ボニボニ

 

My hotelier 150. - ダグウッド・トラブル - 

 




「・・・あ・・のぉ ソ支配人」

「え?」



きれいな脚がピタリと止まり パンプスが キュッと振り向いた。
ポーター見習いの若いホテリアーが 緊張した顔で 立っていた。

「なあに?」

「あ、あの、すみません! ・・ソ支配人。俺 理事にお礼を言いたくて」
「ドンヒョクssiに?」

この前 サンドウィッチを貰ったんです。「すっげー 美味いやつ」
「サンド・・ウィッチ?」
「はい。 俺、いえ、僕緊張しちゃって お礼も言えなかったんす。ご馳走様でした!」



ドンヒョクssiが ・・サンドウィッチ? 

私はそんなもの作っていないわ。
第一 彼がお弁当を持って行くなんてこと自体 無いことだもの。

「・・・?・・」

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「何?」


だ・か・ら、サンドウィッチ。 ドンヒョクssiに貰ったってお礼をね。
「ふぅん なんだったかな?」
それよりジニョン。 そのニット ちょっと胸が開きすぎだな。

「オモ。 ・・そ、そんなことないわよ。 普通こんなものだと思うけど」
「とんでもない。 少し手を入れただけで・・・ほら こうして胸に触れる」
「・・・そ、そんな・・所へ・・手を入れる人・・いないでしょ・・」



ハンターの指が 胸を探って 唇へキスがやってくる。

ねぇドンヒョクssi・・? 何だかあなた 今 ちょっと話を逸らさなかった?


「どう? こんなに危険だろう。 この服はホームウェアにするべきだな」
・・ね・・ぇ・・待って 話・・・・
「腕を抜いて 早く」

・・ね・・ぇ・・・ま・・・って・・

待たない。 その胸元で誘ったのは 君のほう。 


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「・・え? あなたもサンドウィッチを貰ったの?」


4,5日後にもう1人。 今度は 若いドア・パースンが 
理事にサンドウィッチを貰ったことを ソ支配人に告げてきた。
「あれぇ? あれは ジニョンさんのお手製じゃなかったんですか?」

ワックスペーパーに包まれて ・・手作りっぽい感じだったけどな。 


ドア・パースンは意外そうに言い やがて ちょっと困惑する。
「だけど・・理事は 他の女に弁当なんて作ってもらわないよな?」
「!!」
「あ、いや、俺! なんか 告げ口みたいになっちゃったかな」



な・・・何を言っているのよ。 ドンヒョクssiに限って そんなこと。
取り繕って振り返ると 一番聞かれたくない顔が そこにあった。

「浮気ね」 

「・・・イ先輩・・・」

それも 相手はお料理好きの とっても家庭的なタイプ。
「男は胃袋で掴め」と言うもの。 理事も やっぱり男だったのよ。
きらきらと眼を輝かせて イ・スンジョンは気色ばむ。

半眼でにらむジニョンなど もう視界にも入れない覚悟だった。

「ああっ・・! 大変じゃない!2人には かすがいとなる子どももいない」
仕事仕事のジニョンより そりゃあ家庭的な女がいいわ。
相手に 先に子どもが出来たら・・・・きゃ~~~っ!! 修羅場!



イ先輩。 シェイクスピア劇が出来るくらい 大袈裟なアクトをありがとう。
だけど私たち夫婦は お陰様で とても円・・

「もう こうなったら仕方ないわよ」

何と言おうが あんなイイ男を放ったらかしのジニョンが悪いんだもの。
「・・・ちょっと・・」
「・・諦めましょう。 理事は優しいから きっと慰謝料いっぱいもらえるわ」

「イ・スンジョン!!」

------



ソウルホテルの 朝 6時半。 ジニョンは植え込みに隠れている。


“ともかく 尻尾を捕まえなくちゃ”って。 
別にそんな言葉を信じたわけじゃない の だけど。
イ先輩が それはしつこく後をつけろとそそのかすから。

「理事はあの時 駐車場の方から サンドウィッチを持って来ました」

2人の若いホテリアーが 口を揃えて言ってた言葉。
駐車場が見える茂みで ジニョンは 居心地悪そうに待っていた。
「!」



軽い足音と共にやって来た ランニング姿。

ほんの少しうつむいて その眼は サングラスに隠れている。
彼の長いストライドが ナイフのように 朝の空気を切ってゆく。
ほぅと小さく息を吐いて ジニョンは 走る恋人に見とれた。


“・・ドンヒョクssiって なんて素敵”

結婚して もう2年半。
いまだに自分の夫に夢中だなんて 私 馬鹿みたいなのかもしれない。
だけど あんなに綺麗な人 どこを探してもいないと思う。

♪~♪♪♪・・

「?」

その時 突然流れてきたのは 可愛いオルゴールのメロディ。
柔らかくメロウなこの曲は ええと『ティファニーで朝食を』の・・
「!!!!!」


“Good morning, Mr.Shin♪”

“Mornin’ ・・・早いね”
“Mr.Shinが また買ってくれるかなあって”

あはは・・・ 


白い歯が 陽気にきらいめいて 笑い声がここまで聞こえる
植え込みに深く沈みながら ジニョンは 目眩をこらえていた。

クラシカルなVWのワゴンが 駐車場の端に停まっていた。
キュートな黄色のストライプポロに カナリア・グリーンのキャップが似合う

ワックスペーパーバッグを差し出す娘は まだ20歳そこそこに見えた。



「何・・よ、移動販売じゃない。 別に ドンヒョクssi用じゃないわ」

それでも 晴れやかな朝陽を浴びて 娘の若さはまぶしいほどだ。
確かに 私が男だったら あんな子からサンドウィッチを買ってみたいかも・・。

“・・・・・!!・・”

ハンターが何か言ったのだろう。 弾けるように 娘が笑った。

ラフに片手で包みを掴んだドンヒョクの 端整な横顔は 満足げで
ツツジの枝につかまって ジニョンはふらつく足をこらえた。

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ずるいわ。 男の人と言うのは 年を重ねても魅力が減らない。

「・・それどころか 段々 素敵になるじゃない・・・」

私が 時間に流されて 何かを失くして行く間にも
彼の傍には 次々と若くて綺麗な娘たちがやってくる。
「・・・・・・」


イ先輩。 やっぱり貴女の言うとおりだわ。

こうなったら 仕方ないのかもしれない。
ドンヒョクssiは優しいものね。 でも慰謝料なんか・・欲しくない・・

・・・っく・・・
しっかり噛みしめていたつもりだったのに 唇がほどけて 声がこぼれた。
こんなに綺麗な朝の中。 ジニョンだけが曇天だった。



“僕の支配人さんは どうして植込みなんかにもぐっているのだろう?”

「!!」

気がつけば ツツジの枝を透かして ジョギングシューズが立っている。
慌てて縮んではみたものの 探偵は 見つかったようだった。
「ジニョン?」
「・・・・・・」

ガサリ・・と枝が音を立てて 大きな掌が 腕を支えた。
葉っぱまみれのソ支配人は うつむいたまま立ち上がる。
不満げなアヒル口。 ハンターは不思議そうに 眉を上げた。

ジニョンは 何か 怒っているようだけど?


「隠れんぼ?」
「・・・・・・サンドウィッチ・・」
「!」

ハンターが少し うろたえた。 サングラスの中で眼をそらしたのが
ジニョンには はっきり見て取れた。
取り繕ってもくれないのね。 ポーカーフェイスは あなたの得意技なのに。



「これは すまない。 その・・」 

決して 君のベーコンエッグに 不満があるわけじゃないんだ。
「?」
「ただ 僕は懐かしくて・・」
ここのはビーツが入って マスタードの垂れ方が あぁ・・ジニョン!

・・・え?・・ きゃっ!!


植え込みごしに抱き上げられて ジニョンが 高く宙へ浮いた。
移動販売の女の子が 眼を丸くして見つめていた。

高々とリフトされたソ支配人は ドンヒョクの身体をすべり降りる。
ヒールが地面についた時には 大きな腕の中だった。

「・・ドンヒョクssi・・・?」

「頼むから怒らないでくれ。 無性に懐かしかったんだ ダグウッドサンドが」
「・・・ダグウッド?・・漫画の『ブロンディ』の?」
うん あの メチャクチャに冷蔵庫の中の具を積み重ねる奴。



おずおずとした繕い顔で ドンヒョクがジニョンを抱き寄せる。
豆鉄砲を喰ったような顔が それでも 恋人の胸へ頬を埋めた。
「アメリカで ・・僕が 幸せだった頃の思い出だ」
「!」

「ただ懐かしくて。 ・・欲しかったんだ」

食べはしないよ。僕には 君の素敵なベーコンエッグがあるから。
これは その辺で若い奴でも見つけて やろうと思っていた。

ジニョンの顔が見える所まで 身体を離して覗きこむ。
愛しい人は首を傾げて 考えるようにまばたきをしていた。

「本当だ。 誓って 食べたりしない」


ええと・・・



じゃあ 問題は ダグウッド・サンドだったワケ?
カナリア・グリーンのあの娘じゃなくて?

・・・チュッ・・

「機嫌を直してくれないか?」
「ひっ・・人が 見ているじゃない」
「こんな挨拶くらい平気だろう」

君がいつまでも拗ねるつもりなら もっと うんとディープにしてやるぞ。
「!!」

-----


サファイア・ハウスへの道すがら ジニョンはポリポリと頬を掻く。


ドンヒョクは片手にダグウッド・サンド。 片手で 妻を抱いて歩く。


「あぁ君だ。 おはよう」
「うわっ 理事?! おはようございますっ!」
朝食 まだだね? これをあげる。

「僕には ジニョンの美味しいベーコンエッグがあるから♪」
ぎゃー! やめてやめて!
「どうして? 本当に満足しているよ」

 

愛妻家は まだ熱心に 「買い食い疑惑」を否定している。

ほらね? 僕は食べていない。 ちゃんと家で朝食を取るよ。
言い訳がましい物言いを聞くうちに ジニョンの胸は温かくなる。

ねぇMy Hunter, あなたがまだそこにいてくれて 本当に 良かった。


「ドンヒョクssi」
「うん」
今朝は 忙しいのかしら?

腕をからめてきた人へ 安堵の顔でドンヒョクが笑む。
どうやら 僕の奥さんは やっと機嫌を直したらしい。 
「ひょっとして 甘えたい気分?」
「え? えぇ・・まあ・・・そういう・・気分」


もちろん。 君のお申し出とあれば 時間などいくらでも作れる。
「体位のリクエストはない?」
「ドンヒョクssi!」


早出のホテリアーが増えてくる。 朝が 晴れやかに動き始める。

不埒な事を聞いた男は  恋人に 腕をつねられていた。

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