ボニボニ

 

My hotelier 161. - クラウン -  X'mas story 2009

 




クリスマス・ホリディのソウルホテルは さながら王宮のように見える。

絢爛美麗に飾りたてられて 着飾った人々が群れ集う。



とびっきりの非日常。 なのに 落ち着いて休ませてくれるベッドもある。

・・そして 何よりこのホテルには 豪華で優美な「帝王」がいる。





クラウンは だぶだぶのサロペットパンツの肩ひもを上げながら  

フロア向こうのソファに居るドンヒョクの姿を盗み見た。



ダークスーツで座っていても あの理事さんは とんでもなく人目を引くな。

悠然と片肘をついて 退屈そうにも 満足そうにも見える表情。
豹の毛皮を縁に付けたベルベットのローヴを着ても 似合いそうだ。




「で。 王様がいるお城には クラウン(道化師)がいるっていう訳だ!」

折りよく母親達に連れられた 子ども達の一団がわきを通った。
クラウンは 中の1人にウィンクをすると バルーンで手早く花を作った。


“わあ!”“ピエロだ”
“僕にも風船! ちょうだい! ちょうだい!”

小さな子どもは鳥のようにさんざめき フロアを行く人々を振り向かせる。

景気低迷のこの冬の暮れ。 何とかファミリー需要を取り込もうと
ソウルホテルのエントランスフロアに クラウンが配置されていた。




“・・・う~ん、 ・・・なんか 違うんですよねえ・・・”


・・をいをい またかよ。

子ども達の背中を見送った後 クラウンは不機嫌に振り返った。
販促企画のプランナーが 釈然としない顔をしていた。


「何か問題でもあるのかい?」

「うーん・・何だろうー。よくわからないんですけどぉ」

自分で理解出来ないことを こっちに言われても困るよな。
よっぽど言ってやろうかと思いながら クラウンは言葉を飲み込んだ。

このまだ若いプランナーが 社内の企画会議で強力に推したから
今 自分はこのクリスマスの仕事にありつけたのだ。



1回約30分 日に5ステージ。

拘束時間が長くてシンドイけど このご時世には ありがたい仕事だ。

この「感覚派」オネエチャンが 「絶対クラウンにしましょお~♪」って
黄色い声で 駄々をこねてくれたおかげだけどさ。


「何というか・・私の思っている 『クラウンのいる風景』じゃないんです」

「はあっ?!」
「あ! ・・すみません。ちょっと 漠然としています・・よね」

「・・ジャグリングでもしようか? ピン投げとか」
「あぁ、いえ。 今日はお客様が込んでいて 物を投げたりするジャグリングは
 ちょっと・・NGなんです」


言ううちに プランナーの困惑顔が 諦め顔になってゆく。

何なんだよ! じゃあ 何をしろって言うんだ。
こちとらプロのクラウンなんだから 客に喜ばれてナンボなんだよ!

そんな悲しげな顔をして 一体 俺にどうしろって言うんだ。




カツカツカツ・・・

途方にくれるクラウンに 軽快なヒール音が近づいて来た。


「あら? クラウンって貴方なの? お久しぶり!」

「ソ支配人! おはようございます お世話様です!」

「や~ねぇ お客様がいる所で クラウンが営業マンみたいな挨拶しちゃだめよ」
「へ・・へへ すみません」
「プランナー! 貴女も 打ち合わせはお客様のいない舞台裏でね」



“ソ支配人!”

「?!」


飛ぶように歩いていたジニョンの脚が そのひと声でピタリと止まった。
椅子を立ち上がったドンヒョクが 満面の笑みで歩いてきた。




「もぉ。ドンヒョクssi・・」

「甘えては困るなホテリアー 訂正したまえ。 “何かご用ですか?お客様”だ」


ほうら、ね。 プラスチックのルームキーを ドンヒョクが指先にピンと立てた。

「オモ!」
「“ご用ですか?お客様”。 言ってごらん? うん?」



まったく! この忙しい時に 何でチェックインしているのよ。
心外だな。 君の大事なホテルの売上に貢献してやっているのに。

いつもの通り 言い負けたジニョンが 肺いっぱいに息を吸う。

その盛大なむくれ顔には クラウン達も危うく噴き出す所だった。



「何か・・ご用ですか? お・客・様!」

「本当にしびれるな  君の“お客様”は。 今夜ユン夫人が来るよ」
「えっ?!」

「昨日 アメリカン倶楽部のパーティでそう言ってた。彼女が来たなら」
「オレンジリキュールのボンボン?!」
「きっと所望するだろうね。 それから・・」
「ええ!」


チュッ・・・

「!!」

話を聞こうと寄ってきたジニョンの頬で キスが小さな音を立てた。
「情報料」 ぱくぱくと口もきけない恋人に 愛しげな眼でドンヒョクが微笑んだ。


後でおぼえていらっしゃい! 肩をいからせたソ支配人が去ってゆく。

うっとりとその姿を見送ってから ドンヒョクが振り返って肩をすくめた。

「・・客に向かって あれはないよね?」




理事ったら。 ソ支配人をからかう為に わざわざチェックインしたんですか?
呆れたように笑うプランナーに ドンヒョクはゆっくり首を振った。

「違うよ。ちゃんとホテルの“お客様”になって 彼女の舞台を見たかったんだ」

「舞台?」
「さっきソ支配人が言っていただろう?“お客様のいない舞台裏で”って」
「・・・」

ここは 彼女がホテリアーとして お客様を魅了する舞台なんだよ。



ほら あそこ。 

客の引いているカートが邪魔で 年配の夫人が困っているのを
駆け寄って身体を支え カートの客にも笑いかけながら注意している。

ソウルホテルの中にいるとき 彼女の視線は一瞬も休まない。

ホテルに来てくれるお客様全員に 素敵な時間をあげるために。




「・・バルーンアートを 止めてみたら?」

「え?」
「あれをやれば子どもが喜ぶ。 だけど 何で喜んでいると思う?」
「何でって」


風船がもらえるから喜んでいるんだ。 
最初はバルーンが形を変えるのを 面白がって見ているのだけれど。

「少しすると 皆 ちょうだいしか言わなくなる」
「・・・ぁ・・」
「あ!そうなんです! 私は なんかそれが嫌で」

クラウンというのは もっと素敵なのに! もっと なんていうか・・・



「見ているだけで 幸せになれる」

「そう!それですっ」
「僕が ジニョンを見るみたいに」
「きゃあ!理事ってば。 かっこいい!」


--------




きっと あの娘は遠い日に 本物のクラウンを見たのだろう。

見ているだけで幸せになれる。 世界を 楽しく揺らしてくれる道化を。



「まいったな」

このクラウンでないとダメなのだと あのプランナーがごねたと言う。
ならば 彼女の見たクラウンは 「ちゃんとプロをしていた自分」なんだ。

「流されちまったか・・」





退屈そうな 少年の眼の前に コロリと山高帽子が落ちた。

「?」

見れば だぶだぶのサロペットパンツをはいたクラウンが 困った顔をしていた。

少年はついとかがみこみ 帽子を拾ってクラウンへ渡す。
ぱあっと笑ったクラウンは 帽子をかぶると 丁寧にお辞儀をした。


コロリ・・

「?!」


あはははは! バッカだなあ!
そんなにいっぱいおじぎするから またぼうしがぬげちゃった!

お兄ちゃんぶった少年が またクラウンに帽子を渡す。
こんどは ちゃんとかぶるんだよ!

うんうん!と強くうなずいたクラウンの頭から ねらいすまして 帽子が落ちた。




「うまいもんだね。 山高帽をぴたりと狙った位置に落としている」
「すごいですよね!本当に! アハハ!あの子 もうゲラ男になってる~~」
「ゲラ男・ね」

感覚はいいみたいだけど 君も人を使うなら 少しロジカルになったほうがいいな。

「すみません」

ま・・根っこがきちんとしてて 他は壊滅的ってのもいいけれどね。
おかげで僕は いつだって ジニョンで遊ぶことを楽しめる。



シン・ドンヒョクは 満足げに 腕の時計を確かめた。

退勤時間は 30分前。

フロントカウンターに立ちながら ソ支配人の顔がうろたえてゆく。


そろそろ 僕のソ支配人は 僕のジニョンになってきた。
30分過ぎたらペナルティの約束。 狩人は 罠を掛け忘れない。




My hotelier、急ぐ事はない。 夜の陽は 暮れたりしない。

「今日のペナルティは独創的なんだ。きっと君も楽しめるよ♪」


ジニョンに引かれて周りのホテリアーまで アタフタと仕事を片付ける。

僕のお城は団結力があるな。 クリスマスの王様が微笑んだ。

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