんたは たかが女の為に世界をひっくり返す男の 地雷を踏んでしまいました。
これに懲りたら マリッジリングをした女には近づかない方がいいですね。

「さ・・ビジネスの話をしますか。 そちらの買い取り条件は?」



腕の中の宝物へ 虎は 甘く歯を立てた。

白い身体が身をよじるままに 少しだけ逃げさせては 捕まえる。
頬ずりで 胸から首筋まで撫で上げると くすぐったそうなため息がもれた。


誰にも 邪魔はさせないんだ。

伸びやかな身体をしならせて ジニョンの奥まで突き上げる。
僕だけの人。 300Rosesで初めて 声に振り向いたあの時から 
一度たりとも 君を追う手を緩めなかった。

・・・・ドンヒョク・・ssi・・
「ジニョン? 言って」

愛 してる。 

切れ切れの声に満足できずに 虎は 獲物を責めたてる。
責めると もっと言えないんだ。
わかっているのに追い詰めるのは やっぱり 愛しいということだろうな。


ジニョンの言葉が泣き色になる。 指をからめて手を握る。

まだ降参しないで欲しいな。 ハンターは責めながら考えていた。

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