ボニボニ

 

My hotelier 154. - The Tiger is awake Tonight - 

 




ソウルホテルの 21時。


シルバーフレームを光らせて シン・ドンヒョクが眉をあげた。


Question1. なぜ ソウルホテルのロビーに 白衣の医師がいるのだ?
Question2. なぜ あの医者は 健康そのものの妻と話をしているのだ?
Question3. なぜ 僕の妻は腕を(腕をだ!)気安く叩かれて笑っているのだ?
Question4. なぜ・・・・?



夜のロビーラウンジで ソ支配人が 医者らしき男と談笑している。

意外な光景にふいを突かれて ハンターは ゆっくりと視線を下げた。



“・・・オモ ソ支配人! 理事がお見えです。”
 
ドンヒョクの姿に気づいたフロントスタッフが いささか慌てた耳打ちをした。


「え? あ ドンヒョクssi。」
指先で眼鏡を押し上げて うつむきがちに近づく夫へ 
ジニョンは恋人の顔で照れたように笑い ハンターの頬をゆるませる。

しかし 振り向いた医師らしき男は 歩いて来るドンヒョクをいぶかしげに誰何した。
「・・誰だい? ソ支配人」



“・・誰だい?”



ドンヒョクの眼が 細くなった。
今の言葉を丁寧にラッピングして リボンを付けてお返ししよう。

その疑問は “僕が” ジニョンに聞くべきことだ。

静まり返った半身の様子に ジニョンが慌てて場をとり繕った。
「えぇと・・ドクター! こちらは 当ホテルの理事シン・ドンヒョクです」


恥ずかしそうな目配せが 氷の視線に射られて 凍った。
・・・・ジニョン? 僕は 『当ホテルの理事』なのか? 
My hotelier、それは彼に対して 必要不十分。 そして不正確な情報提供だな。


「ソウルホテルの理事。 ・・・それから? “ジニョン”?」

落ち着き払った虎の声に ソ支配人は肩をすくめる。 もぉ・・ドンヒョクssi。
「そ、それから。 えぇとドクター あのぅ 彼は私の主人です」

ええっ?! 

一瞬 何を聞いたのかと 白衣の医師が まばたいた。
「ドンヒョクssi。 こちらはね この先に出来た夜間救急診療センターのドクター」
「そう?」

ふわり・・・
この上もなく優雅な仕草で “妻”の 制服のウエストを抱き寄せ
この上もなくフレンドリーに シン・ドンヒョクが挨拶をする。

「初めましてドクター。 近くに救急診療所が出来ると“僕たちのホテル”も助かります」


ああ、“僕たちの家”もこの近くです。 緊急の時は お世話になるかも知れないな。
ジニョンを片手に抱いたまま にこやかに握手の手を差し出す 威嚇。
年若い医師は はっきりと 見て取れる程に狼狽した。

「あ、いや。 そう・・なんですか。 これは・・・まいったな」

-----


以前から この近辺に初期救急医療施設を求める声が多かったのよ。

「市内までの道って 時々混むでしょう?」
行政が 夜間救急センターの設置を計画した時に
建物を持っていた銀行が 市に施設の提供を申し出たらしいの。


ジニョンの退勤時間になって 2人でたどる 中庭の道

機嫌の怪しいドンヒョクに ソ支配人の説明は 少し言い訳がましい。

「ほら!第4駐車場の先。 前はセミナーハウスだった 白い建物。
 ね? やっぱり救急医療機関が近くにあるのは 安心よね。」
夜間 頻繁に救急車のサイレンが聞こえるのは お客様が落ち着けないから
必要以外 ホテル近辺はサイレンを鳴らさずに走ってくれるんですって。


「・・・・・・・・・・・」

一向に笑わないドンヒョクに ジニョンが きょろりと上目を使う。
ちょっと・・親しげに見えたのかしら?
だってあのドクター すごく 愛想のいい人なんだもの。

「今夜はまだ開所準備ですって。 仕事が空いているから ご挨拶に来てくれたの」
「君の腕を叩いての ご挨拶」
「あ・・れは・・。 疲れたらビタミン注射を打ってあげるって」

君が 初期救急にかかるほど疲れているとは気がつかなかったな。

「すぐに長期休暇を取って 充分休養しよう。手配するよ」
「え? いえそんな・・彼の軽口よ」
“カ・レ”?
「だからドクター」
「では ドクターと呼ぶべきだ」

はぁ・・・   

大変。 少し機嫌をとっておかないと 後が面倒になりそうね。
ジニョンは 夫に腕をからめて甘えた仕草でもたれかかる。
この不意打ちは効いたらしく ドンヒョクの眉がピクリと上がった。

「ドクターの話は終りにしましょう」
「・・もう 甘えたい気分?」 
「え? えぇ そういう感じ」

不機嫌な表情が飛び散って 虎の白い歯が暗がりに浮かぶ。 
ジニョンのウエストを抱き寄せながら ドンヒョクは
しかし もう1つ 考え事をしていた。

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「・・・どういう おつもりですか?」

ソウル市内 某大手銀行の頭取執務室。
シン・ドンヒョクはソファの真ん中で 不機嫌に高く脚を組んだ。
テーブルへ投げ出されたファイルを見て デブ2は 無い首を少しだけ縮めて見せた。


「・・・もう調べたか さすがだな。 私に気づくとは大したものだ」
「お世辞は結構です」

あのセミナーハウスは 貴方が所有する物件ですからね。
銀行が 地域医療の為に「善意の施設供与」を申し出た?

「お宅がそれ程 医療貢献に熱心だったなんて 初めて知りました」


銀行家の ひきつる笑いを冷たく封じて 虎の眼が 白く底光りする。
氷の眉が弓を引きしぼるように上がり デブ2はゴクリ・・と喉を鳴らした。



“32歳独身。ソウル大学医科大学校卒。アメリカの医療現場で研鑽を積む”
「そして頭取。 アナタの親戚筋ですね? ・・・あのドクター」

オ・・オホン オホン!
「仕方ないじゃないか。 ジニョンを日本に連れ去られては困るのだ」
我々としても 君の代替に これはと見込んだ者を選んだつもりだ!


はぁ・・・

眼を閉じて こめかみを押さえたハンターが うんざりとした声を出す。
「いったいどこから ジニョンを連れて日本へ行くなんて話が出てきたんです?」
「銀行会議のレセプションで聞いたんだ!」

君は ゴールドフォンのリゾート計画を手伝ったそうじゃないか?
チェアマンがわざわざソウルまで会いに来て 君と話し合った事だって知っているぞ。

意外な事を言い出した頭取に ドンヒョクの眼が丸くなった。
デブ2め さすがの情報網だな。 
・・・でも 惜しむらくは 事実確認が甘い。

「あれは 単にビジネスの橋渡しをしただけです」
「仕事でもないのにゴールドフォンの利益を図るなんて 冷酷なレイダースらしくない
君は ヘッドハンティングされたんだ! 図星だろう?」


何で僕が ソウルを離れるんですか。ジニョンにはホテルの仕事があるのに。
「先日2人で日本へ行ったそうじゃないか!」
「有・給・休・暇でね。 彼女が本場のスシを食べたいと言うから」

・・・・本当に ヘッドハンティングされたんじゃないのか?
「ゴールドフォン・アジアの事業部長だぞ? 話があれば受けるだろう」


きょとんと丸いデブ2の顔に ハンターは鉛のため息を吐いた。
どうも変だと思ったら やっぱりこんな裏があったか。

「マネージャーシートにもヘッドハンティングにも 興味ありません」
モーガン&スタッドレーに N.Y.本社プレジデントの椅子を用意された事もあります。

「・・・断ったのか?」
「僕は 誰にも雇われない。 でも じゃあそれで?」
「ドンヒョクがジニョンを日本へ連れて行くのを 何としても阻止しようと思ったのだ」


呆れた早とちりだな。 大手銀行のVIPのくせにまったくヒマなことだ。
「では 誤解はとけましたね? さっさとあのドクターをどこかへやってください」
「それが・・・」

アイツとは 診療所の医師を務めるということで 1年契約を結んだのだ。
「!!!」
「市にも もう申請手続きをしてしまった」


「・・・・頭取・・・」


これ以上ない 静かな声で シン・ドンヒョクが眼を上げた。
三白眼の底を舐めるように めらめらと炎が湧き上がり
韓国金融界の重鎮は 全身に滝の汗を流した。

「要約すると こういう事ですね? 貴方は “ジニョンに手を出しそうな男”を 
 わざわざ1年契約で雇って ソウルホテルの眼と鼻の先に置いた」
「・・で、でもホラ! き、君たちは 夫婦仲がいいから大丈夫だろう?」


バン!

机のファイルへ手を叩きつけて ディフェンダーが立ち上がる。
「えぇもちろん。 全く 問題はありません」
見事に端整な長身が 怒りの陽炎を揺らめかせて去ってゆく。

ぽりぽりと頭を掻きながら 勇み足の銀行屋は 途方に暮れたため息をついた。

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バスルームの扉の前で ジニョンは頬を引きつらせている。

ベッドを背にして腕を組み 虎がじっとにらんでいた。



「ちょっと・・あ・・の・・。 私 お風呂が長すぎた?」
「構わないよ。 疲れは ほぐれた?」
「あ、ええ。 ゆっくり温まっ・・・きゃっ!」
それは良かった My hotelier. では 愛し合う時間にしようか。


ふわりと獲物を抱き上げて 虎がベッドへ上がってゆく。
噛み付くように始まる愛撫に ジニョンが面食らい身をよじった。

「・・・嫌?」
「そうじゃないけど・・・ドンヒョクssi 何か・・怒っている?」
怒っていない。 死にそうに愛しているだけだ。
「オモ・・」



サファイアハウスの寝室で 金の瞳が 炯々と光る。
愛しい獲物をしっかり抱えて 今夜の虎は 起きている。

・・・・ぁ・・・ドンヒョクssi・・・




“決して誰にも盗らせるものか。 僕が 全部食べてやる”

がつがつジニョンを貪りながら ドンヒョクは闇をにらみつける。

その首に白い腕がしがみついて 強欲な虎を喜ばせた。

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