ボニボニ

 

My hotelier 149. - 鳥寄せ - Valentine’s day story 2008 - 

 




ツピー、 ツピー、 ツピー・・・


「?」

ソウルホテルの中庭は まだ冬のさ中だった。
それでも 木の芽の膨らみが もう春が近いことを教えていた。

寒のゆるんだ ある日の午後。 

シン・ドンヒョクは空を見上げた。 小鳥の声が 妙に賑やかだった。 
どこかに鳥が集まっているのかもしれないと 振り仰いでいぶかしむ。


「は・・・」

これは これは。
いきなりけげんな表情が解けて 驚いたように眉が上がった。

植え込みの向こう。 背筋を伸ばした 上品な初老の男性が
肩に鳥をとまらせて 枝の一羽に餌をやっていた。

チッ!!

邪魔者が近づいたことに気づいた鳥が 羽音を合わせて方々へ去った。
何だか除け者にされた気分で ハンターは 彼に近づいていった。
「すみません、グリーター。 せっかくのデート中を お邪魔しましたね」


普段はシガーバーの入口に立つ 執事のような案内係。
グリーターと呼ばれた老ホテリアーは 琥珀色の笑みを浮かべた。


「いいえ 理事。 どうぞお気になさらず」

彼らは野に棲むものですからね。 本当なら 自分で餌を捕るべきです。
「まあ 冬場は餌が減りますから‥。 時々は“寄付”をしているわけでして」

「何を やっていたのですか?」

「脂身ですよ。 他にはナッツやオレンジ‥ まあ バーのつまみの残りです」
「その さっき肩に野鳥が・・。 あれは どういう魔法です?」


くっく・・・

「鳥寄せですよ。 私は 田舎の出ですから」

「“鳥寄せ”・・? そういう 技術があるのですか?」
「技術などと 偉そうに言う程のものじゃありません」

こちらが捕らえようとしなければ 鳥も逃げたりしませんよ。
コツは 気のない振りをしてやることです。 そのうち あちらから寄ってくる。


「女性にも そんな所がありますね。 ふふ・・」
「・・え?」
「あ? いえ失礼。 少し 口が過ぎたようです」

洒落たツイードを一払いして グリーターが姿勢を直す。
「それでは理事。 シガーバーにも またどうぞお運びください」
「あ・・ うん そうですね」



古く 端正な後姿。

粋で知られて 若い時分は 有名な女優と浮名を流したこともあるそうよ。
いつか ジニョンが寝物語に言っていた。
「鳥寄せ・・か」

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ソウル市内のオフィス・ビル。

バレンタイン・デーの木曜日は 朝から女性が浮ついている。
インフォメーションカウンターに座る 2人の受付嬢に至っては
心拍数が 軽く150をこえていたに違いなかった。


「!!」「!」

彼女達が待ち構える 少し眼を伏せた長身が エントランスへやってきた。
薄いアタッシュケースを下げて 足早にこちらへ近づいてくる。

「あら?」「ねえ・・」

・・ナンダカ・・・・キゲンガ・・・ヨサソウジャナイ?・・
女性達は制服の後ろで リボンの揺れる包みを持ち直す。

・・・・コトシハ・・イケルンジャナイカシラ?・・・


カウンター横を通るドンヒョクに 決死隊が斬り込んだ。
「・・おはようございます! あの! Mr.シン」
「?」

ぴたりと止まったつま先に 静かに視線を落としたまま
「Mornin’」と柔らかで 深い声。
気難しさで知られたハンターが 今日は わずかに 和らいで見えた。


「あの、ボス! チョコレートを! ・・その・・バレンタインですので・・」

「・・・・」


ゆっくり伏せた眼が上がり ハンターの瞳に 受付嬢が映る。
ドンヒョクの眼中に浮かぶ自分を見て 受付嬢は めまいを覚えた。

「ぎ、ぎ、義理チョコです! いつも お世話になっています!!」

「・・・ありがとう。 お名前は?」
きれいな指がすっと伸びて 小洒落た包みを受け取った。
「あの!あの! 私も! 義理チョコを!」
「・・どうもありがとう」


オフィスにやって来たドンヒョクの片手に チョコレートの包みが2つ。
ついぞ見たことのないその姿に レオが眼を丸くした。

「・・・ジニョンさんが 出掛けに2つもくれたのか?」
「うん? いや 受付でもらった。ホワイトデーに何か返しておいてくれ」
「・・・ジニョンさんと 喧嘩でもしたのか?」
「いや?」


一体ボスはどうしたんだ? 今日はバレンタインじゃないか。

いつもならば ジニョンさんがプレゼントを忘れないかと
ソワソワ 気にしているくせに・・。

丸顔眼鏡が不思議そうに ボスの顔色を探る。
「・・だから 何だ?」
「ジニョンさん。 ・・今年は チョコをくれそうもないのか?」
「さあ? どうかな。 気にしないことにしたんだ」
「?!」


“コツは 気のない振りをしてやることです。そのうち あちらからやってくる”

「やってくる ものかな。」
君が かつて朝から晩まで 僕のことを考えていたことがあった。
それは 僕がここにいなかった時。

君と言う鳥は ひょっとしたら 追わなきゃくるのかも知れない。

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ソウルホテルのエントランスロビーに 彼の姿が見えた時
ジニョンの口が ぽかんと開いた。

小脇に抱えた大きなペーパーバッグから 派手なラッピングが覗いている。
甘い香りにうんざりとしながら ハンターがこちらへやって来た。
「ドン・・ヒョクssi」



・・・パチンコでもした・・訳・・じゃないわよね?

「義理チョコだそうだよ。うっかり受け取ったら 次々貰ってしまった」
「・・・」
「バッグの紐が切れたんだ。家へ置いて来るから 約束に少し遅れる。いい?」
「え? あ・・ええ」


それでは。
小首を傾げただけの挨拶で ハンターがくるりと踵を返す。
去って行く彼にフロントスタッフが駆け寄って 小さな包みをいそいそと出した。

「・・・・・」
「いやーん 渡せちゃった♪ 持ってきてて良かった~」

理事って甘いものがお嫌いだから 受け取らないと思ってたのに。
「ありがとう・・だって! きゃー素敵。 オモ! 支配人すみません」
理事が愛妻家なのは 皆 知っていますもの。 義理チョコくらいは ね?

「え? あ・・ええ。 気にしないわよ」

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「倦怠期ね」


勝ち誇ったような 仁王立ち。 イ・スンジョンは機嫌がいい。

シン理事はサファイアハウスへ戻るまでに もう2,3個の包みを貰った。

「当然よね。彼が甘いのをいいことに 年中仕事を優先する妻じゃ」
「・・・・」
「アメリカの女って 結婚してもダーリンに愛情全開じゃない?」
「・・・・」
「アナタなんか あんなに素敵な旦那様をほったらかしでしょ?」
「・・・・」

イ先輩。 最近また 横に伸びたんじゃないの?
ふん・・と小さく毒づきながらも ジニョンの胸に戸惑いが満ちる。
倦怠期なんて ないわよね?



カサブランカのカウンターで 彼は とても寛いで見えた。

バーテンダーとの気楽な会話に ハハ・・と笑い声さえ立てている。

また 私の方が遅れちゃったわ。
先に来るのはドンヒョクssi。 それに慣れてしまっていたかも。
不満そうなアヒル口が いつか不安そうに結ばれた。


「ああ 来たね」

肩をすくめて。 にこやかだけど すごく嬉しげという訳でもない彼。
ジニョンは 何だか 淋しい気持ちになった。

「ジニョン?」
身体をすりつける様に カウンターの隣へジニョンが座る。

―それでも まだ間に合うのなら。 私 ドンヒョクssiを取り戻そう。



レストランで 食事をした帰り 
ジニョンは家の少し手前で タクシーを降りましょうと言った。
「寒いだろう?」
「・・・あの 酔いざましにちょっと歩かない?」


サファイア・ハウスへ向かう夜道に 2人の影が長く伸びる。
腕をからめて手を探す妻に ドンヒョクの眉が 少し上がった。
「やっぱり 寒いんだろう?」

襟のマフラーを抜きかけた彼に ジニョンは ううん・・と首を振った。
「たまに 腕を組んじゃ・・だめ?」


ふわり・・・

街灯に光るメタルフレームの中で ハンターの眼が優しげになった。
「甘えたい気分?」
「え? ・・・ええそう。 甘えたい 気分」

照れ照れと恥ずかしそうに肩をすくめて ジニョンが彼に媚を見せる。
なるほど 鳥は寄ってくるんだ。 策士は密かに納得していた。

「そういう事なら喜んで」

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ソファに座ったら 後ろから愛しい腕が首にからんだ。

「ジニョン」
「・・連れて行って くれないの?」
Yes, with pleasure. いいとも ジニョン。

リーチの長い腕が伸びて 宝物を抱き上げる。
寝室のドアを足で蹴って ドンヒョクは 満面の笑みになった。



・・・・や・・・・

「嫌 はないだろう?」
君から誘ったのに。

きれいな脚を大きく開けて 見事な背中が泳ぎ入る。
白い腕がシーツから伸びて ハンターの頭を引き寄せた。
・・・・あ・・・ドンヒョクssi・・・


・・・愛しているの・・
「僕もだ。 可愛い 奥さん」

バレンタインなんだから 君から誘われるのも悪くない。
だけど まったく今夜の君ときたら 
誘い下手な ティーンエイジャーのプレイガールみたいだった。


ゆっくりジニョンの中を進むと 首筋がキスを欲しがって しなやかに伸びる。
誘いを見ずに身体を引くと 甘える息が行かないでと引き止める。

大丈夫。 少し引いてみせるのは もっと深く君へ行くため。

何度も何度も繰り返すと 君の泣き声が切なくなる。
My hotelier.  その声がどれほど僕を誘うか 君は知らない。

・・・ドン・・ヒョクssi・・・

君の身体がシーツを逃げる。 ウエストをつかんで 引き戻す。
逃がさない。 君へ 楔を挿しいれる。


ねえ グリーター・・

鳥を寄せるのは面白いけど 僕は 根っからのハンターだな。
欲しいものに気のない振りをするよりは 狙って 追って 捕まえたい。

バレンタインの 25時。 ドンヒョクの眼が光っていた。





そして 翌朝のエピローグ。

「何だって家中に甘い香りがするんだ?! 胸やけしそうだ」


“なによ・・。 ドンヒョクssiがあんなにチョコもらうからじゃない”

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