ボニボニ

 

My hotelier 163. - 四面楚歌 - 

 




2010年の5月15日は こともあろうに土曜日だった。


ソウルホテルは満室の宿泊客を抱え込んで
フォックス・トロットを踊るダンサーのように めまぐるしく動いている。


フロントに立つソ支配人は さまざまな方向へ流れる人波の中に 
いるはずのない顔を見つけて ぱくぱくと 口を動かした。


・・・・パ・パ・・・?・・・





「ドンヒョクが 招待してくれたんだ。ホテルのバラが満開だからってな」


スィートを取ってくれたんだぞ。お前たちの家へ泊まるからいいと言ったのに。


「スィ・・」
「だってあなた。 ジニョンは仕事が忙しいんだもの。私たちがホテルに泊まる方が楽よ」


それに私 ホテルなんか久しぶりで楽しいわ~。
すこぶる満足気な両親は うきうきとすっかり観光客になっている。

不器用に笑顔を取りつくろいながら ジニョンは 内心狼狽していた。



・・・聞いていないわよ ドンヒョクssi! 


いったい何をたくらんでるの?


--------




「20本? 大仰な花束は持ってくるなと ジニョンに言われているんだろ?」



芳香に満ちた温室で ガーデナーが振り向いた。

彼が丹精して育てた 「My hotelier」の名を持つ新種のバラは
5月15日の今日を目指して いっせいにつぼみを開きかけていた。


「ジニョンに贈る花束は、ね。 それはまた 後でいただきにあがりますよ。
 今日は彼女の両親を呼んでいて。 これはジニョンのママへ贈るものです」

「へっ キザなこった。 アメリカ男は女にプレゼントするのが上手ぇや」
「レディに機嫌良く過ごしていただくのが 紳士の勤めというものです」
「へっ・・」



理事さんみてぇな男前にバラの花束なんぞ貰っちゃ 女はイチコロだろうさ。

「・・しかし いつも 何とかしてジニョンと2人でシケ込みたがる理事さんが
 よりによって親御さんを呼ぶなんて。 何を たくらんでいるんだぃ?」
「たくらむだなどと 人聞きの悪い」


ふ・・・

「そろそろ僕も 逃げる相手を包囲しないといけないかと思いまして」
「?」
「援軍を頼んだ訳ですね」
「??」

--------



次々と 降るようにやってくる お客様の声に対応しながら

ソ支配人は ホテルのどこかにいるドンヒョクのことを気にかけていた。


先刻 彼は満面の笑みと 派手な花束を持ってスィートに現れ
眼をハートにして舞い上がったママを パパと共に連れ去って行った。

―「パパとママに 市内をご案内するよ」ですって? 

本当に 何を考えているのよ My hunter?



いまだに妹のジェニー以外 「家族」とつきあう事に尻込みしがちな貴方が
自分からパパやママを呼び出すなんて いったいどういうことかしら。

「それも・・チェックインの記念日に?」
「妻の日頃の至らなさを ママに叱って貰おうと言うんじゃない?」
「?!」



うふふん・・。

勝ち誇ったように言い放つと 派手なルージュがにっこり笑った。

イ・スンジョンは 精一杯身体をくねらせても「S」の字にならない丸い体で
ジニョンのデスクのパーテーションに肘をかけて わざとらしく頭を振ってみせた。


「休みの予定は 仕事で潰す。 夜勤夜勤でご飯もロクに作らない」

「イ先輩・・」
「ジェニーちゃんがいなきゃ お宅の食卓なんて成り立たないんじゃない?」
「そ・・んな・・・。 言い過ぎよ! ちゃんと家事もしてるもの 私」

「あ~ら? まさか自分が良妻だなんて 思ったりしてはいないわよねぇ?」

「・・ぇ・・・」



結婚して もう4年以上でしょぉ? 

いくら情熱的な理事だって 妻にのぼせあがって“何でもOK”の時期は過ぎたわ。
一緒に暮らす妻として ジニョンにもっと尽くして欲しいんじゃなぁ~い?


「ジニョンのママって 家庭的で良妻賢母の鑑みたいな人じゃない?」

「・・そ・うだけど」

ママはあれで結構 パパをお尻に敷いてるのよ。 
言い訳のように返しながら ジニョンは小さくなっていた。


ドンヒョクssiったら 本当は・・・妻としての私に不満だった?


--------



ソ支配人の勤務が終わる ちょうどその時を見計らって

今年も長身のその男は 1本だけのバラを手に ロビーラウンジの端に立った。

周囲に働くホテリアーたちは それぞれの仕事をこなしながら
ほんの一瞬 手を止めて 年に一度の愛を見守る。

永遠のチェックインから 丸5年。 時を積みあげた恋人たちは
時間の分だけちょっと照れて そっと小さく頬を重ねた。


「ジニョン 愛している」

「・・ドンヒョクssi・・・」






素晴らしいことだ!! なぁ!ママ? 夫婦は愛し合わなければなっ!

「パ・・パパ・・あの 声が大きいから・・」


まったく うちのホテルのメインダイニングなのよ。 

フォーシーズンズの奥まった席で ジニョンはドギマギと周囲をはばかる。
フロアの向こうではホテリアーたちが にーんまりとした笑みを浮かべていた。



“愛は ともかく 地中海よりも深く”

熱血&感激屋のソ・ジョンミンにとって 娘婿が 遥かな海を飛び越えて
娘の元へ戻った逸話は すこぶる胸を打つことだったらしい。


そんな娘夫婦の記念日が 我がことのように嬉しい彼は
2人のイベントを目の当たりにして すっかりボルテージを上げてしまっていた。

「そして!この日に招待してくれるなんて。ドンヒョク! 私は感謝している」


ふ・・・

「僕も ジニョンをこの世に生み出してくれた お2人に感謝をしています」
「そうかっ?! そうだろう!産んだのはママだけど 私も協力したからな!」
「まぁ!あなたったら何を言うの」


「・・・・」

絶対 変。  ジニョンの片眉が高く上がった。

ドンヒョクssiったら 何よりもこういう身内めいた会話が苦手な筈じゃない?
澄ました笑みまで浮かべちゃって こういう時は 要注意なのよ。

・・やっぱりイ先輩の言うとおり ママに 私を叱ってもらおういうつもりかしら。




「・・・僕も・・」

「?」

僕も お父さんのように素敵な父親になれるといいのだけれど。

「!!」

「おぉ ドンヒョク! なれるとも! “その意志のある者に道は拓ける”のだ!」
「ですが・・肝心の子どもがいなければ 父親にはなれませんしね」
「!!!」



ジニョンは フォークを握ったまま あやうく白目を剥くところだった。

ド、ド、ド、ド、ドンヒョクssi? ・・貴方 何を言い出すつもりなの?




心配顔のジニョンのママが 困り果てたように囁いた。
立ち入ったことを聞くようだけど 気分を害したらごめんなさいね。

「・・あなたたち その 赤ちゃんは?」
「欲しいんですけどね。 まあ ジニョンも仕事が忙しいので」


き、きゃあああああああ!!




今や目玉を2倍にして ジニョンは夫を睨みつけていた。

噛みつくような非難の視線を 平然と頬で受け止めてから 
傲然と顎を上げたハンターは 冷ややかな眼で 妻を見下ろした。


「僕たちも そろそろいいかと話し合っているんです。 ね?“ジニョン”?」

「・・・・・・」


「そうなの? でもでも!じゃあ きっとそのうち いい報せが聞けるわ」
「ええ。お父さんたちも どうか祈っていてください♪」
「おお!もちろんだ! お!何か好物を断って 願かけでもするかっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・」


---------



ひどいじゃないのよ ドンヒョクssi! パパとママにあんな話をするなんて!!


カンカンに怒ったジニョンの口から マシンガンのように吐き出される罵詈を
そよ風のように聞き流して ドンヒョクは スーツのジャケットを脱いだ。



ひどい?  ジニョン 「ひどい」というのはね・・

「君が 僕にこっそりと 今でもピルを飲んでいる事実じゃないか?!」

「!!」

「そろそろベビーを考えようと 話し合った記憶が 僕にはあるけど?」
「それは・・その・・。 今のプロジェクトの目途が立つまで・・・」
「ワークスケジュールには 永遠に 余裕など出来ないものだ。 ジニョン」 

「・・・・ぅ・・」






きゃああああっ!

ハンターは 踵を返して逃げかけた獲物を 易々と捕まえてベッドへ放り投げる。
シャツを脱ぎながら後を追い ドンヒョクはジニョンを組み伏せた。


「ド・ン・・ヒョク・・・ssi・・」

ともかく僕は もう決めたんだ。 この先僕のプライオリティ・ワンは・・

「君のお腹を膨らませることだ。 経験はないけれど 絶対 成功してみせる」
「成功って・・ドンヒョクssi・・。 あのM&Aじゃないんだから・・」
「当然だ。 もっと重大なことだろう?」




それまで築いたすべてのものを 捨ててもいいと思えた日。

僕が見つけた幸せは ただ 君ひとりだったのだけれど。


「その先の未来が 欲しくなった」
「・・ドンヒョクssi」
「ジニョンは ・・そうじゃないの?」

「・・・・・」



そうね。 私も その先が欲しい


ごめんなさい。 ジニョンの白い腕が伸びて ドンヒョクの背中を引き寄せる。

2人は小さくキスをしてから 柔らかく愛を交わし始めた。

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