ボニボニ

 

My hotelier 159. - アイス・キング - 

 




ホテル開発事業部のトムこと トーマス・クラウドは

息詰まるような緊張のもと 部下のいい加減な情報を 心の中で罵っていた。



・・誰がクールだって?
  

こいつは クールなんてレベルじゃない。
まるで「アイス・マン」。 
いや周囲を圧倒する 王の如き尊大さは 「アイス・キング」と言ったところか。



ヘリの窓から不機嫌そうに 地上を見下ろす姿はどうだ?
怒りの雷をどこへ落としてやろうかと 睥睨しているゼウスじゃないか。



世界経済大寒波の中 韓国経済は 冷えていた。

この国へ投資した トムの会社は
いかに最小の傷だけで 逃げ出せるかを考えていた。



今 眼の前にいる男。
 

アイス・キングの如きフランク・シンが その命運を握っている。



これから降りるスキーリゾートの売却ビジネスを 
彼が 受けると言うならば
トムの会社は めでたく骨折程度で逃げ帰れるのだ。 さもなくば・・



「・・し、週末なのに視察に来てもらって 申し訳なかったな」

我ながら 情けないほど低姿勢な声が出て トムは舌打ちをしたくなった。



無理もない。 この憂鬱げなアイス・キングの 返事次第では
9万ドルを超える自分の年棒が ふいになるかもしれないのだ。


ドンヒョクは 機内にトムがいることに 
初めて気づいたとでもいう様に 無関心な眉を上げた。
「・・・『週休2日、9to5』で ビジネスをしている訳ではありません」



も、もちろん そうだろうとも。 だけど今日は ヴァレンタインだ。
「デートの邪魔でも したのではないかと思ってね・・ははは」

「!」

・・え?・・



レイダースの横に座る 有能な弁護士が 慌てたように息を呑む。
瞬間。 トムは 自分が今 失敗したらしいことに気がついた。


愛妻家だと聞いていたので 奥さんの話題でも引き出せれば
雰囲気が和らぐかと思ったのだが・・・ 



より一層 不機嫌になったアイス・キングに トムはそっと肩をすくめた。

この男に 女の話題など 無意味なことないのかもしれない。


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・・・まったく・・・



レオは いきなり跳ね上がった脈拍をなんとかなだめていた。

頼むぜ Mr.トーマス。 
よりによって  「ヴァレンタイン」に話を振るなよ。

どれほど俺が なだめすかして ボスをヘリに乗せたと思っているんだ?



“信じられないワークスケジュールだな レオ? 視察だと? 14日に?”

“仕事なんだぜ ボス! 平日のスキーリゾートを見て どうするってんだ?”
“仕事? 受けなければいい。 ホテルは・他にも・山ほど・ある”
“ボォス・・・”


事もあろうに 土曜に ジニョンさんは早あがりだ。

ボスの野郎はどんなことをしても 彼女とのディナーを逃すまいとする。
さっさと視察を終えて“返事は週明け”。 これが 最良のスケジュールだ。

妻の元へ駆け戻る虎を 黙って行かせてやればいい。

それさえ出来れば 週明けには 
輝くばかりに上機嫌な 辣腕のレイダースが出社してくる。


地上に ヘリポートのマークが見えた。
天気は 崩れずに済むだろう。

ボスの天気も崩れませんように。 レオは そっと十字を切った。

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フロントカウンターのソ支配人は ちらりとロビーへ眼をやった。

さりげなさを装ったつもりだったけれど 後輩は それを見逃さなかった。

「理事。 遅いですね」

「え ・・そう?」
「あそこへ座って プレッシャーをかける理事がいないと 何だか調子が狂っちゃう」
「今日は その 遠くへ行っているから」


言い訳がましく答えながら ジニョン自身 調子の狂った気持ちでいた。

シーズン毎のイベントデーには ロビーの椅子へ悠々と陣取り
無言でジニョンに退社を迫る彼が いつも いるはずなのに。

どこかのスキーリゾートだと 確か 言っていたわよね。

山の天気は変わりやすいそうだけど。 
ちゃんと・・・帰ってくるかしら ドンヒョクssi?


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視察を終えたトムの心は 鉛のように重くなった。

もうだめだ。 
フランク・シンは間違いなく この依頼を断るに違いない。


帰りの機内のフランク・シンは 「アイス・キング」どころか 
轟々と吹雪く とてつもない「ブリザード・キング」に変わっていた。

まったく あの秘書が余計なことをするから・・・


“フランクには せいぜい愛想を振りまくように”

自分が指示したことも忘れ トムは 秘書に腹を立てた。



リゾートを 視察しているフランクは 
暗殺の下見にやって来た スナイパーさながらだった。
刃物のように動き回り ICレコーダにボイスメモを入れる。

それでも 物件を見終わった時。
ハンターの冷たく探る瞳は 少し 緩んだように見えた。


オフィスで ヘリの準備を待つ間
コーヒーを運んで来たのは 見事なブロンドの秘書だった。

「せっかくヴァレンタインデーに お見えになったのですから・・」

媚びた笑顔で差し出された 甘い香りのパッケージに
伏せた瞼がゆっくりと開き 見上げた瞳の冷ややかさは
嫣然とした女の笑みを いきなり 恐怖で凍らせる。

白々と光る眼の底が ハンターの怒りを映していた。

「・・これは どうもありがとう」




ヘリは一路 ソウルへ向けて 白い機体を滑らせている。
着陸先は 彼の家が近いという ソウルホテルのヘリポートにした。

絶望的な気分のまま それでも トムは最後の方策を考えていた。

あのホテルには 良いバーがあったな。 仕事後の一杯でも 誘ってみるか。
「あー フランク?」


ふっ・・・

窓外を見ていたハンターが いきなり 小さく鼻を鳴らした。
「?」
見れば 目元が和らいで 口の端は柔く上がっている。
「??」

降下して行く機内から 下界を覗いて笑う彼は
雷を落とすゼウスどころか 恋人へと 舞い降りるアポロンだった。


一体 何が起こったのかと トムは下へ眼をやった。

大きな「H」が表示された ホテル屋上のヘリポート。
信号灯を振るスタッフの脇に 従業員らしい女性が 立っていた。

「???」


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バラバラバラバラ・・・・


プロペラが回転を落とす中。 ドンヒョクは すらりと降り立った。

サングラスをしていると 彼って ちょっとクールな感じ。
ジニョンが躊躇していると 夫は白い歯を見せた。

「遅刻をしたから ハグはしてもらえない?」
「もぉ・・するわけないでしょ。 私は勤務中です」
「4時15分。 君の退社時間は 過ぎているよ」


どうして まだ制服なんだい? 

嬉しそうな手が伸びて 華奢なウエストを抱き寄せる。
よろめくように抱き取られながら ジニョンがもじもじと白状した。


着替えようと思ったんだけど・・

「ドンヒョクssiのヘリが 無事に帰ってくるかしらって」
「心配した」
「え? え・・ぇ。 まあ 心配・・・した・・かも」

「早く会いたかった?」
「!」
愛しいうなじが朱に染まるのを ドンヒョクは 溶けるような眼で見つめている。

「アイス・キング」の 劇的な変わり様に 
トムは 呆然と顎を落とした。



・・・ぁ・・・あ・・の・・・?

「ウホンッ!」
「?!」

頬を回すと小柄な弁護士が 心得顔で眉を上げた。
あの女性は当ホテルの支配人で ボスの 奥様です。

「私が貴方なら こんなチャンスは決して逃しませんよ クラウドさん」
「・・え?」
「とっとと消えましょう。 どんな接待より効果がある」
「え?」


空気を読めない客のおかげで せっかくの幸運をつぶされては困る。
平和な週末と月曜の為に レオは トムの腕をつかんだ。
「カサブランカというバーがあります。 良ければご一緒に?」



10メートルばかり離れてから レオは 最後に振り向いた。
ジニョンの耳元へ囁く虎は もう使い物にならなかった。

ボース! いい週末を! Happy Valentine!!

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「ねえ? レオさん 挨拶していたわよ」

返事はしただろう?

「返事って? 背中を向けたまま 片手を少し上げただけじゃない」
「仕方ないだろう。 片手は 君を抱いていないといけないし・・」

制服の君を抱き寄せるのは 久しぶりだな。

「ぐっとくるね ソ支配人。 “規則です”って叱ってくれないか」
「もぉ」


は・・と 幸せな息を吐いて ドンヒョクが薄暮の空を見上げる。

飛び去って行くヘリの影が 宵の明星を かすめて消えた。




ねえ ジニョン?

上空からヘリポートを探したら まっさきに 君の姿が見えた。

「Hのマークより はっきり見えたよ」
「オモ。 嘘ばっかり」

本当だよ すぐにわかったんだ。

「僕の降りるところは あそこだって」
「・・もぉ 上手いんだから・・・」
「チョコを貰わなくちゃいけないからね」


くすくすくす・・・


ジニョンのヒールが嬉しげに キスの分だけ 背伸びをする。

着陸誘導のスタッフは 見ない振りをして歩き去った。 

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