ボニボニ

 

My hotelier 160. - 遠い灯り - 

 




“トドという動物とハグしたら こういう感じになるかもしれない”


シン・ドンヒョクは ぼんやりと肉に埋もれて考えていた。

何が悲しくて男の腕に よりによってメタボリックシンドロームの
政治家のハムの如き腕に 巻きつかれなくてはいけないのだ?

・・・コホン・・




「Mr.ジェフィー・・。 そろそろ離れて頂きたいのですが」

「え? あぁ これはすまん。 外国暮らしが長いと つい向こうの癖が出る」
「そうでしょうね」

・・9日かそこらの“外国暮らし”ね。


経済関連の サミットか何かだっけ? それで“向こうの癖”が出るなら 
20年以上もいた僕は 金髪になっても不思議じゃないな。

「さて 帰国のご挨拶は済んだみたいですから ビジネスの話をしましょうか」

「その前に モー・ピトキンズ・ハウスの話を聞きたくないか?」
「ゲイにもレズビアンにも 興味はありません」
「愛想のない奴だな。 君も 韓国で仕事をするなら 少しは・・」


バン!!

「おや?」「・・・」


「・・あぁ Mr.ジェフィー・」



およそ秘書らしからぬ慌て様で 走りこんで来たセクレタリーは
ドンヒョクに密着して立つボスを見て 諦めたように眼をつぶった。

勇んでやってきたにもかかわらず ドアの所で立ち止まった彼女は
そっと 2、3歩後ずさった。

「Mr.ジェフィー・・・。 ただ今 保健所から連絡がまいりました」
「ん?」

ボスがお乗りになった飛行機の乗客の中から 新型ウィルス感染者が出たそうです。

「ん?」
「ボスは 隔離されます」
「えぇとその “帰国後 濃密な接触”をされた方も・・」

「・・・・・?!」




「冗談じゃない! 僕は そんな巻き添えを喰うわけには行かない」

「ドンヒョク しかしな」
「大体今日が何の日だと・・」
「え?」

「いや。 ともかく僕は保健所なんてごめんですね。 失礼します」
「あ おい! シン・ドンヒョク!」

-------


怒りまかせにスピードを上げた シルバーグレーのジャグワーが
ソウルホテルのエントランスへ続く 坂道を一気に駆け上がってきた。

保健所の検査だって? 冗談じゃない。

今日は 永遠のチェックイン記念日なんだ。


僕はこれから 「My hotelier」と名づけられたバラを手に

あの日と同じロビーに立って ジニョンに もう一度抱きしめられる。

きっと今頃フロントで ソ支配人は からかわれているだろう。
周りのホテリアーたちも仕事をしながら 少し時計を気にしたりして・・


保健所が何だ 馬鹿馬鹿しい。

そんなことを言うのなら 僕の腕に飛び込んで来たジニョンに
“濃密なキス” をしてやろうじゃないか。

そうすれば 僕はめでたくジニョンと一緒に 世界から隔離されて。
たった2人で 愛に満ちた 7日だか10日だかを過ごせるってものだ。  

「・・・考えてみると それも悪くないな」



にんまり笑ったハンターは最後の坂にアクセルを踏んだ。

だけど 視線の先に小さく ドアマンの姿が見えた時
ドンヒョクはそっとブレーキを踏んで 道路の端へ車を寄せた。

「・・・・」


遠くからでも彼とわかる 見事な体躯のミスターソウルホテルは

今日も あの日と同じように 客を送り出していた。

僕がここへ戻った日。 最初に僕に気がついた彼は 言ってくれた。
お帰りなさい Mr.シン。 “お戻りになられましたか”

「・・・・」



ソウルホテルのエントランスが見える 山の中腹の坂道で
シン・ドンヒョクは その遠い灯りを 放心したように見つめていた。

「僕は ・・・行けない」

ジニョンの愛したあの場所へ。 仲間達のいる 僕の場所へ。
あそこにいるホテリアー達は お客様を全力でもてなしているのだから。

ドンヒョクは胸へ指を滑らせ 携帯電話を取り出した。

永遠にと誓ったあの日から もう4年も経ったんだな。


PPPPP・・・

「はい。ソウルホテル ソ支配人です」
「・・ジニョン?」
「オモ! ドンヒョクssi? どうしたの?」


「すまない。 今年は 君に 逢いに行けない」

-------



「いやぁ悪かったな シン・ドンヒョク。 大事な君の記念日をフイにして」

でかい図体を無理に縮めて Mr.ジェフィーは恐縮していた。
無駄に豪華なゲストハウスで 政治家は頭を掻いていた。

お詫びと言っては何だけど 隔離期間 私らとここにいられるようにしたから。

「それはどうも」
「病院よりはましだろう? 幸いコックにもハグしたんで 食事がうまい」
「ええ。 助かりますよ」
「まぁ・・だな」


神がくれ給うた休暇命令と思って たまには 私とチェスでもしようじゃないか。
「これでも結構強いんだぞ。 なぁ・・ハニー?」

居心地悪さを取り繕うように 政治家が妻に声をかけた。
愛妻家で知られたMr.ジェフィーは 当然の如く 妻同伴で隔離されているのだった。

「ええ そうね。 でもMr.シンには 申し訳ないことをしたわ」
「いいえ。 これは 誰のせいでもありませんから」
「そう言ってくださると ほっとするわ」


ここはお庭がきれいなのに 散策も出来なくて 本当に残念。

Mrs.ジェフィーは 庭に面して大きくとられたガラスウォールから
外を見つめて ため息をついた。

まったく 聞いた事もない病気が次々出来て・・  「あら?」


「ところでレイダース。 君は カードをやるかね?」

「Mr.ジェフィー。 僕とポーカーをすると 財産を失くしますよ」
「ふんっ! 身の程知らずに大きな口を叩くじゃないか」
「いいえ。 ただ事実を言っただけ・・で・・・あの・・Mrs.ジェフィー?」


さあさあ アナタ 行きますよ。

Mrs.ジェフィーはつかつかと 夫の元へやってくると
話の途中にもかかわらず 夫を立たせて腕を組んだ。

「お、おぃ何だい ハニー? これからこのチンピラとカードを・・」
「Mr.シンにはご用が出来たの。 アナタは私と映画でも見ましょう。
 それからドンヒョクssi! 貴方の部屋は 南側のメインスィートよ」
「は?」


ごゆっくり。

ウィンクをしたMrs.ジェフィーは 小さな身体で小山のような夫を押しながら
ラウンジを出て行った。

一人残ったドンヒョクは 首を傾げながら庭へ眼をやった。
「!!」


ジニョンは 胸で飛び跳ねるボウタイを 片手で押さえて走って来た。

きれいに刈られた広い芝の庭を まっすぐこちらへ向かってくる。


遠い灯り。

今の僕には届かない場所から ソ支配人の姿のままで。

ジニョンはどうやら ガラスの内にドンヒョクの姿を見つけたらしい。
はにかんだように唇を噛むと 駆けるのを止めて歩き出した。




一歩、一歩、毎年と同じ歩幅でジニョンは歩く。

ドンヒョクはガラスウォールを開けて 愛しい支配人を迎え入れた。


「ジニョン・・どうして・・?」
「お客様」
「うん」
「フロントのケータリングです。 ・・チェックインなさいますか?」

は・・・

「お願いします。 ・・・永遠に」


ふわりと 長い腕が伸びて ジニョンの身体をすくい取る。

腕の中でソ支配人が幸せそうに笑い声を上げた。



-------




PPP、 PPP、 PPP、 PPP、 PPP、


・・・ぁ・・・ん・・・

「鳴って・・いるわよ ・・・ドンヒョクssi・・」
「聞こえない」

熱が出たかもしれないね。 「ジニョンの中が すごく熱い」

「・・も・・ぉ・・」
これじゃあ恥ずかしくて 後で Mr.ジェフィーに顔を合わせられないわ。
「最高だな。 期間中 びっちり2人で隔離されていよう」


経過観察中の男は あぁと満足げな息を吐いて 
愛しい身体をしっかりと両腕に包むと 激しく突き上げ始めた。


・・・や・・・ぁ・・ねぇ・・そんな・・

大・・丈夫・・・時間・・は充分・・あるから・・・

「死・・んじゃうわ・・」
「生き返る時間も きっと・・あるよ。20日・・間の隔離だろ?」
「延ばさないで・・」


ジニョンの 震える白い腕が たくましい肩にしがみついた。

ありがとう 僕のフロント支配人。
ソウルホテルは何があっても チェックインした客を見捨てないんだな。




PPP、とコールは鳴っていた。




暇を持て余したあのトドと 後で遊んでやらなきゃな。

何と言ってもこんなに素敵な 記念日プレゼントをくれたのだから。

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