ボニボニ

 

My hotelier 164. - 前を行く男 - 

 




フランクと呼ばれたその男が コリアンアメリカンだったばかりに
俺はどれほどゲームに勝ち続けようが 人に 言われてしまうのだ。


“君を見ていると思い出すよ。 伝説のキング・オブ・レイダースを”



いまいましいことに “キング”の称号が 俺に冠されることは決してない。

奴が 持ち去ってしまったのだ。 海の向こうのちっぽけな国へ。




デビッド・キムの憤りは この12月に限界点を超えた。

契約寸前だったクライアントが 突然キャンセルを申し出てきて
懸案になっていた株の買収を “フランク”が解決したと告げたのだ。

「フランク・シンが解決したって? ・・彼は コリアにいるのでしょう」

「それが実に幸運な話でね。 彼は今月半ばに N.Y.へ来ていたのだよ」
「?!」



非常事態宣言が出された寒波のせいで 足止めを食っていたフランクを
タイムズスクエアのインターコンチネンタルで捕まえたのだとクライアントは言った。

「オープンしたてのホテルを見に行ったのだが まったくもって幸運だった」
「・・・」
「だめもとで食事に誘ってみたら さすがに彼も退屈していたようでね」


四方山話をするうちに 件の株の話になった。
するとフランクがこともなげに 「お手伝いしましょうか?」と言ったという。

「なんと君! わずか電話1本で株を売る話をまとめたんだから驚くじゃないか」
「!」
「なんでも 例の株を相当数持つ富豪の奥様と懇意にしているそうなのだよ。
 今までどんなツテから探ししても 見つけられなかった相手をだ」

「・・・」




2010年も押し迫った日。 デビッド・キムは 仁川空港へ降り立った。

親類もいないこの国で ニューイヤーを迎える気になったのは
自分の前に立ちはだかる男を 一目なりとも見ずにはいられなかったからだ。 

「ソウルホテルへやってくれ」


モーガン・スタッドレーのプレジデントの椅子を 
「眉も上げずに」断っただと?  けっ 大物ぶりやがって。

奴がアメリカにいさえすれば 俺が 追い落として王冠を奪ってみせたのに。


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「お客様?」

戸惑うような女の瞳が デビッドの仏頂面を覗き込んでいた。

「?!」

「ご注文は いかが致しましょう?」
「ぁ・・ああ」

気づけば カフェのカウンターで 若きレイダースはふてくされていた。


いまいましいフランク・シンが住むという ホテルへやってきたはいいが
ここで相手に会えるという 保証も何も 全くないのだ。

俺は 一体どうしたというのだ? 完全に常軌を逸している。

ともあれホテルにチェックインした男は この先の予定を考えていた。

 


「・・ぁの ご注文は」

「そうだな。 エスプレッソをダブルで」
「はいっ!」
「?!」

ひどく嬉しげな返答に 男の眉が高くなった。
注文を受けたバリエスタは 幸せそうな顔でにっこりと笑った。

・・・?・・


何がそんなに嬉しいのか バリエスタはいそいそとマシンに向かう。

きびきびと動く娘の姿に デビッド・キムは眼を奪われた。
きりりとまとめた髪から続く うなじの細さが いかにも若い。

緊張しながらレバーを操作する横顔があまりにも真剣で

一瞬 このホテルに来た理由も忘れて デビッド・キムは微笑んでいた。



「どうぞ」

カウンターに置いたエスプレッソカップを バリエスタが大事そうに見守っている。
男がカップを持ち上げると 娘の視線も一緒に持ち上がった。


・・・ぉ・・

素晴らしく深みのある芳香が 鼻腔いっぱいに広がった。

アジアの こんなちっぽけなホテルで これほどのエスプレッソに出会えるとは。

見ればカウンターの向こうから バリエスタが期待を込めてこちらを見ている。
突然 ひどく愉快な気分になった男は 彼女の待っている評価を下した。


「美味い」

「!」


バリエスタはデビットの言葉を聞くと 金貨でも貰ったような笑顔になった。

その笑みは まるで夏に咲く花のようにレイダースの胸を温めた。




・・ヤッター♪・・・

得意げなバリエスタが口ぱくで カウンターの端へ指を立てた。

そこには年配のバリスタと男が一人 にこやかに微笑んでいた。


「良かったな」

深く柔らかなドンヒョクの声に デビッド・キムの表情が硬くなる。

伝説のハンター キング・オブ・レイダースと呼ばれた男が 
のんびりとカウンターに肘をついていた。



「お客様。今日のエスプレッソは バリエスタが研究を重ねたローストです」

チーフらしいバリスタの説明も デビッド・キムの耳に届かなかった。
男の顔色に気づいたドンヒョクが 不思議そうに首を傾げた。

「フランク・シン・・」
「どちらかでお会いしたかな?」
「いや」

同業者だよ。 「デビッド・キムだ」



開いた口から ふわりとエスプレッソの芳香が立ち上った。

花のような笑顔のバリエスタが 精魂込めた一杯の香りは
辛らつな言葉を投げようとしていた 若きレイダースの袖を引いた。

「デビッド・キム・・あ! N.Y.の」


端整な顔が柔らかくほどけて ドンヒョクが満面の笑顔になった。

華やいだオーラを放つ男に デビッド・キムが絶句した。

あははは・・

「ひどい営業妨害だっただろう? 悪かったな」
「え?」
「例の株」



偶然なんだ。 知り合いのレディが 所有する株を少し整理したがっていて
渡りに船のタイミングだったから。 君には 悪いことをした。

「・・・」

「とても有能なレイダースなのだと 彼 君の事を高く買っていたよ。
 また別件を頼むつもりだと言っていたから まあ 気を悪くしないでくれ」
「・・・」
「で ソウルにはビジネスで?」

機嫌良く言うと ドンヒョクはハイスツールから滑りおりた。
折しも美しい長身の女性が カフェラウンジをこちらへ歩いて来るところだった。

「失礼 待ち人が来たようだ」



何日かいるなら 営業妨害のお詫びにご馳走でもさせてもらうよ。

屈託なく笑うキング・オブ・レイダースは 女性の腰に腕を回した。
ソウルホテルの年越しを 存分に楽しめるといいね。

「“幸せでありますように” 良いお年をデビッド」


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「・・・」


幸せでありますように。

伝説のハンターが残した言葉を デビッド・キムは心の中で繰り返した。
身を切り刻んでいた憤りは 気づけばどこかへ消えていた。

温かく微笑む 穏やかな瞳。 “有能なレイダースだと 君を買っていたよ”


・・俺は 認めて欲しかったのかもしれない。伝説と呼ばれたあの人に。



「・・・」

「あの お代わり」
「?!」

気が抜けたような若きハンターに バリエスタが 愛くるしい瞳で聞いた。
お代わりは いかがですか? 

「もらうよ。 君のエスプレッソは美味い」

「♪」
「・・代金は彼に回してくれ。 俺にご馳走するって 言っていただろう?」
「かしこまりました」


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どうして君は遅刻せずに 僕の元へ来ることが出来ないのかな。

「だって・・」

「まただってだ ソ・ジニョン。 君が最初に言うべき言葉は何だ?」
「・・ごめんなさい」
「“愛してるわ”だろ?」
「オモ」



シン・ドンヒョクがジニョンを連れて ダイアモンドヴィラへの道を歩く。
ソウルの空は晴れあがり 傾きかけた午後の陽がゆっくり赤味を増してきた。

ヴィラでは 5回目の結婚記念日の テーブルが2人を待っている。


「料理長に特別メニューを頼んだんだ。今夜こそ 絶対成功させてやる」
「ちょ・・ドンヒョクssi!」

料理長に 一体 何を頼んだの?! 

ジニョンの悲鳴に 木立ちから鳥が2.3羽 飛び立っていった。

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